51:迷宮に挑む下準備
「ご主人、投擲用のナイフは何本くらいあるかな?」
俺は夕飯の買い物のついでに、市内の金物屋兼武器屋に来ていた。
帝国からはそれなりに資金援助を受けているから、懐には今まで持ったことのないラレ金貨まである。
結構な装備は調達出来そうだ。
「しばらく戦もなかったからなぁ、これくらいしか無いぜ。」
そう言うとカウンターの上に、ドサリと古びた籠を置く。
籠の中には埃を被った状態の、握りが小さくまるで大きな鏃のようなナイフが10本入っていた。
「結構、全て購入させていただきます。」
ついでに、懐に忍ばせられる位の棍棒は無いかと聞くと、米国の警察で使われるようなトンファータイプの警棒が売っていた。
女性転生者の世界にしては中々ファンシーなモノが売っているなと思ったが、店の主人いわく、鋼の刃物を買い与え帯刀させられる貴族というのは財力のある貴族だけらしく、そうで無い貴族はこういった鉄や銅の打撃武器を護衛に携帯させているそうだ。
もっと弱小の貴族だと、硬質な木の棒だったりするらしい。
ただ、女性などは特にそうらしいが、簡単に相手を殺傷したり血を見ることになる刃物を嫌う人間も多く、警護の者にあえてこういった棒を装備させている貴族も多いらしい。
なるほどなぁと思いながらトンファーをクルリと回転させる。
黒い革で巻かれているが、中は恐らく鉄だろう。
丁度良い重さで、持ったときの握りの感触も良い。
全て購入すると告げると、気を良くした店の主人は、投擲用ナイフを差し込める革のベルトをオマケしてくれた。
執事服のジャケットを脱いでベルトを着け、投擲用ナイフを差し込む。
右腰の部分にホルダーが小さく有り、トンファーもそこに下から差し込むようにするとピッタリ収まる。
その上からジャケットを羽織ると、まだ少し動きに慣れないが、充分隠蔽できる。
「これ、売った人も私みたいな立場の人だったんでしょうね。」
苦笑いを浮かべながら店の主人にそう伝えると、“かもな”と、言いながら店の主人も同じ様な苦笑いを浮かべていた。
ナイフを研ぐための砥石と、もう少し仕込の武器を作るための部材をまとめて購入して店を出ると、大分日も落ちていた。
余り遅くなるとリリィが不機嫌になると思い出し、家路を急ぐ。
“家路”という単語が頭に浮かぶとは、俺も少し毒されたかなぁ、と思いながら。
結局の所、リリィは公爵令嬢と三馬鹿の5人パーティーで迷宮に望むらしい。
迷宮は地下3階までの構造となっており、地下3階最後にボスがいて、それを倒す、または、そこに向かうまでの実力で評価が決まる。
ボスを倒してしまっても、一定時間が過ぎるとまた再出現するらしく、また倒せなかったとしてもギブアップすればそこで騎士団が助けてくれるらしく、一応の安全設計はなされている。
大抵の生徒は2階層あたりでギブアップとなり、3階層にたどり着くのは成績上位者。
それらもボスの途中でギブアップとなり、ボスを倒せる1年生はここ最近現れていないとのことだった。
その為、今年の第二王子のパーティは期待が高いらしい。
全員成績上位者であり、風の魔法を操り素早い剣術を得意とする魔道宰相の息子ハミルトン、氷の魔法で的確に敵の動きを止める経済宰相の息子アーク、そして高威力の炎の魔法で敵を薙ぎ払うジョン第二王子。
それに皆を守護し魔物の力を弱める聖属性魔法を使うサラ公爵令嬢と、治癒・回復を使うウチのリリィがパーティを組んでいるのだから、バランスは恐ろしく良い方だろう。
余談だが、騎士団長の息子のアルフレッドは土魔法を使い、仲間を守る盾となる事を得意としているらしい。
だがその才能から、今回はギブアップしたパーティのレスキュー隊の方に回るようだ。
アイツ影薄いなぁ。
ちょっと応援したくなるわ。
ともかく、騎士団は迷宮の要所にいて、パーティには救助の鈴なるモノが渡されており、それが使われ次第向かうと言うことで、若干のタイムラグはある。
その結果、過去には死なないまでも大怪我をした学生もいたらしい。
その為、騎士団が来るまでの繋ぎとして、この影の護衛システムが出来たとのことだ。
ただ、学院としては生徒が自力で困難に立ち向かえるように、事前の通達禁止、道中の口出し禁止、危険であると判断するまで手助け禁止と、禁止条項が多い。
また、護衛役は道中の危険に関しても全て自己責任となり、騎士団による救助は原則認められていない。
もし救助を要請するにしても、莫大な救助費用を請求されることになる。
まぁ、学院側からの“人を助けようとしてる人間が助けを求めるな”という釘差しの部分も大きいだろう。
これが無ければ、親バカな貴族が我も我もと押しかけてきて、試験どころでは無くなってしまうだろうしな。
ただその分、生徒には公表されていない迷宮の地図や出現モンスター等の情報が細かく記載された、迷宮ガイドブック等を貸してもらえた。
子供にこれを見せる親もいるのではないかと思ったが、借りるときに登録した人間以外がこれを見る、または登録した人間がこの内容を伝えると魔法が感知し、減点になるらしい。
……何その限定的な超高性能魔法。
まぁ話は逸れたが、これでも冒険者をやってた時期もあるのだ。
これらの情報の重要性は嫌というほど知っている。
地図情報と危険な攻撃を持つ魔物とその対処法を頭に叩き込む。
見ていて、欲を言えば回復薬と毒消し薬位は最低限用意しておきたいが、買えるかどうかはわからない。
それはここが乙女ゲーの世界観だからだろうか、或いは女性転生者の世界だからだろうか、男の子の世界にありがちな“冒険業”的なモノがほぼない。
同じ城下町でも、前にいたアタル君の世界とはかなり違う。
花屋とスイーツの店が至る所にあり、ついで服屋が多い。
そして冒険者ギルドは無く、武器防具屋も無い。
薬屋はあるがいわゆる漢方のような物ばかりであり、ポーション等の回復薬や毒消しの丸薬、気力回復の丸薬等は無かったように思う。
まぁ、無いものは仕方ない。
最悪マキーナに回復を丸投げしよう。
「……それで先生、こういった迷宮に挑むときに、何かアドバイスはありませんか?」
リリィの言葉に何と答えて良いか悩む。
ガイドブックの中身は言えないし、俺も別世界で冒険者やってたけど、迷宮探索とか回り道はしてこなかったからなぁ……。
「まぁ、月並みかも知れんが、“まだ行ける”は“もう危ない”ってくらいかなぁ?」
昔やってた龍を探索するゲームでも、MPも回復薬も切れそうだけど、“後ちょっとであの武器が買えるし、この流れならまだ行ける!”とか思っていると、中身がランダムなシャドーとかに当たって、しかもそう言うときに限って中身が強敵で即死、見事に所持金は半分になり、挙げ句王様に「死んでしまうとは情けない」と言われる絶望コンボ決められたりするからなぁ。
というゲーム知識からの助言だったが、リリィは感動しながら聞いていた。
痛い、心が痛い。




