532:酒の席にて
「……しかし、飲みやすいとはいえ、やっぱりウイスキーは強いですねぇ。」
「ハハ、ミサト君は蒸留酒は厳しいクチか。
元の世界では、何をよく飲んでいたんだ?」
宴もたけなわ、という空気になり、それぞれが割り当てられた寝床に戻っていく。
元々貧相な食事で働かされ、規則正しい生活をしていた奴等だ。
眠気はすぐにやってきたらしい。
何なら、キルッフはすぐ近くで高いびきをかいている。
残された俺とミサト君は、薄明かりの中でまだ飲み続けていた。
「そうですね、僕はそんなに強いお酒は好きじゃなかったんで、いつもカクテルとかでしたよ。
一杯目はサワーで、そこからカルーアミルクとか。
あ、なんだっけあれ。
ホラ、あの、ジンとライムと砂糖で作るヤツ。
それが特に好きでしたね。」
「……あぁ、アレか。
ギムレットだろ?
まぁその酒を作るなら、コーディアル・ライムジュースを使って欲しいところではあるがね。
でもあれか、そんなにイケるクチなのに、随分と甘い酒を飲んでいるんだな?」
俺の問いに、ミサト君は“こう見えて、意外と甘党なんです”と笑う。
俺の時代には“一杯目はビール”と決まっていたが、元の世界でもそう言えばミサト君の様な若者が増えていると聞いている。
同調圧力や上からの強制の無い飲み方が一番だとは解るが、何となく物寂しさも感じざるを得ない。
いや、思い返してみれば、俺が若い頃もビールの良さなんて全く解らなかったな。
いつしか当たり前のように飲めるようになって、そして“当時の自分”を棚に上げて、勝手に寂しさを感じているだけか。
「まぁ、この世界じゃジンもライムも、もしかしたら砂糖すら手に入るか怪しいもんだな。」
「ですね。
奪ってきた物資の中にだって、砂糖はありませんでしたからねぇ。」
ミサト君が一人だけ帰ってきた理由。
彼は、集めた仲間を乗せたトラックと、そして奪った物資を積んだトラックの2台でこちらに向かっていたらしい。
ただ運悪く、仲間を乗せた方は脱出中に残っていた青クラスの騎士の攻撃により全滅させられてしまった、という事だ。
ミサト君自体も襲われたが、彼は何とか切り抜け、そしてここまで逃げ延びてこれたらしい。
後々、彼が乗ってきたトラックを見て、よく逃げ延びたと感心するほどだった。
「僕のカードデッキには、“決闘者防御”というカードがあるんですよ。
それを使うと、一度だけ決闘者に向かうどんな攻撃も無効化出来るっていう能力の装備カードなんです。
それを偶然引けなかったら、僕も一緒に来た連中と同じ運命を辿っていたでしょうね。」
そう言いながらも、苦い表情でグラスの中に残っていた酒を飲み干す。
蒸留酒ならではのアルコールの強さからか、或いは失った仲間を思ってか、彼の表情は苦く歪んだままだ。
俺は自分のグラスを彼のグラスに軽く合わせる。
硝子同士の、高い音が静かに鳴る。
「犠牲になった仲間へと、そして君がこうして無事に生きて帰ってこれた偉業に。」
そう呟くと、俺も残ったグラスの中身を飲み干す。
鼻に抜けるスモークと、そして喉を焼くアルコール。
悲しみと痛みを飲み干すには、これくらいが丁度良い。
「……ありがとうございます、セーダイさん。
明日にはリーダーが戻ってくるそうですから、明日からまた、忙しくなりますね。」
「そうだな。
……そう言えば、ここのリーダーってのは、どんな人物なんだ?」
ふと気になり、ミサト君を見る。
何故か、ミサト君は困った顔をしている。
「いえ、実は僕も会った事が無いんですよ。
だから、僕もお会いしてみたいなとずっと思っていたんですよね。」
変な話だな?と思っていた。
ミサト君はもう3年近くこの抵抗組織に参加しているそうだが、リーダーとは一度も会った事がないそうだ。
「うーん、でもまぁ、3年くらいじゃ会えないってのも有り得るのかなぁ?」
ミサト君の話を聞きながら、俺は首をひねる。
まぁ、実際タイミングが合わなければすれ違うってこともあるかもしれないし、そうでないかもしれない。
或いは意図的に会わないようにしているのか、それとも実はいないのか。
「なんとも、ミステリアスな話……なのかなぁ?」
「そうかもしれませんね。
……でも、ミステリアスっていうのはちょっと良い響きですね。」
ミサト君はクスリと笑うと、改めてウイスキーを俺と自分のグラスに注ぐ。
指一本分の高さまで注がれた互いのグラス。
どうやら、それでウイスキーのボトルは空になったようだ。
ミサト君は自分のグラスを持ち上げると、静かに目線の高さまで持ち上げる。
「じゃあ今度は、ミステリアスなレジスタンスのリーダーさんへと、明日以降の僕とセーダイさんのために。」
「ガキが格好つけるなよ、似合ってねぇぞ?」
2人でクスクスと笑いながら、グラスを重ねる。
その後はミサト君からカードバトルにおける心構えやら戦略やらを聞きつつ、静かに夜が更けていった。
「あぁ、頭、イテ……。」
<飲み過ぎですね勢大。
私の能力で残留アルコールを消去しますか?>
翌日の朝、随分と日が高くなっていたが、俺が起きた時が朝だ。
そう言い聞かせ、ノソノソと寝床から這い出す。
楽しかったからか、昨日は随分と飲み過ぎたようだ。
やっぱり禁欲生活みたいなあの中央での生活が、多少は影響してるのだろう。
(いや、このままで良い。それよりも、人の出入りはあったのか?)
二日酔いは酔っ払いの特権だ。
これも含めて、“酒に酔う”という事なのだろうからな。
<はい、ボロボロのトラックが1台、搭乗者2名がこのアジトに到着したのを観測しています。
何か話していたようでしたが、そちらまでは集音出来ませんでした。>
(いや、上等だ。
じゃあアレだ、きっと2人の内のどっちかがリーダーなんだろうから、ちっと顔でも拝ませてもらいに行くとしようか。)
ノロノロと地上への入口に向けて歩いていると、同じように顔色が優れないキルッフと、元気いっぱいそうなミサト君が話しているのが見えた。
「よぉ、ミサト君はタフだなぁ。
やっぱ若さなのかねぇ。」
「あ、セーダイさん、おはようございます!
それよりも聞いて下さいよ!
またリーダーさんが、ここには来れないみたいなんですよ!」
キルッフが言うには、どうやら朝来たのはリーダーの使いらしく、本人は別行動で来られないらしい。
ただ、今後の行動に関してはリーダーから預かってきた、というので、この後の作戦には影響が無いようだ。
「まぁ、リーダーは慎重だからな。
俺達にもあまり居場所を知らせないんだ。
まぁ、次の目的が決まった。
お前等にも、しっかり働いて貰う必要がありそうだぞ?」
俺とミサト君の頭の上に“?”マークが浮かぶ。
“働くって、僕等なは何をするんです?”とミサト君が尋ねると、キルッフは笑みを深くする。
「いよいよ、中央を攻める時が来た、って事だよ。」
俺とミサト君は驚き、お互い顔を見合わせるしか出来なかった。




