521:凍る心
(クソッ!感傷に浸ってる場合じゃねぇ、何とかしないと!)
必死に声を出し、子供達をまとめようとする。
だが、“この状況から助かる方法”を知ってしまった子供達の暴走は止まらない。
「俺の、俺の魔物だ!寄越せぇ!!」
「キャァァァ!!」
「何するのよ!?それならこっちだって!!」
遂に、想像したくない状況にまで至る。
一番簡単にカードを入手する方法。
“誰かを殺して奪う”
偶発的にせよ何にせよ、子供達はその思考にたどり着いてしまったのだ。
魔物を倒しながら焦る俺に、上層階のガラスが見える。
いや、ガラス越しの紫色のスーツを着た誰かの姿が映る。
ソイツは、肩を揺らし、手を叩いていた。
この光景を、楽しんでいやがったのだ。
「オォォォォォ!!」
注視の雄叫びと共に、槍を全力でガラスに向けて投げつける。
魔法的な防御が見えるが、それら全てを突き破り、投げつけた半透明の槍はガラスの壁に突き刺さると、静かに消えていく。
「嗤うなぁ!!
この状況を、嗤ぁうんじゃねぇ!!」
人間の内側。
極限状況に置かれた人間が見せる醜い本性が剥き出しにされたこの状況を、アイツは嗤っているのだ。
子供達自身の命を賭けた、あまりにも醜悪なショーだった。
俺はカードを引き抜く。
手にしたカードは装備アイテム系なのか、“これを装備したモンスターの攻撃力を倍化する”という効果だった。
よく解らないが、とりあえず使っておく。
使った瞬間、ピコピコという効果音に気付く。
左側を見てみれば、“戦士セーダイ SP2,000”と表示されていた。
(ん?今は俺自身に倍化の能力がかかってるって事か?)
一瞬よぎる思考。
だが、すぐに現実に戻る。
カードはリキャストでまだ引けない。
ならどうするか。
「セイッ!」
答えは簡単だ。
ぶっ叩けばいい。
二足歩行のよくわからない魔物の頭をぶち抜き、次に飛び出してきた魔物を回し蹴りで胴体から切断する。
「ガキ共!落ち着け!!
俺がぶっ倒した奴を、順番に吸収してけ!!」
声の限りに叫ぶ。
先程の雄叫びで怖気づき、そして冷静さを取り戻したらしい子供達は、怯えながら俺の言う事に従い始める。
その目はもう、魔物を見るよりも怯えきっている。
<リキャスト完了です。>
マキーナに言われてすぐに腰のデッキから、また一枚引き抜く。
(クソッ、また装備カードかよ。)
今度はレアリティが高いのか、モンスターに装備させると全てのステータスが5倍になるという、破格の装備カードだ。
(全てのステータス?まぁいい、今は考えるべきじゃない。)
カードを俺に使うと、戦士セーダイとしてのパラメーターが10,000まで跳ね上がる。
それがなんの意味を成すのか解らないが、少し体が軽くなった様に感じられる。
魔物退治で疲れだしていたからか、少しだけ有り難く感じられた。
(ヘッ、“有り難い”なんて感じているようじゃ、俺もだいぶ毒されてるな。)
次々と襲い来る魔物を吹き飛ばし、死体の山を築いていく。
そうして築き上げた魔物の死体を、子供達は我先にとカードに吸収していき、続々とクリアする者が転送されていく。
ただ、それは奴等にとって面白いことではないらしい。
またもあの声が聞こえる。
[貴様等、特に紫様を狙ったそこの男は重罪だ。
連帯責任ペナルティとして、残った奴等の中で一人だけ完全にデッキが作れない様に魔物の数を調整してやろう。
また、その中年を殺した者は、より上位のデッキと、階級を赤から黄に上げてやろう。
これは我等が偉大なる指導者、紫様からの約束である。]
これを聞いた、残っている子供達の表情が若干変わる。
残っている子供達は、もう10人もいない。
それぞれ、他の子供達が押しやりうまく魔物を回収できなかった、いわば落ちこぼれ。
引っ込み思案、気が弱い、優しい性格。
そういった性質が強く、前に出られなかった子供達。
だからこそ、何をしでかすか解らない。
魔物と戦っている時に、俺は左の太ももに痛みを感じる。
やられたか、と思い、ソレを裏拳で思い切り殴りつける瞬間に見えた。
「フヘ……へへへ……やった。」
あっ、と思い力を抜こうとするが、振り抜いた拳は止まらない。
「しまっ……!?」
俺の太ももにナイフを突き立てていた子供を、俺は殴り飛ばしていた。
子供達と、俺の間に重苦しい沈黙が流れる。
子供達の虚ろな目に、殺意が宿るのが見える。
“殺らなければ、殺られる”
明確な意志が宿る。
今日、しかも今あったばかりの大人と子供だ。
信頼関係など築ける筈もない。
ここに至るまでだって、ただ“あの大人の言う事を聞いておこう”という子供の心理が働いたに過ぎない。
先に手を出した出さないの理屈は通じない。
“この大人は、自分達を害する危険性がある”
それだけで、子供側の理屈は十分だ。
しかも、殺れば底辺から脱出できる、一発逆転の誘惑付きだ。
「……やれやれ、最低最悪だ。」
痛む足を引きずりながら、俺は魔物と子供両方が見える位置へと移動する。
<勢大、私に肉体の操作権を譲ってください。
そうすれば、貴方は目を閉じているだけでいい。
貴方が目を閉じている間に、私が全てを処理いたします。>
「……ベッドで寝転んで、コトが済むまで天井のシミでも数えてろってか?
マキーナ、男を誘惑する言葉としちゃあそれは最悪だ。
もう少し口説き文句を覚えたほうがいいな。」
マキーナの提案は、本音を言えば魅惑的だ。
だがそれを受けるわけには行かない。
俺の成功も失敗も、この苦痛も俺が起こしたモノだ。
それを他のヤツに明け渡すなど、とんでもない。
俺は痛む左足を引きずりながら、俺と子供達の間に残りの魔物が来るように位置を調整する。
「もう一枚ドローだ。
おっと、片手斧か。」
何とも使いづらい武器だし、見た目がまるで蛮族だ。
だが、今はこれでも無いよりはマシだ。
「うわ!?意外に強い!?」
「キャッ!?痛いぃぃ!!」
子供達は、俺が容易く倒していたのを見ていたからだろう。
自分達も武器を呼び出し、俺と同じように魔物を蹴散らしてこちらに来ようとして、そして力の差を思い知ることになる。
「痛い!!お、おじさん、助け……。」
俺は助けるために動く事はしない。
刃物を持ったなら。
切っ先をこちらに向けたなら。
それはもう、子供ではない。
俺にとっては、ただの“敵”でしかない。
それ以上の事を言うまでもないだろう。
俺は残った魔物と“敵”を片付けた。
……ただ、それだけだ。




