514:砂の大地
「……なぁマキーナ、間違って砂の惑星とか無人の惑星とかに転送されてる訳じゃないよなぁ?」
俺は周囲を見渡しながら、途方に暮れる。
<詳しい転送内容は解りませんが、今までの傾向から“神を自称する存在”に対して敵意や悪意を持つ転生者、或いは世界に、勢大は飛ばされていると思います。
その傾向から想定するに、この世界にも人類はいると思われます。>
「そうは言ってもなぁ……。」
見渡す限り、砂、砂、砂。
まるで砂漠のど真ん中に放り出されたかのように、砂以外何も見えない場所に俺は立っていた。
「……さぁて、今度の異世界はどんな所……うわ!?
ペッ!ペッ!口の中に砂入った!?」
転送が終わって異世界に降り立った瞬間、突風が吹いて風に巻き上げられた砂が顔に当たる。
運悪く独り言を言っていたため、口の中にも砂が飛び込んできていた。
「あん?何だよここ?砂漠のど真ん中にでも降りちまったのか?」
照りつける太陽、雲一つない空、そして砂の大地。
俺の目に映るモノは、それで全てだった。
<アンダーウェアモード、起動します。
勢大、周辺の監視を。>
異常な環境に、マキーナが自動で起動する。
しかしどこを見渡しても、青空と砂の大地以外は視界に入らなかった。
マキーナに愚痴りながらも、俺は鞄を収納すると特にアテもなく歩き出す。
いつもは上着も収納するが、今回は一度脱ぐと頭から被り、日差しを遮る。
どっかの軍事顧問みたいな教授が何か言ってたな、と思い出しながら。
(幻覚を見せられている……って訳でもなし、何かの攻撃を受けている、って線も薄そうだよなぁ。
だとしたら、いつもの出現地点から考えると、こっちの方かなぁ?)
少し前の世界で、転生者の一人が既に死亡しており、機械的な仕掛けとして異世界に降り立った瞬間に“魅了”の不正能力を食らった、という事件があった。
あの時はそれのせいで正しく状況が認識できなかったりしたのだが、どうも今回はそれでは無さそうだ。
また、俺が出現する場所というのは、実は毎回ほぼ同じ場所に出現している、らしい。
これはマキーナの報告だから疑ってはいないが、それにしても結構な確率で変な場所にいる事も多い。
この場所は、その中でも一等変わった出現地点だ。
<恐らくですが、この異世界も他の世界と同じなら間もなく第一の村が見えてくる頃かと。
……アレでしょうか?>
マキーナに言われ、俺は左目を閉じる。
右目だけになると、視界に矢印とロックオンマークが表示される。
「……黒い、何だろうな、アレ。
ドームみたいなもんか?」
天井が半円状の何かで、側面は黒い何かに覆われた建物が、揺らめく大気の中でボンヤリ見える。
「これで、蜃気楼が見せる幻覚とかだったらウケるな。」
<それは笑えない状況だと思いますが。
ともあれ、アレは私の観測でも人工的な建造物と測定されています。
行ってみる事を推奨します。>
“へいへい、冗談だよ”と返すが、マキーナからは冷たく“だから貴方はどこかの世界でユーモアのセンスが解らない、と言われるのでは?”とツッコまれてしまう。
そんな事を話しながらも、随分と歩いた結果、ようやく目標の建物に近付く。
そこは恐らく放棄された建物なのだろうと予想がついた。
遠くから見えていた半円状の天井はガラス張りの天窓の様な構造だが、ガラスのような透明な板は大半が割れている。
側面に見えていた黒い物は金属質の壁のようだが、錆と汚れで赤黒くなっており、砂に半分以上埋まっている所もある。
「……何か、人がいるようには見えねぇなぁ。」
<それでも、水や食料に類する何かがあるかも知れません。>
まぁな。
俺はそう呟くと、砂に埋もれかけている入口を発見する。
屈み込んで何とか侵入すると、大体想像通りの光景が広がっていた。
これは想像だが、この異世界は砂漠化が広がっているのだろう。
辛うじて残っている緑か水源を囲う様に建造物を建てていたが、それでも人口の減少は止められず、衰退しつつある世界、という事なのだろう。
<周囲の廃墟には生命反応ありません。>
マキーナ先生からも、その推測を後押ししてくれる御神託ときたもんだ。
<先生では無いと……。
勢大、水の音らしきものをキャッチしました。
右目に表示します。>
マキーナがいつもの愚痴を言いかけたが、それよりも重要な情報を教えてくれる。
ここまで歩いてきて、喉はカラカラだ。
ある程度はアンダーウェアモードが浄化してくれる。
最悪ドブ水だったとしても飲めはするから、とりあえず水が飲みたい。
とはいえ調査は必要だ。
周辺の崩れかけた廃墟を調べつつ、水源らしき方向に向かう。
(……いなくなってからだいぶ時間が経ってる、って感じか?
にしては何か妙だな……。)
崩れかけたクローゼットらしきものや収納から、ボロボロの依頼が見つかる。
持ち上げると部分的に崩れる所から、かなりの時間が経過していそうだ。
<周辺環境の影響もあります。
衣類の崩壊も、予想よりは早い時間で発生している可能性はあります。
ただ……。>
マキーナが言いたい事は解る。
いくつかの無人になった住宅を見ていて感じていたのだが、どの家も物がありすぎるのだ。
「……まぁ、襲われたってのが、一番妥当なラインかね?」
<でしょうね。>
そう遠く無い過去で、ここの住人は何者かに襲われたのだろう。
それで慌てて逃げ出したから、生活の名残がこんなに残っている、という事なのだろう。
それなりに文明は進んでいるらしく、調理家電の残骸やテレビらしき家電もある家がチラホラ見つかる。
上下水道も名残はあるところを見ると、大体元の世界と同じか、もう少し先を行く文明だったようだ。
「しかし、何かどの家にも大抵この、壺みたいなアンテナみたいな何かがあるのは何なんだろうな?」
<何かの通信機器だとは思いますが、完全に機能を停止しており、用途不明です。>
元の世界のWi-Fiルーターみたいなもんかな?と、想像していると、何となく喉の乾きを思い出す。
そういや水を求めてここに来たんだったな、と思い出し、水源らしき場所に改めて向かう。
上下水道があるような場所なら、飲み水も期待できる。
流石にドブ水を飲むのは、大丈夫と解っていても抵抗感はあるからな。
「……妙だな?」
たどり着いた所は、公園らしき場所。
緑が少し生い茂り、池らしきものが見える。
近くには噴水の残骸があり、動力がまだ生きているのか噴水孔から水が流れ出している。
それだけなら違和感を感じないのだが、何となく辺りを見渡した時に、干してある洗濯物が見えた。
足元をよく見れば、足跡らしきものも発見できた。
俺の中で違和感は確信に変わり、一気に警戒度が上がる。




