513:精神的未熟
「え?嫌よ、何でアタシが王宮の奴等何かのために!」
「“王宮の奴等”のためじゃねぇよ、“あそこに住む全ての人々のために”だ。」
辺境の、元聖女の住む教会に戻り、事のあらましを伝える。
まもなく大きな戦争が始まろうとしている事。
結界を維持するために必要な、魔力制御盤の操作方法の事。
それが争いを止められる唯一の方法である事。
思いつく限りの事を伝え、魔力制御盤の使い方を教えてやって欲しい、と最後に伝えた時、その返答が来た。
あまりの“言葉の通じなさ”に、思わず声を上げる。
剣呑な気配を感じ、元騎士団長が静かに、腰の剣に手を伸ばしたのが見える。
「いや、解った。
じゃあ、お前は王都に行かなくてもいい。
例えばマニュアルとか、実は何か操作方法が書かれた書物とかはないのか?
それの在り処を教えてくれれば、俺がそれを探し出す。
どうだ?それなら俺達が勝手に見つけ出して勝手に読み解いて運用するだけだから、お前が悔しさを感じる事も少ないんじゃないか?」
ハッキリ言えば詭弁だが、それでもこういうのは気分の問題だと思う。
“自分は使いの兵士に場所を言っただけ、後はそいつ等が苦しんで使い方を調べればいいんだ”ならば、少しは溜飲が下がると思ったのだ。
だが、俺の言葉に、元聖女は皮肉げにニヤリと笑う。
その笑顔には、悪意が満ち溢れていた。
「えー、それは残念ー。
“お前のものなんか何も残すな”って言われたから、魔力制御盤の使い方が書かれた本は燃やしちゃったんだよねー。
別に残せって言われてなかったからなー。
ホント残念ー。」
その言葉を聞いて、俺は頭が真っ白になる。
指先が震え、言葉がうまく出てこない。
「……おま、お前、本気で言ってるのか?
まさか、全て焼いて……。」
「アハッ、良いわねその顔!
そう、そういう顔が見たかったのよ!
だって追放されたんだもの、仕方ないじゃない?
まぁ仮に私が焼かなくても、どうせ私の荷物だからときっと誰かに焼かれて捨てられてるわよ!」
元聖女はそう高らかに言うと、修道女見習いとは思えない大きな声で笑う。
それを見て、ふと思い当たる。
「お前は、その、転生前ももしかして学生さんとか、子供だったのか?」
「は?そんなわけ無いでしょ?
これでも立派に大学卒業して、大手の広告代理店にいたのよ?
取引先は、大体あんたみたいなうだつの上がらなさそうな、歯車の一部みたいな頭の悪いオッサンばっかりだったわ。」
その言葉で、深く落胆する。
どこかで、この転生者はマトモなんじゃないか、と思っていた。
いや、マトモ、というよりは“子供”だったのではないか、と思っていた。
子供なら、自分の行為が何を引き起こすか解ってなくて当然だ。
まだその経験が浅いのだから。
だが、返ってきた回答は一番想像したくない言葉だった。
俺は落胆のため息とともに、ソファーに背を預ける。
俺のその反応が面白くないのか、元聖女は少しだけ苛ついた表情を見せる。
「何よ?思い通りにならなくて残念ね。
でもまぁ、魔力制御盤の操作方法はアタシしか知らない秘密になっちゃったわけだし、王子が泣いて土下座して、そして私の気の済むまでざまぁされてくれるなら、教会の偉い人に教えてあげてもいいけどね?
どうする?」
「……あのな、お前のやった事は、元の世界で言うなら器物損壊だし、業務妨害だ。
最悪は訴えられるレベルだろう。
その魔力制御盤の知識ってのは、お前が自力で発明した訳でもなく、先人から教わった技術だろう?
なら、その知識はお前のものだけって訳じゃないんだよ。
本来ならお前は、王都を出る前にその知識か、或いはその知識が書かれていた本を引き渡さなきゃならなかったんだよ。
それはつまり、“王の持ち物”だからな。
……ただまぁ、それは元の世界での話だ。
ここの世界で、それがどういう結果を引き起こすのか、俺には想像もできねぇよ。」
元の世界でも、俺の前任が辞めた時に似たような事件があった。
辞めたソイツは、会社への報復として自分が管理していたシステムの仕様書を全てシュレッダーにかけ、更には引き継ぎを行わずに逃亡したのだ。
逃亡したソイツの代わりに俺が配属されたワケだが、それからの半年間は、比喩でもなんでもなく、毎日悶絶しながら立て直したものだ。
よくあるザマァ物語。
会社から理不尽な扱いを受けた社員が、気に入らない上司や同僚が困るように地雷を仕込んで逃げる物語。
アタをした自分を美しく正当化する、一方的な視点でのクソみたいな話。
正直、逃げるにしても何にしても、周りにクソみたいな迷惑をかける様なヤツがそこまで正しいのか?と、その手の物語を見ていた時にいつも思っていた。
自分がその後始末をさせられてからは、更にその思いは強くなった。
それでも、元の世界では会社はソイツを訴えなかった。
“訴えてる時間と労力が惜しい、まずは立て直そう”という判断からだ。
でも、それは元の世界が法治国家だったからこそだ。
この異世界では、そこまで法整備されてはいないだろう。
つまりコイツは王の感情一つで、処刑されてもおかしくは無い立場、という事だ。
「あ、あの、使者さん、少しお時間を頂けませんか?
ちょっと私達でも話し合ってみたいので……。」
それまで、基本的には我感せずだったシスターが、顔を青ざめさせながら俺達の会話を遮る。
チラと元騎士団長も見てみれば、こちらも似たような表情をしている。
流石にこの二人は、事の重大さに気付いたか。
“王の持ち物を損壊させる”
それはつまり、この王国に置いては重罪だ。
そこに教会の聖域は関係ない。
むしろ下手に庇えば、教会にも不利益が発生する。
まず間違いなくこんな小娘、切り捨てるだろう。
後は王国軍が来てこの小娘を逮捕して、情報を引き出すまで拷問して処刑、という流れだろうな。
俺はシスターの言葉に了承し、元聖女を一度右目だけで見ると、別室に移動する。
「……マキーナ、あのガキが逃げるようならすぐに教えろ。
変身してとっ捕まえる。」
<承知しました。先程のマーキングからモニターを開始します。>
右目だけで見たとき、マキーナの力を使って元聖女の生体情報をマークしておいた。
これで何があっても補足し続けられる。
<……残念ながら、勢大の予測とは違いちゃんと説得しているようです。>
マキーナの観測通り、少し後に元聖女は素直に操作方法を俺に話した。
青ざめながらも不服そうな顔をしていたが、もうイチイチ構っていられなかった。
全ての情報を聞き出し、マキーナにメモって貰い、俺は教会を後にする。
「さて、それじゃあ俺は王都に戻らせてもらう。
あぁ、安心しろよ、アンタは実に協力的に情報を教えてくれた、ってな感じで、王様に言っておいてやるからよ。」
それでも、お気に召さないらしい。
元聖女殿は俺を睨みつけるように見ながら、早く立ち去ってほしそうだ。
苦笑とともに、俺も荷物を持ち上げる。
「あぁ、そういやな、アンタを追放した王子の事を糾弾する声が、少しずつ王都でも広がってる。
すぐじゃあねぇだろうが、近い将来あの王子サマは婚約者諸共身の破滅、ってヤツだろうさ。
良かったな、いずれお前さんの思い通りになるぞ?
だから安心して追放ライフをエンジョイでもなんでもしてくれ。」
俺はそれだけ言うと、振り返らずに教会を後にする。
やれやれ、ここも酷い世界だった。
こんなところ、サッサと抜けるに限る。
報告したら、その場で転送してやろう。
次の世界は、もうちょっとゆっくり出来る世界だと良いんだがなぁ。
そんな事を呟きながら、俺は王都へ向かうのだった。




