512:可能性
(……あぁ、そうだよ、この世界の事はこの世界の住人と転生者が決める事だ。
“異邦人”の俺が口出しすべきじゃない。)
設定を完了し、後は決定ボタンを押せばいつでも転送できる状態まで持っていった。
これで後は教会での一件を報告したら、どこか人に見つからない場所に移動して転送を実行するだけだ。
<……本当に、それでいいのですか?
それが、アナタのやりたい事ですか?>
マキーナは食い下がる。
いつからか、マキーナも俺が異世界での問題を解決して回る事を期待しているフシが感じられていた。
それが今は妙に癇に障る。
(うるせぇな。
俺はお前と違って、全知全能の神様って訳じゃあねぇんだ。
何でもかんでも鮮やかに解決出来る、スーパーヒーロー何かにゃなれる訳ねぇだろうが。)
実際、今のマキーナに出来ない事は殆ど無いのではないか、と思っている。
本人は、というかコイツ自身は“私は勢大の指示を実行するデバイスです”というスタンスを崩していない。
だから、という訳ではないが、様々な異世界を渡り歩き、その時々に合わせてバージョンアップし続けているコイツは、多分かなりの事が出来るようになっているだろう、と思っている。
(……なんでぇ、怒ったのかよ?)
俺の言葉を受けて、マキーナは沈黙する。
反応を返さないところを見ると、どうやらスネたらしい。
何とも面倒な機械だ、と思いながらまぶたを閉じる。
馬車に揺られ、俺はそのまま眠りに落ちていった。
「ダニィ!?それは困るよ君ィ!!」
本人は“何ぃ!?”と言ったつもりだろうが、どう聞いても野菜の国の王子のような驚きに聞こえてしまい、少し笑いそうになる。
「すんません、学が無いもんで、王国法の事を持ち出されると何も言えずでして……。」
十人隊の隊長に、おおよそ見聞きした事をそのまま伝える。
まぁこれで転生者とあの教会は面倒な事になるだろうが、それはアイツ等が考える事だ。
「参ったな、このままじゃ魔力制御盤の制御の仕方が解らないから、この防壁ももうじき消えるらしい。
そうなったら、あの魔物達との全面戦争か……。」
予想外の発言に、今度は俺が驚く番だった。
隊長いわく王家、というよりは例の第一王子が暴走しまくっているらしい。
防壁が完全に無くなる前に眼の前の脅威を排除すれば良い、という理屈で、近くの森に越してきている魔物達に先制攻撃を仕掛けよう、と提唱しているらしい。
時期王位継承者の発言であり、魔物の素材、特に核となる魔原石は剣と魔法の世界では貴重で重要な資源だ。
その資源に目を奪われた貴族の一部が同調しており、このまま行けば開戦待ったなし、という分水嶺らしい。
「そ、そりゃあ、……マズイですね。」
必死に頭を回転させる。
こんな近くで戦争をおっ始めやがったら、この間の様な戦いよりも酷い事になるのは火を見るよりも明らかだ。
「あぁ、マズイなんてモンじゃねぇよ。
クソッ、バカ王子め、色恋に狂って本物の聖女を追放しなけりゃ、魔力制御盤の調整なんて訳解らない事で苦労しなくて済んだのによ!」
「……魔力……制御盤?」
隊長の言葉に引っかかるものを覚えて、つい口にする。
「おうとも、俺は元々王宮騎士団の出でな、騎士団長派だったんだが、あの人勝手に辞めやがってよ、その時下にいた子分達も揃って左遷よ。
まぁ、だから聖女の護衛とかもやった事があるから知ってるんだけどよ、代々聖女になったヤツには王都の防衛用に魔力制御盤の操作方法が説明されるんだ。
だが、今回はそれを引き継ぐ間もなく追放しやがったのが大本の原因、ってヤツよ。」
これも転生者が引き起こした悲劇の1つ、というやつなのだろうか。
ふとそんな事が頭をよぎったが、すぐに頭を振って余計な考えを追い出す。
「隊長、それってのはつまり、その魔力制御盤さえ操作できるなら、誰でも魔力防壁を張れるって事なんですか?」
「あ?あ、あぁ、まぁ、聖女の魔力が凄まじいからな。
たった一人で昼夜を問わず防壁を貼り続けるのは至難の技だが、王宮には魔力の高い奴が何十人といる。
そいつ等が交代で魔力を注げば、別に聖女じゃなくとも、同じ事は出来るだろうさ。」
魔力盤の操作は大昔は教会の秘匿技術だったが、聖女から聖女へと伝えられていくうちに、いつしか聖女しか知らない口伝の秘術に変わっていってしまったらしい。
いやそういうのは文章でマニュアル作って残しておけよ。
「隊長、俺が交渉決裂して戻ってきた事は、今どこまでの人間が知っていますか!?」
俺の気迫に圧されて、少し隊長はたじろいだが、すぐに持ち直す。
「そりゃあオメェ、今俺に伝達したばかりなんだから、俺とお前しか知らんだろうよ。
まぁ、お前が一人で帰ってきた姿を見て、感の良い奴は気付いてるかもしれんが……。」
「それ、俺が忘れ物か何かして戻ってきた、みたいな感じで言い逃れる事は出来ませんかね?
出来れば、もう一度元聖女の所に行きたいんですが。」
俺の言葉に、隊長は迷った素振りを見せる。
「そりゃオメェ、何とかやってみはするが……。
ただあれだぞ?
そんなに長くは保たねぇと思うぞ?」
「いえ、それで結構です。
とりあえずここを出るときに俺の事を怒鳴って、何か良い感じに追い出す感じに出来ませんかね?」
隊長は何を言っているのかよく解らないようではあったが、何とか小芝居に付き合ってくれるらしい。
兵士控室から出ると、人通りの多い大通りに面した路地裏まで一緒に来てくれる。
「……じゃ、手筈どおりに。」
「何だかよく解らんが、後で恨むなよ?」
隊長は覚悟を決めたらしく、俺の後ろに回ると大きく息を吸い込み、俺を蹴り飛ばす。
「このっ!大馬鹿モンがぁ!!
重要な交渉しに行くのに、大事な書類を忘れるとは何事か!!」
「ももも、申し訳ありません!!
すぐに!すぐに向かいますので!!」
隊長は拳を振り上げ、“当然だ馬鹿モン!とっとと行けぇ!!”と怒鳴る。
俺はその声を聞いて、弾かれたように飛び上がると全力で城門に向かう。
<とんだ三文芝居ですね。
勢大、アナタはこの世界がどうなっても構わなかったのでは?>
マキーナが皮肉げに呟くが、俺はそれに答えず城下町を抜けるまで走り続ける。
正直なところ、この世界がどうなろうと俺には関係ない。
その気持ちは変わらない。
だが。
脳裏に、戦禍で見た光景が巡る。
助け合い支え合う姉妹、争いは好まない魔物達。
“解決できる可能性”があるのに諦めるのは、俺には出来なかった。
まだそこまで、腐り落ちてはいないつもりだ。




