529:レジスタンス
「クックック、644番よ、今はどんな気持ちだ?」
映像が終わり、部屋が元のように明るくなると、レザーのハゲデブ所長が入ってくる。
とりあえず、マキーナから“この映像を見続け、頭に被さった機器の影響を受けるとどうなるか”が右目に表示される。
「……えー、む、紫様、万歳!
紫様こそ我等の偉大なる指導者様です!」
表示された文字を読む。
なるほど、催眠状態にして洗脳していたのか。
「おぉ、ヨシヨシ、良い子に生まれ変わった様だな。
644番、これからは皆の模範になるように頑張るんだぞ。」
「紫様、万歳!」
会話になっていないが、所長は満足気に頷くと俺の拘束を解く。
“ここでこのハゲの頭を叩いたら面白いだろうな”と思ってしまったが、マキーナに止められるまでもなく流石に止めておく。
流石に次は、映像を見せられるだけじゃ済まなくなりそうだ。
こうして何とか無事?に拷問を切り抜けた俺は、元の班へと戻される。
俺の身に何があったかは皆に知れ渡っているらしく、普段から会話など無かったが、腫れ物を扱うように更に皆から距離を置かれているのが一目瞭然だった。
あ、何か、むしろこっちの方が精神的にキツイかも。
ちょっと泣きそう。
「セーダイだったか、アンタ無事か?」
「……無事か?じゃねぇよ。
お陰でヒデェ目にあったぜ。」
食堂でいつもの食事を取っている最中、周りに誰もいない俺の眼の前の席に、キルッフが座る。
その表情は心配半分、洗脳されきってやいないかと不安半分、という所だった。
やべ、ちょっと嬉しい。
その嬉しさからここで冗談でも“紫様バンザイ”とか言おうものなら、完全に何かに繋がる道は閉ざされてしまうだろう。
それは避けたいが、あまり良い体験とは言えなかった以上、文句の1つも言わせてもらおう。
そんな俺を見て、キルッフはホッとした表情を見せる。
「お前ならアレにも耐えられるとは思ってたが、心配はしてたんだぜ?
貴重なミサトからの紹介だからな。」
聞けば、ミサト君やキルッフは“反中央組織”へのレジスタンス活動をしている団体の一員のようだ。
あまり面の割れていない人員を中央に潜り込ませ、こうして信頼の置けそうな赤クラスに声をかけては引き抜き、中央に対して抵抗活動を行っているようだ。
「まぁ、それだけじゃねぇけどな、今のお前さんに話せるのはこんな所だ。」
それもそうか。
何か別の目的があるにせよ、昨日今日参加した新人にそんな事まで教えていたら、情報が漏洩した時に目的を達成できなくなるだろうしな。
「2日後に、紫と青の奴等がこぞって近隣の国を襲う計画があるらしい。
俺達はその時に食料庫を襲って脱出する予定だ。
アンタも、勿論参加するよな?」
この都市の西と南に同程度の規模の都市があり、西側の都市とは定期的に争いが起きているらしい。
とはいえ、この世界の争いは基本的に一対一の“決闘”なので、元の世界のいわゆる戦争や紛争といったものと比べると幾分戦いの展開は穏やかだろう。
まぁもっとも、元の世界以上の科学力をつかい全力で世界大戦等をやらかした結果がこの世界の今であり、現在の方式でなければ簡単に人類は滅亡できてしまうから、丁度いいやり方なのかも知れないが。
「あぁ、もちろんそちらに参加させてもらう。
ただ、俺は俺の目的のためにそちらに参加する。
もしかしたら、どこかで袂を分かつ事だって十分あり得るぞ?」
一応、釘は刺しておく。
例えばいくら現体制が憎いからと言って、“ここにいる市民もろとも皆殺し”等という行動を強いられた場合、俺は間違いなく拒否するだろう。
下手に賛同したように見せてしまうと、それが怖い。
「まぁ、俺達も俺達の目的のために抵抗活動なんてやってるんだ。
それに関しちゃ許容せざるを得ないだろうな。」
やはりキルッフが良い奴で助かった。
お前はいつも、そういう奴だな。
少し心が暖かい気持ちになっていると、キルッフが俺に目で合図する。
何だ?俺にテーブルの下に潜れ、と言っているようだ。
「おっと、スプーンを落としちまった。
偉大なる紫様に申し訳ねぇ。」
適当なことを言いながら、俺は落としたスプーンを拾うためにテーブルの下に潜り込む。
誰もが俺を憐れんでか、こちらを見ないようにしている。
テーブルの下に潜り込むと、キルッフがズボンの裾を持ち上げ、いくつかの四角い小さな箱を床に落とす。
「……今のお前の方が、連中のチェックが甘い。
これを持っててくれ。」
小声でキルッフが伝えてくる。
それを拾い集めると、急いでポケットの中にしまう。
<内部構造を調べたところ、どうやら爆発物や煙幕の類のようです。>
キルッフから、このままの流れなら2日後はまた街の清掃になる予定だという。
その時に合流し、これを仕掛けるというのだ。
「オイ644番!いつまで下に潜ってるんだ!
早く出てこい!」
中々出てこない俺を不審に思ったのか、食堂内で監視しているレザー服の一人が近付いてくる。
「せっかくの!紫様から頂いたご飯を!一滴残らず食べるために!落ちてたご飯も食べてました!!」
勢い良く立ち上がり、俺は綺麗になったスプーンをレザー服に見せる。
「全く、勘弁してくれってんだよ。
この間俺に殴りかかってきたから詫び入れさせようとしたのに、コイツずっとこんな調子でよ。
アンタ等、ちょっとやりすぎてるんじゃねぇか?」
キルッフが呆れたようにレザー服に文句を言うが、レザー服は“五月蝿い!黙れ!”と叱りつけると、もう俺を見ないようにしてすぐにその場を離れる。
「あーあ、俺もこうなりたくねぇから、離れるとしますかね、触らぬ神に祟り無しだ。」
キルッフは周囲に聞こえるような独り言を言うと、退屈そうにその場を離れる。
これで見た目には、おかしくなった俺と、俺に因縁をつけようとしたが諦めてその場を去ったキルッフ、という風に周囲には映るだろう。
ある意味では予定通りだ。
……若干俺の尊厳が失われた気がするが。
そうして、俺の僅かな尊厳と引き換えに、キルッフの予想通り俺達は市街地の清掃班として作業に当たる事になり、そしてこれも予定通りに紫と青の騎士達が揃って遠征に向かったと知らされた。
「ミサトの奴はどうやら遠征の運搬係に回されちまったらしい。
まぁ、奴からは“混乱に乗じて上手く抜け出す”と連絡が来ているから、なんとかなると思う。」
市街地を清掃中、次々とゴミ収集所に例の小さな箱を仕掛けながら、キルッフが俺にそう教えてくれた。
少し心配だが、今までもミサト君はこういう局面を乗り切ってきたらしいとかなり信頼されている様なので、俺は俺の作業に集中する事にし、準備を急ぐ。
後は上手く混乱してくれる事を祈るばかり、だ。




