531:僅かな安らぎ
「おぉ、無事だったかミサト君!!
……って、どうしたんだそれ?」
ミサト君の赤い作業着は至る所がボロボロに裂かれており、焼け焦げた跡もいくつかある。
「いやぁ、脱出する時と道中で色々ありまして……。」
苦笑いするミサト君を観察するが、どうやらミサト君自体にはそれほどダメージは見えない。
……なんだろう?転生者の不正能力なのか?
或いはもっと別の何かがあるのか?
ここまで服がボロボロになっているのに、体にダメージが無い方がおかしい。
ここまで斬られているなら、俺なら腕の一本でも吹き飛んでいてもおかしくはない。
「あ、あの、勢大さん?視線が怖いんですが……。」
急に股間を隠すミサト君。
頭に“?”マークが浮かんだが、すぐにその意味に気付く。
「なっ!?アホか!?
俺にそっちの趣味は無いわ!!」
しまった、この間尻の心配をしたばっかりに、何故か俺が男色趣味の扱いになってしまっている。
ミサト君は“そ、そうなんですか?”と口では言っているが、微妙に腰が引けている。
「オイ、2人共、そろそろ行くぞ?」
キルッフが面倒そうな顔をしながら、トラックから下りてきた人々を並べつつ俺達に声をかけてくる。
「あ、スマンスマン、今行く。」
気まずい空気を払拭するように、俺とミサト君は慌てて走り出す。
まぁ、ミサト君とはそんなに話す時間もなかったからな。
これから誤解を解消していけばいいだろう。
「……って事になってな、終いにゃ囲ってた女達からも“この人とはもう一緒には行けません!私達は私達で生きていきます!”なんて言われててよ、その後女にフラレた男から“セーダイさん助けてぇ!”とか泣きつかれてよ、あん時ゃ参ったぜ。」
俺の話に、ミサト君を含めて周りで聞いていた奴等は、皆一様にドッと笑い出す。
抵抗組織の拠点は、俺の知らない位置にあるこの廃墟群の地下に存在していた。
恐らくここは、かつて都市間を繋ぐ地下鉄のようなモノなのでは無いかと推測していた。
旧時代のテクノロジーで作られているからなのか、随分と頑丈な造りになっているらしい。
それこそ、核ミサイルが落ちてきても耐えられるだろうと、マキーナの調べで判明していた。
人々はその旧地下鉄に、小さな灯りと共に生活していた。
昔はそれこそ全てが見渡せるほど、煌々とした灯りが灯っていたらしいが、徐々にシステムが破損していっているからなのか、主要な居住区以外は真っ暗闇となっている。
その居住区も、外と合わせて夜になると消灯して機械を延命させているらしい。
“この灯りの燃料が何か解らないが、燃料要らずで今も稼働できている事自体が奇跡”と、この光景を見て驚いていた俺にキルッフがそう教えてくれた。
キルッフやミサト君はこの抵抗組織の中でも結構な立場にいるらしく、リーダー不在の間はキルッフが、そのキルッフもいなければミサト君が指揮をとる感じらしい。
そんな大事な2人が捕まっちゃってて大丈夫なのかこの組織、と、思ったが、聞けばこの2人のどちらかが定期的に捕まり、内部の協力者を増やしてこうして人員の補充を行っているとの事。
捕まった時の身分や生体データ等は、簡単に騙す方法があるのだそうだ。
そして今回はキルッフが捕まって内部の協力者を増やしていたらしい。
ミサト君まで捕まってしまったのは、完全にイレギュラーだったようだ。
……あ、これ俺が悪いのか。
まぁ、それはさておき普段はやはり、脱出する際に色々と妨害があるので、戻ってくるのは数人が良い所だったようだ。
現にミサト君側も協力者と共に脱出を試みたようだ。
だが、ミサト君しか戻ってこれなかったのが、その厳しい結果を表している。
そんな中、俺達の方が大成功の結果を残し、久々の大量人員補充という事で空気は明るかった。
これで、次の作戦に移れるという事らしく、今は抵抗組織のリーダーの帰りを待っている、という事らしい。
それでも、人間ただ待っているというのは精神的に良いものではない。
そうでなくても脱出してきた人間達は、あの街で家畜同然の暮らしをしてきた。
物資としては心許ないだろうが、新たに迎えた脱出者を交えての、ささやかな酒宴が開かれていた。
酒と食い物があれば、必然人間は饒舌になる。
“何か今まで見てきた中で面白い話をしてくれ”と言われ、俺はこれまで転送された中で体験した、ちょっと笑える転生者の話を語っている最中だ。
もちろん、転生や時代背景だなんだといった部分は、バレない程度に誤魔化しているが。
どうやら、ミサト君は皆に“コールドスリープから目覚めた過去の人間”と皆に言っていたらしい。
なので俺もミサト君の話に乗っかり“同じように時代を超えてきた人間”、と、皆に伝えていた。
それもあって、“自分達の知らない世界の話を聞きたい”と、語りの矛先が向いたわけだ。
まぁ、どうせここにいる人間は見た事も聞いたこともない時代の話だ。
今まで体験した異世界を、ちょこちょこっと手直しすればバレないだろうと話し始めていたら、気付けば皆俺の話を肴に酒を飲む始末、となったわけだ。
今は話も終わり、それぞれ“俺ならもっと上手くやる”だの“情けねぇ野郎だなぁ”と、互いの感想を言いながら酒が進んでいるようだ。
「驚きましたよ、セーダイさんは色んな体験をしてきたんですねぇ。」
賑やかな酒の席で、ミサト君が俺の向かいの席に座り、俺の分のカップを差し出してくれる。
口が一部欠けたグラスに入っているのは、輝く琥珀色の液体。
礼を言いながら受け取り、口につける。
微かなシェリーの甘い香りと、スモークが口腔に広がる。
だが飲み口はまろやかで、俺達のような一般人にもすんなりと入る優しい味わい。
酒の最高峰へ、というよりは、“皆に飲んでほしい”という願いのような、飲む人間に受け入れやすいように、という願いすら感じられる優しさ。
大衆向けの優しさと、それだけでない凛とした気品を感じられる。
そんなウイスキーだった。
「味はどうです?
キルッフさんの秘蔵のお酒、らしいですよ?
僕は元の世界ではカクテルばっかりで、ウイスキーのストレートはちょっと苦手だったんですがね。
でも、これは飲みやすいですよね?」
ミサト君の言葉に、また少し胸の中で優しい気持ちが溢れる。
「あぁ、良い酒だよ。
こんな夜に飲むには、最高の一杯だ。」
肝心のキルッフはと見れば、向こうで“得意の歌を披露する”と歌い出すも、あまりのオンチに皆から野次やらブーイングやらをもらっているようだ。
それをミサト君と共に笑い合う、とても気持ちが穏やかな夜だった。




