518:しくじり
「な……んだよこりゃぁ!?」
カードデッキ、“ブランク体”とやらを使い、決闘モードを起動する。
カードデッキの束を格納したベルトはミサト君達と同じだが、何故だか半透明の鎧らしきものを身にまとっており、しかもいつの間にか持っていたのか、片手剣と小ぶりの盾も装備している。
<勢大、良く似合いますよ。>
「……オメェ等風に言うなら、“皮肉を検知しました”ってヤツだな。」
無機質なはずのマキーナの声が、どこか笑いを堪えているように感じる。
ふと自分の左側を見れば、“戦士セーダイ”という表示と“LP1,000”という文字が見える。
なんじゃこりゃ。
つまり俺は、この世界でのモンスター扱いって事か?
<いいえ、それが初期装備の“狩人モード”の様です。
自分のターン毎にデッキからカードを引き抜き、出てきた初期アイテムを駆使し、モンスターを倒してモンスターを入手する、と、説明書に書いてあります。>
説明書とかあるの!?
ともあれ、出てきたものを使うしかない。
俺はミサト君側に立つと、ベルトからカードを一枚引き抜く。
「ここからは俺も参戦させてもらうぜ!
カードドロー!
……あん?何だこりゃ?」
引き抜いた手札はすぐに光に変わり、光がおさまると槍が地面に突き刺さっている。
「な!?無茶です!!
ハンターモードで決闘するなんて、聞いたことないです……あっ、しまった!?」
後で知ったことなのだが、自分の手番となる30秒間でカードをドローすらしないでいると、“降伏”となり、自動的に敗北が決定してしまうらしい。
ミサト君もそれに気付き、慌ててカードを引く。
だが、そこで30秒が経ってしまい、ハゲ1号の手番へと移ってしまう。
俺の突然の参入が、かえってミサト君の思考を邪魔し、何も出来ないまま相手へと手番を渡してしまう結果となったのだ。
「ヒャッハー!ついでにそこのオッサンも餌食にしてやるよ!
生産コストを更に1追加!
いよいよだ!来い!ポイゾネス・モス!」
ハゲ1号がカードを引き、1枚のカードを宙に放る。
放り出されたカードは黒い霧のようなものを撒き散らしながら、一匹の巨大な蛾の姿になる。
「ヒャハハハハ!!
コイツは場に出た瞬間、全てのデュエラー、モンスター問わず1,000のダメージを与える!
つまり、お前らのシールドは無条件で0だっ!」
「ぐっ!?ゴホッ!ゴホッ!!」
黒い鱗粉があたりに撒き散らされ、その場にいる全員に1,000のダメージが入る。
ハゲ達はまだSPに余裕があるが、俺達はそうではない。
視界に映る“敗北”の文字と、薄れゆく意識。
“あぁ、余計なことをしちまったな”という後悔の念と共に、俺は意識を手放すのだった。
「……はっ!?ここは!?」
目が覚めると、ジメジメと苔むした石畳の地面。
四方を見れば、左右の壁も天井もコンクリートのようなもので覆われており、正面には鉄格子。
立ち上がろうとした時に、両手両足、それと首に金属質の輪っかがハマっている事に気付く。
来ていたスーツも無くなっており、代わりに麻でできたようなゴワゴワした服に変わっていた。
これではまるで囚人の、それも凶悪犯にするソレだ。
状況が飲み込めずに辺りを見渡すと、すぐ近くに似たような格好で倒れている青年を発見する。
ミサト君だ。
「オイッ!オイッ!
大丈夫か!?」
声をかけて揺さぶると、少しの間があったが目を覚ましてくれた。
良かった、見たところ、そこまでダメージを負っているわけではなさそうだ。
「う、うぅーん……。
あっ!?おじさん!無事ですか!?」
「それはこっちのセリフだ、大丈夫かミサト君。
……それと、さっきはすまなかった。
邪魔しちまった。」
本当にさっきの出来事なのかは疑わしいが、お互い意識が戻ったのが今なのだから仕方が無い。
俺の謝罪に、ミサト君は一瞬ポカンとなったが、すぐに苦笑いを浮かべる。
「そんな、別にいいんですよ。
僕を助けようとやってくれたのだと、ちゃんと理解していますから。」
「それは助かるよ。
……あぁ、そうだ、これはお願いなんだが、おじさんは止めてくれ。
セーダイと呼び捨てて貰って構わないよ。」
あまり異世界でおじさんと呼ばれる事が少なかったからか、微妙に違和感を感じていたのだ。
モノのついでと言ってみたが、ミサト君はクスリと笑うと了承してくれた。
「解りました。
じゃあ、僕の事も“ミサト”と呼び捨ててくれますか?
こう見えて、もう成人してるんですよ?
もちろん、転生前の世界基準でも、です。」
聞けば、ミサト君は元の転生前で18歳だったそうだ。
そしてこの世界に転生してからは、今年で21歳になるらしい。
“年齢の割に随分童顔だな”と、チラと思う。
この手の過酷な異世界では、やはり“生きる事すら困難”な環境ゆえ、大抵の場合年齢よりも老けて見える事が多い。
何処かの異世界で、筋骨隆々で生傷だらけの歴戦の勇士そのもの、といったベテラン女戦士が、実は18歳だと聞かされた時は本気で驚いたものだ。
それと比べると、ミサト君は線が細く、元の世界なら高校生だと言われても違和感が無いくらいだ。
もしや、彼は元々貴族みたいな裕福の生まれだったのだろうか?
「あの、何ですか?
そんなに見つめられると何か怖いといいますか……。」
「あ、いや、スマン、安心したのか、ボンヤリしちまったよ。」
何故かミサト君はホッとしたように胸をなでおろす。
「良かった。
あの、気を悪くしないでほしいんですが、てっきりセーダイさんは、その、そっちの趣味があるのかと……。」
ちょっとヒドないそれ!?
思わずジワリと怒りが滲んでくるが、それに気付いたミサト君が早口に現状を説明してくれる。
俺達は人間狩りから“中央”に売り飛ばされたであろう事。
この首輪にはカードを召喚する能力を封じる力がある事。
恐らくは“赤”の身分として、奴隷の様な扱いが待っている事。
その早口の説明を聞いていて、今自分が置かれた立場を思い出す。
そうだ、きっかけを作ってしまったのは俺の不用意な行動だった。
滲んでいた怒りは霧散し、改めて鉄格子の先を見る。
似たような鉄格子の檻がいくつか並んでいるが、薄暗くて向こうの様子は伺えない。
どうしたものかと考えていると、扉が開く音と複数人の足音が聞こえてきた。




