519:監禁
「……フム、例の2人がいるのはここだったか。」
「へい、人間狩り部隊から、久々の適性者と連絡を受けております。」
鉄格子からは見えない位置で、男の低い声がする。
何人かの供回りを連れているようで、そいつ等と会話しているようだ。
俺達は立ち上がると、腰を落として身構える。
「お前等!頭を垂れろ!
円卓の騎士、“青のペリーノア”様が、直々に御訪問下さったのだぞ!!」
看守らしき筋骨隆々のマッチョハゲが、レザージャケットをギチギチと鳴らし、警棒で鉄格子を叩く。
とはいえ、俺には青だ緑だと言われても関係が無い。
ただ警戒しながら黙って見ていると、青い軽鎧のような装備をつけた青年が視界に入る。
「まぁ待て、看守長よ。
野良犬に礼儀を求めても意味はない。
今は多少の無礼は許そうではないか。
これから躾けて行けば良い。」
そう言って威嚇しているレザーハゲ……看守長を下がらせると、静かに檻の前に立つ。
そうして改めて俺達を見た時、青のペリーノアとやらの視線が、僅かに揺れた気がした。
それが気になって辺りを見渡すが、別におかしな事はない。
何だ?滅多に無い事だが、アンダーウェアモードがバレたか?
「……フム?
戦いの中で適性者として目覚めた、と聞いていたからもう少し若者を想像していたが、意外にも中年だったか。
中年では伸び代は大した事は無さそうではあるが……。
まぁ良い、それなりに利用価値はあるだろう。」
少しだけ、違和感を感じる。
まるで“思っている事と違う事を喋っている”という様な、何と言うか“言葉が軽い”印象だ。
この手の奴は本心を一切明かさない事が多い。
要注意人物かも知れん。
青のペリーノアと静かに睨み合うが、ペリーノアは興味を無くしたのかフイと視線を外すと、もと来た道を引き返していく。
「この中年にも“養殖”の準備をしろ。
決闘者は頑丈だ。
腕の1〜2本折った所ですぐ治る。
抵抗するようなら多少は手荒に扱っても構わん。」
養殖?何のことだ?
「ここには、人工的に飼育している魔物がいるんです。
ソイツ等を倒させて、使役モンスター化させるんですよ。」
青のペリーノアが立ち去り際に言った言葉が気になっていると、ミサト君がそっと教えてくれた。
本来は、自然に生きている魔物をモンスター化するのが一番強いらしい。
その次は天然発生の迷宮にいる魔物なのだそうだ。
更にこの世界では恐ろしい事に、迷宮の中にいる魔物を捕獲して養殖し、人工魔物として飼育しているそうだ。
強さの性能は落ちるが、人間が制御できる魔物であるため、うまく使えば安全に決闘者を量産することができる。
量産した決闘者を使い、新たな“迷宮”を攻略する事で、“中央”は現状を維持している、という事だ。
つまりこの“中央”にはどこかに“迷宮”があり、そこで捕まえた魔物を養殖しているわけか。
いや、思った以上に世界が限界に近付いてやがる。
地上の砂漠化、人口の減少、迷宮の乱立。
この世界は“神からの負債”を抱え続けており、もはや崩壊の一歩手前だ。
このまま進行すれば、次は全ての生命体の結晶化と大陸の崩壊が同時期に起きる。
そうして、遂にはこの世界というか、空間そのものが崩壊して無に至る。
一番最初に転移した世界を思い出す。
マキーナを俺に託してくれたアイツ。
短い時間だったけど、初めてこの異世界でできた友人。
そして、初めて俺が人を殺したのも……。
「あの、セーダイさん?
顔色が良くないですが、大丈夫ですか?」
ミサト君に声をかけられ、思考の海に沈んでいた俺の意識は水面へと浮上する。
「お、おぅ、悪いな、どうやら昨日は飲み過ぎたらしい。」
「飲み過ぎたって、……この世界じゃ飲み過ぎるほど酒なんて買えないですよ。
それに、マトモな酒は貴族の一部くらいしか口に出来ませんから。」
ミサト君が呆れたように呟くと、壁から生えているような薄い板のベッドに腰掛ける。
「まぁ、いつかここを出たら、その時はセーダイさんと乾杯したいですね。」
「オッ、って事はミサト君はイケるクチか?
良いねぇ、是非ご相伴に預かりたいもんだ。」
グラスを傾ける仕草をしながらそう言うと、ミサト君は照れたような困ったような顔で笑う。
「まぁ、前世でもヤンチャしてましたからね。
高校生の時分から、近くの交番のおまわりさんには、迷惑かけましたよ。」
ナヨっとした優男かと思ったら、意外に悪さはしているらしい。
それを聞いてニヤリと笑うと、“そりゃあ楽しみだ”と告げて俺も反対側の壁から生えているベッドに横になる。
疲れていたのか、すぐに睡魔が襲ってきていた。
「オラ起きろ囚人共!エサの時間だぞ!!」
看守の怒鳴り声と共に起こされる最悪の朝だ。
“うるせぇなぁ”と思いながらも眠い目をこすり、反対側のベッドを見る。
ベッドはもぬけのからで、そこで寝ているはずのミサト君の姿はどこにも無かった。
「お、オイ看守さんよ、俺と同室のヤツはどこ行った!?」
鉄格子の下にある僅かな隙間から朝食らしきものを滑り入れた看守に近付き、鉄格子を掴みながら尋ねる。
「あぁ?同室の?
……あぁ、ペリーノア様が昨晩遅くに連れて行ったからな。
今頃まだ“可愛がられて”るんじゃねぇのか?」
看守は面倒臭そうに俺に顔を合わせると、ケケケと笑いながらそう告げる。
昨日、俺を見て“中年とは意外だ”みたいな事を言っていたのは、そういう事か!?
まさかアイツ、少年趣味の気があったのか!?
焦る俺を見ながら、看守はニヤついた笑みを絶やさずに次の檻に向かう。
ただ、今の俺には何もできない。
せめてミサト君の無事を祈るばかりだ。
「オイ新入り、食い終わったな?
なら仕事だ、出ろ。」
鉄格子が開き、昨日見た看守長が、ガムらしきモノをクチャクチャと噛みながら指示してくる。
太めの体型とレザーが全く似合っていない看守長に見守られながら、俺は両手両足の鎖を引きずりながら鉄格子を出る。
少しだけ体に力が戻るのを感じられる。
どうやら、あの鉄格子の中自体が、何かしらの結界的なフィールドを発生させているらしい。
とはいえ、今ここで無計画に暴れまわっても、何ら解決はしない。
一旦様子見をしておくほうが良さそうだ、と思った俺は、看守長に促されるままにローブを目深に被った別の男の後に着いていく。
「……入れ。」
ローブの男が手で指し示す方向を見れば、人間一人が立っている位しか出来無さそうな広さの檻が用意されている。
下手に抵抗しても始まらない。
俺は黙って入ると、檻の鍵がかかると同時に、手枷と足枷が外れる。
魔法的な何かで出来ているらしく、手枷と足枷はシュルシュルと縮んで行き、バンドの様な形状に変わると手足に巻かれていた。
「連れて行け。」
ローブの男が指示すると、ボロボロの赤い服を着た男達が俺の入った檻を押し始める。
さて、どこに連れて行かれる事やら。




