525:アイツ
(……“特徴的な髪型”か。)
幸いな事に、エージェントの存在は見て見ぬふりなのか俺が何か咎められる事はなかった。
まぁ、俺達赤クラスを管理しているのは黄クラスの人間達だ。
中にはエージェントに直接困らされた経験を持つ者もいれば、身内や仲間が何かされた者もいるらしい。
その為、あまりエージェント関連には関わらないようにしているらしい。
その後は特に何事もなく、無事に仕事を終えて施設へと戻る。
施設でまた食事を取りながら、手のひらに隠していた紙切れを、何気ない仕草を装いながら手の中で広げる。
その紙切れには“特徴的な髪型”とだけ記載されていた。
これが何かの暗号である事は間違いない。
ただ、これがどういう意味を持つのかがあまり解らない。
言葉通りなのか、何かの隠喩なのか。
<恐らくは反体制派の暗号的なモノなのでしょうが、これだけでは解りづらいですね。
……そう言えば勢大、頼まれていた例の音声の解析ですが、やはり上手く行きません。
機械的なだけでなく、魔法的にも何かのプロテクトがかかっているような感じですね。>
(いや、それが解っただけでも十分だ。)
まぁ、完全に解析出来るとは正直思っていなかった。
別にマキーナの能力を疑っているわけではない。
“神の力”の類を使えば、恐らく完璧に見破る事は出来ないだろうと踏んでいただけの話だ。
“ムラザト・シンゾー”と名乗っていたが、あの容姿では男かも怪しい。
別の世界で、男だと思っていた転生者が実は女だった、なんて事もあった。
選択肢を自ら潰すのは良くない。
こういう時、可能性を潰す事の方が自分の首を締める事に直結する。
(しかし、特徴的な髪型の奴なんて、この施設にい……いや、待てよ?)
今回の清掃作業中、別の班に短いがモヒカンヘアの男がいた。
言葉通りだとするなら、アイツが関係者、という事になるのだろうか?
<それは、……あまりにも安直すぎではありませんか?>
マキーナも呆れ気味だが、現状思いつく良いアイデアもない。
駄目なら駄目で、またその時考えれば良い。
それこそ、“可能性を1つずつ潰す”という、必要な作業だろう。
(よし、そうと決まればサッサと行動しますかね。)
俺は味もしない食料的な何かの残りをかき込むと、食器を片付ける。
行動を起こせるとしたら日中の作業時間だ。
そう思い、サッと風呂に入ると他の奴らと同じように、割り当てられたベッドに横になるのだった。
「よし、お前等、逃げられると思うなよ!
お前等の首に着けた機械は、俺から2km以上離れたら爆発する。
最後の100mになれば警告音がするから、それに気をつけて周辺を探索しろ!」
今日の俺達の班は、一番危険な周辺探索任務として駆り出されてる。
ここは“中央”から南の方向に位置するかつての市街地、“サードリバー”というらしい。
昔はその名の通り、市街地の中心に大きな三本の川が流れ、氾濫等も少ない平和な街だったらしい。
だが、度重なる戦争と資源を失った人々の争いとで、遂に川はほぼ干上がり、今では人が住めないゴーストタウンになり果てたようだ。
ここでの目的は旧時代の遺物や金目の物など、何かしらのお宝を見つける事がノルマだ。
浄水器のカートリッジですら超貴重品と聞くと、確かに漁るだけの価値はあるのだろう。
監督役の黄クラスが手を叩くと、俺達は周囲の建物にそれぞれ入っていく。
俺も、大体誰がどこに入っていくかを見ながら、マキーナの示すビルに入っていく。
<ここの地下に手付かずのエリアがあります。
何かあるとすればそこが1番可能性が高いかと。>
最短でそこを目指し、扉をこじ開ける。
(……防災用の倉庫、みたいだな。)
変色したペットボトルの水に、ボロボロに錆びた乾パンの缶。
酸化して色褪せた毛布らしきものを、次々にリュックに入れる。
ライターやら何やらも詰め込めるだけ詰め込み、また扉を丁寧に戻して周囲の瓦礫で蓋をする。
「よし、これで言い訳は出来たな。
アイツ探すぞ。」
別の班のモヒカン男。
そいつを探すために地上に出ると、右目に矢印が表示される。
<あらかじめ、生体反応をロックしておきました。
この矢印の先に対象がいます。>
流石マキーナ先生、用意周到だ。
俺は視界に映る矢印を頼りに進む。
……いた。
例のモヒカン男は何かを見つけたのか、一生懸命瓦礫を持ち上げようとウンウン唸っている。
「……おい、手伝ってやろうか?」
顔を真っ赤にしながら瓦礫を持ち上げていたその男は、俺を見るとハッと警戒の表情に変わる。
まぁ、中には人の手柄を横取りする奴もいると聞く。
この反応も、当然といえば当然だ。
「おっと、勘違いしないでくれ。
俺は自分の分は集め終わったんで、時間的に余裕があってね。
アンタ、何か大変そうだから、ちょっと手伝ってやろうとな、ただそう思っただけだ。」
俺は、荷物でパンパンのリュックを見せる。
男は一瞬羨ましそうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めると“助かる”と一言だけ呟いてまた瓦礫を持ち上げる作業に戻る。
俺もそのまま、何も言わずに瓦礫を持ち上げる作業を手伝い始める。
かなり太陽が登り、肌をジリジリと焼く感覚を感じていた頃に、首輪から音声が流れる。
[よし、今から1時間休憩だ。]
その声を合図に、俺達も手を止め昼食を広げる。
昼食とはいえ、水の入った水筒と、いつもの食事の固めたものを食うだけだが。
「しかし、この瓦礫の下には何があるんだ?
何か、何かが隠してあるようには思えないんだが?」
おっさん二人、肩を並べて黙々と飯を食う気まずさに負け、話を振ってみる。
「……ダチがな、埋まってるんだ。」
長い沈黙に、“まぁ、話さないか”と諦めかけたその時、モヒカン男が口を開く。
何でも、少し前までは一緒につるんで行動していた仲間がいたらしい。
ソイツは、ある日この街を探索中に、建物の崩落に巻き込まれて潰されてしまったらしい。
少しずつ探索をしながら瓦礫をのけていって、ようやくあと少しまでたどり着いたらしい。
「カードの力を使えば一瞬だが、この首輪と鎖のせいで封じられてるからな。
自分の力で掘り起こすしか無かったんだ。」
その言葉を聞いた俺は、急いで飯を流し込む。
当初の目的などどうでも良い。
先程までモヒカン男が熱心に瓦礫を撤去していた場所に向かう。
「……アンタ、名前は何ていうんだ?」
「あぁ?
……キルッフだ、キルッフ・M・ゾーク。」
俺の問いに、訝しげながらも答えてくれる。
やっぱりな。
お前はどの世界でも、そんな奴だよ。
「俺の名前はセーダイだ、セーダイ・タゾノ。
セーダイと呼んでくれ。
よし、じゃあキルッフさん、ここで見た事は口外しないでくれよ?」
俺はそう言うと、自分の全力で瓦礫を撤去し始める。
力をセーブしなければこんな瓦礫、発泡スチロールの山と変わりない。
投げるように瓦礫を取り除く俺を見て、キルッフはただポカンと口を開けて見ているだけだった。




