530:脱出
<勢大、始まったようです。>
マキーナの言葉に、丁度迎えに来ていたトラックに乗ろうとしていた俺は足を止める。
マキーナが指示した方角を見れば、煙が立ち上っているのが見えた。
「オイ、早く乗れよ。何見てやが……。」
後ろのオッサンが俺に声をかけるが、俺の視線の先に目をやり、そして言葉を失う。
至る所から立ち上る煙。
そして、徐々に聞こえてくる爆音。
「何だ!?何の騒ぎだ!?」
俺達を運んでいる黄クラスの男が、運転席の窓を開けて煙の先を確認しようと身を乗り出す。
トラックの窓にはスモークフィルターや装甲板がつけられており、そのままではあまり視界が確保できないためだ。
だが、それがキルッフの狙いでもある。
「これは一体どういう……グッ!?」
キルッフは扉の後ろから首に腕を巻き付けると、一気に締め上げる。
一分もかからない内に、運転席の黄クラスは意識を失ってくれた。
「よし、セーダイ、このカードキーを首元にかざせ。
それで拘束具が外れる。
外したらそのキーを後のヤツにも回してやってくれ。」
なるほど。
先日の俺が決闘で暴れている間に、キルッフはコレを盗み出していた訳か。
俺が首輪にカードキーをかざすと、小さな電子音と共に首輪が外れる。
それに連動するように、手足のバンドも外れて地に落ちる。
「よし、外れた。
皆、コイツを首輪にかざせば拘束具が外れる!
焦らずにみんなで回せよ!」
俺が差し出すと、まるで亡者のように無数の腕が伸び、その内の一人がカードキーを掴む。
後はもう、我先にとカードキーを奪い合い、次々に首輪に当てて拘束具を外していく。
「よし、そうしたら、外したヤツで逃げたいヤツはこのトラックに乗り込め!
コイツで、一緒に検問所をぶち破って外の世界に抜け出そうぜ!!」
キルッフの怒鳴り声に、拘束具を解いた奴等はまた同じように我先にと、トラックの荷台に飛び乗っていく。
流石に、ここに残りたいと思う奴はいないようだ。
俺も皆と同じように荷台に乗ろうとしたが、キルッフが俺の腕を掴む。
「おっと、お前さんは助手席だ。
万が一俺が運転出来なくなったら、代わりに運転する誰かが必要だ。
それなら、セーダイが一番信頼できる。」
口調は軽いが、キルッフの表情は真剣だ。
俺は黙って頷くと、助手席の扉を開けて乗り込む。
「よぉし!ぶっ飛ばして、勢いつけて行くからなぁ!
荷台の奴等も、何かにしっかり捕まってろよぉ!!」
急発進するトラックは、少し蛇行しながらも爆音を立てて街を駆け抜ける。
まだ仕込んだ爆薬が残っているのか、街中で爆発音と白煙が立ち上り続けている。
そうして街中が混乱すればするほど、街の外に出る為の検問所の防備が薄くなっていく。
右目の視力を上げて遥か先に見えた検問所には、数人の黄クラスしか姿が見えない。
「アジトに戻れたら、秘蔵の酒を飲ませてやる!
いいなセーダイ、それまで死ぬんじゃねぇぞ!!」
いやいやキルッフはん、それ死亡フラグっちゅーもんなんスわ。
この世界のアンタは知らないだろうが、色んな世界でアンタはいつも俺を助けてくれたんだ。
その恩を、こんな死亡フラグ如きで台無しにするわけにはいかねぇんだわ。
その死亡フラグ、悪いが叩き折らせてもらうとしよう。
もちろんマキーナさんがな!
(マキーナ、予測をしてくれ!)
<……途中までは格好良かったんですが、最後で一気に台無しにしてきましたね、さすが勢大です。
ともあれ承知しました。
いつものように視界にガイドを表示します。>
右目に矢印が表示される。
何かこの視界、昔やったタクシーがモチーフのテレビゲームで見たことあるな。
「キルッフさん、その通りを右だ!
そっちの方が警備が薄そうだ!!」
「あぁ!?
遥か向こうに見えてるんだから、このまままっすぐ行ったほうが良いんじゃねぇのか!?
……お前、そんなこと言って違ってたら、ただじゃおかねぇからな。
それと、“さん”なんていらん!
キルッフと呼べ。」
キルッフは怒鳴りかけながら俺の目をチラと見ると、俺がふざけて言っているワケではないと感じてくれたらしい。
すぐに俺の指示に従って、交差点を加速したまま右に曲がってくれる。
はは、こうなるとマジであのゲームみたいじゃねぇか。
違いはタクシーじゃなくてオンボロトラックって所だろうか。
そうして俺の指示に合わせ、キルッフが右へ左へとハンドルを切り返す。
街中を曲がりくねる様に駆け抜け、遂に検問所が見えてくる。
警備に当たっているのは3人程度で、警笛を吹かしながら慌てて車止めを引きずっているが、もう遅い。
閉まりかけた門に多少はぶつかりながらも、遂に俺達は“中央”を後にする。
「やったなキルッフ!!
……だけど、抜けたは良いがこれからどうするんだ?」
俺の疑問に、車の制御を必死に抑え込みながら、キルッフは笑う。
「あぁ?んなもん決まってるだろ。
俺達抵抗組織の拠点だよ。」
最初は、俺とミサト君が捕まった、中央から見て東に位置する廃墟に向かうのかと思ったが、途中から北上を始める。
一晩走り通した所で、遂に目的地へと到着する。
そこも変わらぬ廃墟ではあったが、キルッフは手慣れた様子で廃墟の町並みを抜けていく。
(こんな所に、町なんかあったかな?)
いくつもの異世界を渡り歩いていて知った事なのだが、地形がまるまる変わっていなければ、どの異世界でも大体人が住んでいる街は同じような所にある。
最初に俺がたどり着いて、ミサト君と一緒に捕まったのはいわゆる“最初の街”というヤツだと思う。
中央が“王都”だと考えれば、その上に第2の街である北部の街、南に第3の街、北西から西にかけては帝国、または魔族領がある事が多い。
そこから南西にドワーフまたはエルフの街があり、北東の先に獣人族の街がある。
ただ、北東と南西の街は、殆どの場合別大陸だ。
こんなに、それこそ車で来れるレベルで、それなりの規模の街があったことは無い。
(ここも、独自進化した何かがあるのか?)
文明は見た感じ、“大破壊”とあの洗脳動画で言っていた戦争が起きる前まではかなり高度な文明を築いていたようではある。
「キルッフさぁん!
……あ、セーダイさぁん!!」
廃墟の中で、一人の青年が両手を振っている。
どうやら運転席のキルッフを見つけて、声を上げたらしい。
ついでに、俺のことも解ったようだ。
進路の先には、ボロボロのミサト君が笑顔でこちらに手を振っていた。




