516:人間狩り
「……なぁ、もしかしてなんだけどさ、その機械、“市民、幸福は義務です”とか言ったりしない?」
ちょっと冗談めかしてミサト君に尋ねる。
幸いにもミサト君からは“なんですか?それ”という言葉が飛び出していたので、ちょっとホッとする。
もしも想像したあの世界だったら相当にヤバいと思うが、流石にそんな事は無さそうだと安心する。
「コンピューターは観測結果を吐き出して、最高率の方針を打ち出すだけですよ?
そういうのと似たような事を言っているのは、紫と青の人達ですね。」
いや、おるんかい。
まぁ、コンピューターによる“神託”とやらは紫と呼ばれる存在しか見る事が出来ないらしく、結果紫という人間は神の如くこの世界に君臨しているらしい。
その紫曰く、“ここより幸せな環境は存在しない、なら、ここに住める事を日々感謝して生きろ”というような標語で、人々を管理しているらしい。
「なるほどねぇ。それじゃもう1つ質問だ。
……こうして、ここにいる事はどれくらいヤバい事、なんだ?」
ミサト君の顔が少し曇る。
「……そうですね、“人間狩り”という奴等に見つかれば、赤の労働施設に送り込まれるくらいには。」
想像通りの世紀末感。
どうやら“中央”という場所を除き、都市機能が生きているところは殆ど無いらしい。
あってもこうして旧時代の遺物とも言える住居跡に潜り込み、細々と生きるしか道はないそうだ。
ミサト君も元は“中央”にいたらしいが、ある時“反中央組織”という所にスカウトされ、そのまま脱出してここに辿り着いたそうだ。
「ここには数十人の脱出してきた人達が寄り集まって生活しています。
先程の水も、中央に比べたら汚染は進んでいますが飲めないほどではない。
まだ、人類が広い大地で生きていける希望は、きっとある筈なんです。」
「……それは確かに、誰にも解らねぇだろうがな。
ところでさ、君が転生者だとしたら、俺に権限を……。」
「“人間狩り”だっ!!
皆逃げろ!!」
彼等の住まう住居とやらに案内されている最中、俺はそれとなく権限委譲の話をしようとしていた。
何となく想像するに、この世界はかなり難易度が高い。
転生者に敵対する勢力が、とか、転生者そのものが、とか、神の力が、ではない。
“ただ生きる事”すらが、非常に難しい。
過去の経験から、こういう世界では極力短期的な滞在だけして、転生者を探すRTAみたいな立ち回りが一番良い。
しかも眼の前に転生者がいるなら、最速離脱も可能だから尚更好都合だ。
そう思ってそれとなく会話を誘導しようと思ったが、誰かの叫び声でそれは中断される。
声の方向を見れば、廃墟の一角から火の手が上がり、いくつもの黒煙が空に上っている。
その風景を背に、一人の成人男性が血まみれになりながらこちらに、喘ぐようにしてフラフラと歩いて来ている。
倒れようとした寸前で、ミサト君が駆け寄り彼を抱き支える。
「そんな!?おじさん!?」
「……逃げろ……。村に……戻っちゃ……。」
そこまで言うと、男性の全身から力が抜ける。
服は破れ、背中には4本の刀傷?のような深い傷跡がある。
俺達が絶句して立ち尽くしていると、火の手が上がる方から、エンジン音が聞こえてくる。
「ヒャッハー!
まだオッサンと若いガキが何人もいるじゃねぇかぁ!!」
うわ、すっごいテンプレ台詞。
バギーに乗ったレザーのタンクトップ二人組に、世紀末で救世主的な漫画をふと思い出してしまうほどだ。
ただ、2人共ハゲ頭なのはいただけないな。
そこはもっとこう、片方だけでもモヒカンヘッドとかにしないと。
「やれやれ、マキーナ、通常モードだ。」
<通常モード、起動します。>
両足を軽く開き、地面を踏みしめる。
へその下、いつも金属板を当てる位置から赤い光が無数にのび、俺の体を駆け抜ける。
赤い光と光は結びつき、その間を埋めるように鈍い光が現れ、……そして弾ける。
「グオッ!?
な、何が起きた!?」
<エラー、通常モードに切り替わりません。>
まるで勝手に自爆したかのように後ろに跳ね跳んだ俺を見ながら、ミサト君が俺の前に立つ。
「だ、大丈夫ですか!?
クソッ!こうなったら!!」
ミサト君は懐からカード束の様なモノを取り出し、それを天に掲げる。
そうすると、ミサト君の眼の前の空間に、細長い何かの機械が現れた。
ミサト君はおもむろにカード束をソレに突っ込むと、細長いそれは腰に巻きつく。
「保ってくれよ!!決闘モード、スタンバイ!!」
<デュエェェェル!!ステンバァーイ!!>
突然何処からともなく、機械合成音声の様ではあるが、やたらとハイテンションな男性の声が聞こえる。
腰に巻き付いた機械が微かに光ると、ピコピコという効果音と共にミサト君の隣に“SP1,000”という数値が表示される。
え?え?ちょっと待って!
ゴメン理解が追いつかない!!
「ケェッケッケ!!たかが1,000パワーの雑魚がイキがってやがるぞぉ〜!!」
「決闘者適正持ちは更に高く売れるぜぇ!
だが、カードにはカードでしか対応できねぇからなぁ!
……オイ、やっちまうぞ!」
ハゲ2人も、バギーを急停止させるとミサト君と似たような行動でカードの束を機械に突っ込み、腰に巻いて降り立つ。
ピコピコという効果音が鳴り、彼等の脇にもそれぞれSP5,000という数値が現れる。
「クッ!
コイツが本来の調子だったら、5,000の雑魚なんかに負けないのに!!」
えっ?あっ?そうなの?
ゴメン、おじさん全くこの状況解らなくて、君が弱いのかあの二人が強いのかサッパリなんだわ。
<分析完了しました。
世界の強制力が働いている様です。
特定のラインの人間には、先程のカード?なるものを使わなければ傷一つ負わせることが出来ない、特殊なルールが存在します。>
何とも不思議な世界観なのだが、マキーナが読み解いた情報によると、この世界には一般市民と、カードを扱うもの、“決闘者”とのラインが存在しているらしい。
カード、というのも、トランプや花札の様な感じではなく、迷宮や普通に地上にいる魔物や魔獣を打ち倒し、それらの能力をカードに封印することによって、カードの能力として使うことができるらしい。
何か聞いたことある設定だな、と思いながらも、俺が変身できない理由が少し理解できた。
ただ、そうなるとつまり、俺の力の殆どが使えない事を意味する。
「これ……、意外にマズイんじゃねぇか?」
冷や汗が、俺の頬を伝う。




