537:自信と不安
「人がだいぶ増えたからな。
ここらで一気に叩こうと思う。」
キルッフの表情は明るい。
今回の戦いで、いくつか解った事もあるからだろう。
まずはミサト君の存在。
難攻不落と恐れられている青の騎士に勝った事は、レジスタンスの中でもかなり大きな出来事だったようた。
正直、最大戦力ではあるが、苦戦するのではないかと目されていたらしい。
そこで、途中から飛び入りでキルッフが乱入することで、変則の2対1マッチを作って勝とうと考えていたようだ。
若干卑怯な方法ではあるが、一応ルールの範疇らしい。
“その時の相方と同じSPになる事”、“山札の残り枚数をそろえる事”、そして“その時の対戦相手のSPを倍化する事”を条件に、途中乱入は認められるという事だ。
それでも基本的には1人側の方が不利らしいが、青の騎士は“挑まれた戦いを断れない”という制約がある。
それを逆手に取って攻めようとしていたらしい。
その予定だったはずなのに、ミサト君は鮮やかに、そして少ないターンで勝利を収めている。
圧倒的な強さ。
これが中央侵攻を決めた一番大きな要因だ。
そしてもう1つ、同じくらい大きな要因。
黄の離反しやすさと緑の戦力不足がある。
赤の連中は、その扱いの酷さから元々中央に忠誠心は薄い。
中には最初の俺のように、他の場所からさらわれて労働力として働かされている人間も多く、むしろ内面的にはレジスタンス寄りと言ってもいい。
だが黄クラスの連中は、曲がりなりにも中央に存在と生存を認められ、俺から見れば元の世界に近い暮らしをしている。
だが、彼等の内心では中央への不平不満が積み上がっているようだ。
あの、“トラブルバスター”達の存在も、黄の心に影を落としている。
“捜査”の名目で彼等からいつでも搾取され、しかも必ず泣き寝入りしなければならないという存在が跋扈しているというのは、平穏を求める一般市民の感情的にはすこぶる相性が悪い。
しかも、そんな彼等が言いがかりであっても難癖をつけられれば、いつでも自身の階級を取り上げられてしまう。
ある日道を歩いていたら、突然警察官と裁判官が俺を拘束し、“お前は犯罪をおかしそうな顔をしているから逮捕、略式裁判で判決、結果は死刑”とやられるようなモンだ。
とてもじゃないが安心した生活など送れない。
それもあって、黄の連中はレジスタンスの言葉に動揺し、簡単にカードを手放してしまう。
最後に、これはあのカード交換会で解った事だが、緑の連中が持つカード、この内容が意外と酷かったのだ。
言うなれば、スターターデッキに少しだけブースターパックを追加し、無理矢理に特徴をつけたようなデッキしか存在していなかったのだ。
しかも、大半が似たようなコンセプト。
スターターデッキを倒すためだけに組まれている、言わば“スターターデッキに対するメタデッキ”の様な構成ばかりなのだ。
レジスタンスは外の世界で魔物を刈り取ってデッキに加えている。
言ってしまえば全員が全員、スターターを超えたブーストパックだらけの強化デッキだ。
普通に戦って、緑クラスにもまず負けない編成ばかりだ。
恐らく、対緑用のメタデッキを作るまでも無いだろう。
青のレベルになるとレジスタンスでも厳しいという話だったが、そこは主要な戦場は遅延行動を取りつつミサト君の到着を待ち、ミサト君に倒してもらう、主要な戦場以外はキルッフが周囲と協力して倒す、という筋書きらしい。
そうして中央の拠点に乗り込み、ミサト君とキルッフの二人で紫を倒すという、最後以外はほぼ不安要素の無い攻略ルートを考え出していた。
俺も話を聞いていて、ミサト君とキルッフの負担は非常に大きいが勝てなくは無い戦いだと感じていた。
俺は先の陽動が認められ、ミサト君を連れて移動する足となり、また倒した青の騎士からカードデッキを回収する役割となった。
ミサト君は若干ゲンナリした顔をしていたが、まぁそれは我慢してもらおう。
流石に俺も、市街地であんな無茶な運転はする気が無いしな。
「……順調だな。」
<そうですね。
現状における彼我の戦力を推定、その上でシミュレーションしても、最終目標“紫”に辿り着く可能性は80%越えとなっております。
紫の戦力が未知数ですので、最後まで目標を達成するかは断言できませんが。>
マキーナらしい回答だな、と、ふと思う。
打ち合わせが終わり、俺は適当な残骸に腰掛けて配られたコーヒーを飲んでいた。
コーヒーと言うにはあまりにも酷い、黒いお湯みたいな代物だが、感情的に今はそれどころではない。
どうも先程から、少しだけ胸騒ぎがするのだ。
何かを見落としているような、“何か変だな”と思う感覚。
この感覚を無視した時、大抵仕事で失敗してきた。
失敗して、原因を突き止めている時に“あぁ、ここで俺は大丈夫だろう、と見過ごしてたな”と、理解する事が多かった。
“見ていたのに、見落としていた”
そんな、言葉に出来ない不安。
「……どうしたんですか、セーダイさん。
そんな怖い顔して?」
俺が言いようのない不安に襲われていると、同じようにコーヒーモドキを手にしたミサト君が近付いてくる。
俺の近くの、同じ様な残骸に腰を掛けると、コーヒーカップを両手で持って暖をとり、俺が話すのを待ってくれている。
あれこれ言わずに、こちらが口を開くのを待ってくれている。
それだけでも、ミサト君の優しさが伝わる。
「いや、さっきの作戦を思い出していてな。
敵戦力は凡そ把握した。
こちらの戦力も増強した。
戦い方に関しても目星がついた。
……でも何だか、俺達は何かを見落としているんじゃないか、そんな気持ちが拭えないんだ。」
「……そう、ですね。
セーダイさんの気持ちも、解りますよ。
僕だって、今も怖くて仕方が無いんですから。
……どうして、こんな風に戦わなくちゃいけないんですかね。
こんなに厳しい世界なのに、本当は皆で協力して生きていかなきゃいけないのに、皆で争い合って、奪い合って。
僕はただ、元の世界みたいに、楽しくカードゲームが出来る世界だったらいいなって思っていただけなのに。」
その言葉を聞いて、ミサト君に少し同情してしまう。
彼もまた、あの存在に理想の転生を歪められた一人だったのか、と。




