522:市民レベル「赤」
[よぅし、これにて“養殖”を終了する。
ナンバー644番、何をしている?
早くカードを回収しろ。]
片手斧に付着する、魔物のモノと混ざり合い、濁った赤い液体。
俺は、それをただ見ていた。
ゆっくりと滴り落ちる液体が、地面に小さな水たまりを作っていた。
時間と共に片手斧が消失し、刃に付着していた液体がいっぺんに落ちてシミとなる。
<勢大、急ぎ落ちている魔物を吸収してしまいましょう。
勢大?……勢大!!>
「あ、お、おぅ。……何だ?」
マキーナが珍しく、大きな音声で警告を出していた。
何か異常事態かと周囲を見渡すが、追加で魔物が現れる等、特に異常があるわけではない。
<……魔物の吸収を。>
言われて、今の状況を思い出す。
俺は腰のベルトからカードデッキを引き抜くと、魔物を吸収し始める。
(ん?このカード、“これを装備したモンスターを進化させる”とか書いてあるな?)
比較的原型を留めている魔物はモンスター化出来ているが、バラバラの残骸みたいになってしまっている魔物は、どうやらアイテム化するらしい。
甲虫の羽だけを吸収しようとしたら、“存在進化”という名前のカードが出てきていた。
<勢大、落ちている魔物は重複を除けばこれで全てです。
デッキを完成させるには、後5枚ほど足りません。>
チラとカードを見ると、35/40という表示が見える。
途中で魔物を制限した影響と、“同じモンスターはデッキに2枚までしか入れられない”という制限もあるらしく、俺のデッキは中途半端なまま終わっていた。
<また、今回経験を積んだことによりSPが5,000まで上昇しました。
これは負けるとリセットされる様です。>
なるほど、そういう効果か。
恐らくミサト君もあの戦いに至る前に何かあって、それであの時1,000しか無かった、という事か。
“保ってくれよ”という言葉の意味も、何となく合点がいく。
[どうした644?早くデッキを完成させろ。]
「完成も何も、もう魔物は吸収出来ねぇみたいだが?」
俺は両手を広げながら、ガラス張りの向こうにいる人影を睨む。
魔法の影響か、俺が突き刺した槍の跡は綺麗に消えていた。
[あるではないか、カードならそこに。]
言われて、気付く。
“敵”……いや、死んだ子供達が組み上げかけていたデッキがある。
そこからカードを引き抜け、という事らしい。
<今は従う方が賢明かと。
検索した結果、アチラと、……アチラの子供は、この中では強い方に分類されると思しきモンスターカードを吸収しておりました。
オススメはその二人です。>
右目に、対象の亡骸に矢印が表示される。
「いや、このままで良い。」
俺はマキーナの声には耳を貸さず、ガラス張りの方へ向き直り、そう声をかける。
[正気か?そのままでは……。]
「このままで良い、と言っている。」
マキーナの警告もガラス張りの向こうにいる奴等の動揺も無視して、ただ静かにそう答える。
小さな、本当に小さな俺の譲れないモノ。
彼等と俺は、互いの生命と自由を賭けて戦った。
あの時の賭け金はそれだけだ。
切っ先を向けた敵ならば。
決闘として命の奪い合いをした敵同士なら。
相手からそれ以上の尊厳は奪わない。
<……どうせ後で、他のデュエラーが奪うと思いますが。>
それでも、だ。
一度“敵”として認識した以上は、相手が子供でも手は抜かない。
そして子供であっても、戦った相手には敬意を払う。
せめて俺は、今はそうでありたいのだ。
それに、このデッキシステムに対して思うところもあった。
ガラス張りの向こうで、紫色の服の男が周囲に何かを伝えている。
その結果を受けたからなのか、声は落ち着きを取り戻す。
[……よかろう、これにて“養殖”を完全終了とする。]
その声と共に、俺の両手足のリストバンドから鎖が飛び出し、それぞれを繋ぐ。
1つの檻が地面から現れ、その口を開ける。
足を引きずりつつ黙ってそれに乗ると、檻はひとりでに閉まり、内側に緑色の霧のようなものが立ち込める。
<ポーションを霧状にして噴霧しているようです。
勢大の足もこれで完全に治ると思われますが、念の為多少は吸い込んでください。>
一瞬、睡眠薬か何かの類と思い息を止めたが、マキーナの言葉で普通に呼吸する。
吸い込んだポーションの霧は、本来なら味がしないはずなのに、その時の俺には何故か苦く感じられていた。
「よぅし、お前達は改めてここ“中央”に所属する、栄誉ある“市民”となった。
始まりの色、“赤”からとなるが、デュエラーであるお前達はその腕一本で上り詰めることも可能となる。
以後、紫様に感謝しつつ、労務に励むように!」
緑色の男がそう怒鳴ると、黄色い服を着た男達が次々と現れ、俺達の前に赤い服を置いていく。
あの後、1人用の檻で運ばれた俺は、先に転送していた子供達のいる、大きめの檻に辿り着いていた。
子供達は俺と距離を取り、遠巻きに怯えてみているだけだ。
檻の前にでかいスクリーンがあるところを見ると、どうやら先程の戦いは一部始終を見させられていたらしい。
その、俺達がいるでかい檻とスクリーンの間に緑の服の男がふんぞり返っていた。
側面の入口から黄色の服の男達が入ってきて先程配り、また出ていった、という訳だ。
「おぉ、これはこれは紫様!ご機嫌麗しゅう!!
こちらにいらっしゃるとは、お珍しい!!」
そうして、俺達が服を着替える間、ずっとふんぞり返っていた緑服が突然慌て、入口まで飛ぶようにして走ると腰を低くして、一人の人間に揉み手をしながら暑苦しい笑顔を向ける。
青い甲冑達に囲まれた、紫の男?がこの場に現れたからだ。
紫服は頭に真っ黒な頭巾を被っており、全く顔が見えない。
体型も、男といえば男なのだが、ちょっと胸が小さめの女といえばそうかもしれない、という、微妙な中肉中背。
「お前が、“カード足らず”か。」
紫服は緑服など意に介さず檻の近くに来ると、俺に声をかけてくる。
その声も、何かの機械か魔法なのか、ボイスチェンジャーのようなもので音が変えられており、ますます男女の区別がつかない。
鉄格子の間から手を伸ばして、その胸倉でも掴んでやろうと思ったが、微妙に距離が遠い。
「おぉ、色々回収したが、カードが足りなかったみたいでな。
良かったらお前の持ってるデッキから一番強ぇのでもくれよ?」
「貴様!!紫様に不敬であろう!!」
緑服の男が怒鳴るが、紫のコイツが手を上げるとすぐに静かになる。
「面白い男だ。
一番強いのはやれないが、後で何か届けさせてやろう。
あの戦闘を切り抜けた報奨だ。」
周囲が、青い甲冑の奴らも何人かは動揺を見せる。
それ程に凄い事、なのだろうか。
「やっぱりそんなモンはいらねぇ。
代わりに、お前の名前を教えろ。」
周囲から“不敬な”とか“貴様、調子に乗るなよ!”といった暴言が聞こえるが、俺は静かに紫服を見つめる。
「それが報奨ですか、良いでしょう。
私の名は“ムラザト・シンゾー”。
……きっと、貴方と同じ出自でしょうね。」
それだけ言うと、紫服……いや、ムラザトは出て行った。
「……クソッ、二人目の転生者か。」
転生者が複数人いると、それだけ事態が煩雑になる。
世界の力の消費も増える。
厄介な事態に巻き込まれたようだ。




