536:勢大の考察
「オラッ!キリキリ歩け!!」
キルッフの怒鳴り声が聞こえ、黄クラスの男達が数珠つなぎのような手錠にかけられ、ゾロゾロと連行されていく。
連行しているのは、今まで彼等が鞭を打って言うことを聞かせていた、赤の連中だ。
赤の彼等が必要以上に黄の連中を攻撃しないように、キルッフや抵抗組織の主力達は、先程からずっと声を張り上げ続けている。
「キルッフ達もご苦労さんなこったな。
ところでミサト君は……。」
言いかけて、言葉が止まる。
ミサト君は無表情のまま、青の騎士の死体を漁っていた。
「み、ミサト君、何してるんだ?」
「え?あぁ、この人からカードを回収しています。
勝者の権利、ってヤツですね。
まぁ、中々良いカードがあったんですが、僕の今のデッキに入れるにはちょっとバランスを調整しないといけなくなりそうなので、これは皆に譲ろうかと思います。
あ、セーダイさんもカード足りてないんですよね?
この“タンク・モス”とか、序盤の壁として使いやすいと思いますよ?」
俺が呆気にとられていると、キルッフもこちらに来てミサト君から戦利品のカードを受け取り見ている。
何枚かカードを抜いた後、俺の方に渡そうとしてきたので、俺は辞退しておいた。
ミサト君からは“何故?”という顔をされたが、“俺は今のままで良い”と固辞させてもらった。
その後、そのカードはレジスタンス達の手に渡り、所属している年代で優先順位があるのか、古参から順次必要そうなカードを抜き取っている姿が見えた。
また、黄クラスの連中が捨てたカードや、キルッフ達がここに来るまでに倒した戦士のカードも同様に、新しく仲間に加わった赤の奴等を中心に交換が行われているようだった。
あちらこちらから、“◯◯のカード誰か無いか?☓☓のカードと交換するぞ!”といった、トレードを呼びかける声が聞こえてくる。
混沌とした場になるのかと思ったが、ご丁寧に先にカードを取得していたレジスタンスのメンバーが、そこで行われる交換を監視しているようだ。
“シャークトレード”
この手の交換に付きまとう悪しき風習。
つまりは暴力や威圧、詐称等による不釣り合いなレートでのトレードが行われていないか、スタッフのように監視しているのだ。
いやはや何とも、事カードに関しては善良なシステムが構築されてやがる。
本当に、この風景だけ見れば“カードショップで行われた地元の大会後に実施する、大交換会”に見えなくもない。
ただ、と思う。
そこで交換されているカードの殆どは、誰かが心血を注いで、下手したら命までかけて築き上げてきた結晶だ。
それが酷く個人的な感傷なのは理解しているが、俺はこの光景をみながら、羅生門を思い出していた。
死体から髪を抜き取る婆さんと、その婆さんから身ぐるみを剥いだ男。
誰もが生きる事に必死で、他者から奪う事で世界が回る。
何とも醜悪で残酷な世界だが、ここで必死に生きる彼等にとってはそれが日常、という事なのだろう。
<勢大、現状では世界を変えられませんよ?>
マキーナは俺が思う事を先回りして警告する。
“どうすれば、この世界の住人が文明的で人間らしい生き方が出来るようになるのか”
そこに考えが至る前の警告。
解ってるよ。
転生者に能力の浪費を止めさせ、あの“神を自称する存在”との接続を切り、負債を帳消しにする。
それでも、ここまでダメージを負った世界が復旧するには相当な時間がかかるだろう。
<ずっと思っていた事なのですが。>
珍しく、マキーナが自分の意見を口にする。
俺は近くの瓦礫に腰掛けながら、トレード会場の様子を横目に続きを促す。
<これの意味があまり解っていません。
何故、神を自称する存在はこんな回りくどい事をしているのでしょうか?
転生者を調子に乗らせて突き落とし、それを見て笑うというのであれば、もう少しシンプルな方法が取れるはずです。
合理的に考えても、今のこの方式では“転生者が気付き、何とかしようと対策をとる時間”が出来てしまいます。
その“気付いてから足掻く”という姿すらも、見て嘲笑いたいという事でしょうか?
それにしては対策を取れる時間が、多く取られすぎています。
前マスターですら、後一歩の所まで辿り着いていました。>
マキーナの言わんとしている事は解る。
俺もずっと考えてきた事だ。
“時間をかけ過ぎている”
この世界も、崩壊しかかってはいるがまだ持ちこたえている。
多分、本格的な崩壊にはまだ後数十年はかかるだろう。
だから転生者も気付かない。
そして、気付いてから崩壊するまでには、転生者の能力の浪費次第だが、本当に浪費を押さえれば2〜300年は軽く保つ。
それくらい、実は時間的な猶予がある。
まぁ、たまにある“限定エリアしかない異世界で、謎に空間が閉じた世界”は別だが。
あそこは始まりから詰んでいるからな。
同じ事を無限にループするだけだから、転生者の意識が続くと、正気を保てず発狂する例が殆どだ。
ま、まぁ、そうでない普通の世界だった場合、崩壊までの間に対策を練り、あの神を自称する存在に近付こうとする事が出来る。
あの、“そこに至る座標”の謎さえ解けるなら、転生者は誰でもあの空間に戻る事が出来る。
そうして戻ったなら、多分交渉すれば何とかなるだろう。
でもそれが、俺には何故だか“意図された仕様”に感じられてならない。
俺の中で、“アレは神ではない”と、ずっと感じている。
神ならば、その計算された偶然を俺が知る事は不可能だ。
ただ、アレが神ではなく人だとしたら。
この仕様には、必ず何かの意図がある。
「さぁな。
マキーナですら解らねぇんだ。
それを人間の俺がわかる訳なんて、更に無ぇ話ってヤツだぜ?
まぁ、それをヤツから聞き出すためにも、こうして俺等も藻掻いてる訳だしな。」
マキーナは“そうですね、人間である勢大では、まだ不十分ですね”と素っ気なく言うと、そのまま黙る。
マキーナなりに色々と予測はしているようだが、今はそれよりもこの世界の転生者にして支配者、あの紫を打倒しなくちゃならねぇだろう。
「あぁ、セーダイさん、ここにいたんですか。
そろそろ次の作戦会議が始まりますからね。
セーダイさんも是非参加してください。」
どうやらカード交換会もお開きになったらしい。
ちょっと疲れた顔のミサト君が俺を呼びに来た。
「お、次の作戦か。
次はどこを狙うんだ?」
俺は先程の光景を忘れるべく、努めて明るくミサト君に話しかける。
この世界の正義と俺の正義は少し違うんだ。
それを寛容しないのは、やはり独りよがりだろうと思えたからだ。
「ここで更に戦力を増強できましたからね。
いよいよですよ!」
自信に満ちた表情で、ミサト君が胸を張る。
「いよいよ、中央に攻め込みます!」
その笑顔が俺には、いやに眩しく感じていた。




