52:迷宮にて
「では次!迷宮探索開始!」
教官の号令と共に第二王子のパーティが迷宮の入口に消えていく。
生徒達が入ってから少し待たないと、俺達護衛役は侵入が出来ない。
そう、俺“達”だ。
俺のそばに、第二王子護衛役の男が立っている。
流石に王家は護衛を付けるらしい。
いや、王家だけでは無いようだ。
「本日はよろしくお願いします。
私は王家と両宰相、それと公爵家から依頼を受けた護衛役となります。
大変申し訳ありませんが、フルデペシェ家は依頼に入っておりません。」
歳は彼等に近いか、もう少し上か。
二十代位の、金髪を短く揃えた若者がそう俺に伝えてくれた。
全身が黒のインナーに黒の部分防具と、何かちょっと格好いい。
「こちらこそよろしく。対象の件は構わないよ。
リリィは俺が見るつもりだった。
それに、手が多い方が色々助かるだろうしな。」
握手をしながらそう言うが、彼の表情は硬い。
「その、大変申し上げにくいのですが、その装備で迷宮に入られるのですか?」
大丈夫だ、問題な……あ、いやいや、確かにな。
俺の格好、例えるなら“皆で冬山登ろうとしてるときに、浴衣に下駄の人が来た”みたいなもんだろうしな。
誰でもそうなるよな。
「あぁ、まぁ大丈夫だよ。一応“とっておき”はあるんでね。」
微妙に納得しかねる表情だが、彼は何かを考える素振りを見せる。
これアレかな?
最初は“こんな装備のおっさんまで助けろなんて聞いてねぇ”みたいに言って、迷宮内で俺に助けられて“ヤダ……素敵”みたいな感じの流れだろうか。
やっぱりなぁ、転生世界の王道だもんなぁ。
「わかりました。確かに、“手の内を易々と見せるモノでは無い”と、私も上官から教育を受けております。
お互い頑張りましょう。」
クソッ、何故だ!
こういう場合、大抵主人公以外は変に無能で、主人公が“ヤレヤレ”って言いながら、事件を解決していくモノではないのか!!
“まぁこの人礼儀正しいし、そんな事をする奴ばっかりだったら世界は破綻するか”と思い直し、ふと気になったことを聞いてみる。
「そういや迷宮内ではそんな機会はないかも知れないが、アンタのことはなんて呼べばいい?
俺のことは“セーダイ”で構わないよ。」
それを聞いた彼は、少しだけ悩んでいた。
あ、名前とか聞いちゃいけない系かな?
「あぁ、すみません。変な意味では無く、我々に名前はないんです。
そうですね、私のことは“13号”とお呼び下さい。」
人造人間かな?
それともウェステッドサーティーンの方だろうか?
ヤだなぁ、細胞さんに吸収されてスーパー細胞さんになったり、もしくはレイバーの外装着込んだりしないと良いんだけど……。
と、くだらないことを思っていた時に、大分昔にモヒカン頭が言っていたことを不意に思いだした。
“王家の暗殺部隊”
改めて彼の装備を見る。
光を反射しない黒の衣服に同じ様な細工が施された防具、そう言えば衣擦れの音もあまりしない、高そうな素材だ。
武器も黒塗りの鞘に黒い革で巻かれた握り手を持つ、短剣と長剣の間のような短めの剣。
なるほど。
そりゃ王家が護衛に付けるんだ。
生半可な奴じゃあねぇわな。
……しかし、何故“暗殺部隊”を“護衛”に?
何か、一気にキナ臭くなってきたな。
「よし、護衛の方々、入られよ。」
その言葉と共に俺達は迷宮に入る。
迷宮に入ると彼は、黒いフードを被り、どこからか取り出した黒の仮面を付ける。
何かの魔法でもかかっているのだろうか、その瞬間から彼の気配が薄くなった。
「企業秘密をあんまり見てちゃ悪いか。」
俺もジャケットの下からトンファーを取り出し、左手に持つ。
右手でマキーナを取り出し、腰の辺りに構える。
「マキーナ、起動しろ。」
<装備展開モードにて起動します。>
マキーナが気を利かしてくれたらしい。
普段は服の上からマキーナスーツが展開されるが、今回はジャケット内側の投げナイフベルトが表に出て来ていた。
……そういやこのスーツ、毎回俺の体にピッタリなんだけど、この間の服ってどこに消えてるんだろう?
変身後の姿をちょっと見ていたら、13号氏はドンドンと奥へ進んで行っていた。
ちょ、待てよ、と心の中でかっこつけながら、俺もその後に続く。
第二王子パーティは順調に進んでいるようだった。
俺達が追いついたときには、既に第一階層の終わり、第二階層へ降りるための階段付近の広場で、恐らくフロアボス扱いの魔獣化した狼の群れと戦っていた。
「サラ!危ないぞ!」
第二王子が華麗に炎の衝撃波を飛ばし、公爵令嬢に襲いかかろうとした狼を焼き消す。
「まったく、お前はいつまでも俺の手を焼かせてくれる。」
「はは、ジョン、お前が面倒なら、俺が面倒見てやろうかな。」
「二人とも、いい加減になさい。まだ戦闘中ですよ!」
おお、三馬鹿もしっかり格好いいところアピールしとるわ。
しかしアレやな、乙女ゲーって、端から見てるとこんな気持ちになるんやな……。
とりあえず三馬鹿の周りに見える花の幻影がウザい。
全部ムシってやりたい。
いや、実際にはそんなモノ見えていないんだが……。
しかも常に自然な格好いいポーズとりやがって。
経済宰相の息子なんか、常に何か喋る度に眼鏡を人差し指と中指でクイッてしやがるし。
なにそれ?イケメンの必須科目かなんかなの?
「た、助かりましたわジョン殿下。
こ、こ、怖かった~。」
「大丈夫ですよサラ様。私もおりますから。」
そう言いながらリリィもさりげなく手を握って緊張をほぐすなど、地味ながら男性ではし辛いアプローチ!
リリィ、恐ろしい子……。
「あの……、ミスタ・セーダイ?」
13号氏の言葉で我にかえる。
「す、すまん、彼等も下の階に向かったようだし、我々も後を追おう。」
危なかった。
危うく片目を隠すロングヘアーのカツラを用意するところだった。
第二階層もそれなりに危なげなく進んでいるようだ。
粘液生命を焼き払い、魔獣化している大型の猿をアッサリと退治している。
この分なら、俺達の出番は無さそうだ。
「少し、妙ですね。」
第二王子達が少し開けた所で休憩を取っていたので、物陰に隠れて同じく休憩を取っていた時、13号氏がそう呟く。
『妙、とは?』
彼を見ると、彼はしきりに周囲を、正確には壁や柱を調べている。
「私は昔この洞窟にも入りましたが、洞窟内にこんな人工物は無かったと記憶しています。
もっと天然の洞窟で、ヒカリゴケが洞窟内に淡く光っているだけだったかと。
ガイドブックの地図とも道幅の形状が違っています。」
第一階層は彼が言ったような作りだったが、確かに第二階層は炭鉱道のように、途中途中に木製の柱が鳥居のように組まれており、落盤しないように手が加えられてた。
『可能性は二つ、一つは生徒のために改修していた。もう一つは……。』
「いいえ、可能性は一つです。
改修していたなら、ガイドブックに載っていなければおかしい。」
そうだろうな、と思う。
だがせめて最後まで言わせて欲しかったぜ。
『不法滞在者が、今日はたまたまいない可能性に賭けたいね。』
「そう言う場合、賭け事では大抵反対の目が出るモノです。」
俺達はギブアップの鈴を持っていない。
飛び出していって中止を訴える事も出来るが、現状はまだ多くのことが予測の域を出ず、半ば“予防”に近い。
これでは試験を受けている彼等にとって、あまり良い結果を残せないかも知れない。
13号氏はあくまでも“対象に生命の危機に関わる緊急事態が発生した時”のみに盾となる様に依頼を受けているだけなので、現状を警告する気は無いらしい。
迷いが判断の遅れを呼び、気付けば彼等は小休止を終えて、奥の道へと進んでいく姿が見えた。
仕方ない、何かあっても何とかするしかない。
俺は覚悟を決めて、彼等の後を追った。
2020年の投稿はこちらが最後になります。
また、次回投稿は1月4日0時からを予定しております。
僭越ながら、皆様良いお年を。
2021年が皆様にとって良い年でありますように。




