520:スターターキット
「よし、檻を投下せよ。」
不穏な言葉と共に、俺が入った檻はジワジワと眼の前にある穴に近付く。
「お、おい、投下って、このまま落ちて死んだりしねぇだろうなぁ?」
俺の檻を押している赤い服の男達に声を掛けるが、誰一人こちらを見ようともせずただ黙って檻を押している。
「……安心しろ、落ちたくらいでは死なん。
……まぁ、その後はどうなるか解らんがな。」
檻が落ちる瞬間、フードの男がボソリと呟く。
それに対して追加で質問しようとしたが、その時には既に檻は穴に落ちており、俺は天井に頭をぶつけながら浮遊感を味わっていた。
フードの男の、その言葉の意味を考えながら。
<魔法の制御のようなものがかかっているようです。
もうじき着地します。>
マキーナの言葉の通り、降下が不自然に緩やかになり、檻は静かに着地する。
同じく魔法制御なのか、着地と同時に檻の扉が開く。
「やれやれ、これじゃ猛獣扱いだな……ん?」
檻から出て周りを見渡せば、四方を石造りの壁で囲われた、市の体育施設ぐらいはありそうな広さを持つ、何も無い空間。
上を見れば手の届かない上部に、ガラスなのか透明の板がはめ込まれ、その先に数人の人間の姿が見える。
そして視線を戻せば、同じように檻から出てくる少年や少女達の姿がチラホラ見える。
魔法の力なのか、不思議と昼のように明るい。
そして子供達を改めてよく見れば、皆俺と同じようなボロボロの服を着ており、手首のあたりを擦りながら不安そうにお互いを見ている。
つまりは、この子達も“適正持ち”なのだろうか。
今までの流れから、何となく察する。
“養殖”というのが何を示すか解らないが、ある程度の適性持ちが集まったら一同に集め、……まさか。
[これより“養殖”を開始する!
一度しか言わないからよく聞け!
お前等には、これから出てくる魔物と戦ってもらう!
魔物と戦い、倒したならそれをデッキに吸い取り使役モンスターとしろ!
出来なければ死ぬだけだ!
それではこれより“養殖”を開始する!]
どこからともなく魔法で拡大された音声が聞こえる。
まぁ、てっきりここにいる奴らで殺し合えとでも言われるのかと最悪の事態を想像したが、もう少しだけ優しいらしい。
なるほど、つまりは“中央”で生産した人工魔物を使い、ここにいる奴等に“汎用量産デッキ”を作らせようという訳か。
それなら話は簡単だ。
俺は強く念じ、ブランクデッキを呼び出す。
「よし、決闘モード、スタンバイ!」
<デュエルモォォォド!!ステェンバーイ!!>
マキーナとは違う、興奮したような男の声が響くと目の前に細長いベルトが出現し、俺の腰に巻き付く。
巻き付いたベルトのバックル部分にデッキを突っ込むと、例の半透明の武器防具が俺の体に出現する。
「キャァァァ!!」
「うわ!魔物が!?」
「ど、どうすれば良いのぉ!!」
甘く考えていた。
俺はミサト君からレクチャーを受けていて、やり方を知っている。
だが、ここに集められた少年少女達は“適正持ち”というだけで、何の知識も与えられていないらしい。
つまり、まともに戦えるのはこの場で俺しかいないとも言える訳だ。
[どうしたお前等!
せっかく今回は紫様が御閲覧されているのだ!!
その中年のように、武装しろ!戦え!!
戦わなければ生き残れんぞ!!]
逃げ惑う子供達。
人間の手で養殖された魔物とはいえ、魔物には変わりない。
それまで戦闘経験など有るはずもない子供達には、恐ろしく荷の重い話だろう。
見れば数人の感の鋭い子供は、俺がやったようにカードを呼び出し狩人モードを起動できているようだが、へっぴり腰過ぎてマトモに戦えているとは言えない。
「お前等、ひとまとめになって角に集まれ!
装備できてるヤツは少し前に立って俺が止められなかった魔物と戦え!」
こうなったら仕方無い。
冒険者ならよくある護衛ミッションだ。
俺は戦えない子供達をまとめて下がらせると、にじり寄ってくる魔物達の前に立つ。
芋虫の様な魔物に片手剣を振り下ろせば、バッサリと頭を潰されて動きを止める。
<勢大、カードを引き抜き、これに向かってかざせば吸収できる様です。>
マキーナに言われたようにすると、空白のカードに絵柄と文字が浮かび上がる。
見れば、“ジュエルワスプ(幼体)”というモンスターカードが手に入ったようだ。
「キャアァァァ!!」
ハッとして顔を上げると、俺がカードを読み込んでいる間に数体の魔物が抜けており、子供達に襲いかかっていた。
「いかん!?」
女の子に襲いかかろうとする魔物に、手持ちの剣を全力で投げつける。
魔物の頭を吹き飛ばし、剣は霧散して消えていく。
残った数体は、先程の装備までたどり着いた子供達が食い止めてくれた。
「クソッ!何かいい武器出てこい!!」
ベルトからカードを引き抜く。
カードが光に変わり、槍が目の前に現れる。
(ん?前と同じ武器だな?)
たまたまの運かもしれないが、前にミサト君の手助けをしようとした時に引き抜いたカードも、やはり槍が出ていた。
(いや!今はそれどころじゃねぇ!)
眼の前の槍を引き抜くと、次々と魔獣の頭を一突きしていく。
俺の脇を通り抜けようとした魔獣を、槍を回し石突で足を狙いひっくり返す。
全ては倒せない。
なら、後ろの子供が攻撃しやすい様にしてやるべきだ。
[ナンバー680、デッキレシピ完了だ。]
暫くの間魔物を倒し続け、そろそろ槍の状態が厳しくなってきたと思っていた時、不意に開始を宣言してきたあの声がまた聞こえる。
一人の子供に対して、何かの完了を告げている。
それに不穏なものを感じて慌てて振り返ると、子供の一人が光の輪に包まれていた。
アレは転送魔法の一種だろう。
逃げ回っていた子供の一人だったが、どうやら倒した魔物をコッソリとこまめに回収していたらしい。
ブランクデッキの規定枚数が足りて、“汎用量産デッキ”が作り終わった、という所か。
それを見た子供達の空気が変わる。
“あ、やべぇな”と思ったが、もう後の祭りだ。
まだそこらには、倒した魔物の死体が転がっている。
それまでの抑え込まれていた感情が爆発するように、子供達は一斉に叫びながらあちこちの魔物に群がり始める。
「どけっ!この魔物は俺のだ!!」
「離して!この魔物は私のよ!!」
「止めて!!引っ張らないで!!」
「うわぁ!!まだこの魔物生きてる!?」
子供達は生き延びるため、互いに争い合い、奪い合い、我先にと魔物をカードに収めようとしていた。
中には、まだ倒していない魔物に無防備に突っ込む子供もいた。
俺はその子から視線を外す。
それがどのような末路を辿るのか、見るまでもない。
きっと地獄があるのなら、それはここのような景色が繰り広げられているのではないか。
そう思わせる光景だった。




