511:選択肢
「……古い王国法ですが、いかなる理由であっても王家は教会関係者に手出しできない筈です。
我々は神に使える使徒であり、国と政治には関わらない、という事でその特権を頂いていた筈です。」
妙齢のシスターはどこか勝ち誇ったような表情をしながら、この世界での王命の抜け道を告げる。
俺はそれを聞くと、ようやく安心してソファーの背もたれにより掛かる。
そう、こういうの欲しかったのよ。
もうちょいそっち側に有能な奴を探しとけよ、とは思うが、それは高望みか。
「そ、そうよ!王様だって命令できないんだから、私は王都へなんか行かないわよ!」
俺が背もたれへ大きく寄りかかった事で、優勢と思ったのか、元聖女が畳み掛ける。
元騎士団長とやらも、俺をつまみ出そうと動きかけているのが解る。
「……いや、あのな。」
優位にたった気でいる元聖女を、鋭く睨む。
僅かな殺気を感じ取ったのか、元騎士団長も警戒し、腰の剣に手を伸ばす。
「あのな、そこで終わらせて俺を追い返しても、次に待ってるの何だと思う?
古い法を持ち出して王命じゃ動かねぇってんなら、教会の上位存在、例えば法皇辺りからの召集令状に決まってるだろうが。
それこそ法に則ってな。
少しは考えろ、タコ。」
俺の言葉で、ますます部屋の中に殺気が満ちる。
だが、それに構ってられない。
「俺はよ、意味が通じるか解らねぇが“異邦人”ってヤツでよ、別にこの国がどうこうなろうが知ったこっちゃねぇんだ。
ただ、お前が“転生者”だったら、このままだと面倒な事になるから解決してぇだけでよ?
ここに来たのもある意味口実みたいなもんだ。
別によ、要件果たしたらとっととこんな世界からおさらばしてやるから、その後どうぞお好きなように破滅したぁさいな。」
早口でまくしたてる俺を、妙齢のシスターと元騎士団長はポカンとした顔で見ていたが、元聖女だけは表情が固くなるのが見えた。
どうやらアタリらしい。
「あの……オジサンは、その、どこまで“知ってる”んですか?」
おずおずと俺に言葉を発する元聖女を見て、俺は残りの二人を見る。
言外の“この場で言っていいのか”という質問に、元聖女が頷くのが見えた。
「……細かいニュアンスは、何も知らねぇよ。
ただ、アンタが“転生者”だろう、という事と、追放された後にこの教会で悠々自適に生きてるんだろう、って事は解るよ。」
元気に走り回る子供達、清潔な衣服、血色が良く健康的な住人。
先程の部屋に入ってきた少女の雰囲気から、この元聖女がここの皆に慕われ、のびのびと生きているだろう事が伺い知れる。
それをどうこうする気はない。
どうこう言うのも違うのかも知れない。
この子の世界だ、自由にやったらいい。
ただ、と思う。
王都で不幸な遭遇から戦闘になった魔物と人間の争い。
あの場には、ここの子供達と同じように生きていた姉妹がいた。
反対側の、魔物達の中でも平和な生活を望む奴等もいた。
あれ等が悪意を持って襲いかかってきていたり、或いは意志なく獣の様に本能だけで襲いかかってきていたなら、幾分話は簡単だ。
襲い掛かる脅威を打ち払い、強い軍隊を作り上げるだけで事足りる。
ただ、そうはいかない。
どちらもが平和を望み、争い以外の方法でカタをつけるには、並大抵ではない努力が必要だ。
差し当たっては、人間側の“安心感”が急務だろう。
今人間側は、“長年消えることのなかった絶対の守り”が揺らいだ事によって、かなりマズイ状態になり始めている。
急速に王都から物や人、財が失われつつある。
それをたった一人の、聖女と呼ばれる存在に押し付けた結果といえばそれまでだが、その結果に一番最初に泣かされるのは、いつの世も無辜の一般市民だ。
あの魔物達は新たな交易が可能な相手だと、剣ではなく手を取り合う事のできる存在だと知らしめるには、もう少しだけ時間が必要だろう。
その事を俺なりに語り、伝えたつもりだった。
「言いたい事は解ります。
でも、それであのクソ王子の目論見通りになるのだとしたら、やっぱり私は行きたくありません。」
思わず閉口する。
あまりにも、あまりにも狭い。
視野も、世界も。
「……解った。
交渉は決裂した、と、伝えるよ。
じゃあ、悪いんだが権限の仮の移譲だけはしてくれねぇか。」
半ば、破れかぶれの気分だった。
もうどうでもいい、王都の一般市民も、平和主義の魔物達も、どうにでもなれば良い。
このワガママ娘の気分で滅ぼされる国も、知ったこっちゃない。
権限の一時的な移譲に関しても抵抗されるかとも思ったが、意外な事にこちらは素直に応じてくれた。
まぁとりあえず請け負った仕事は完遂させるかと、設定を完了させる前にその場を後にしようと立ち上がると、妙齢のシスターが少し不安げな顔で俺を見る。
「あの、この後、王はどう動くと思いますか?」
その質問を受けて、少し考える。
シスターは既に答えを把握しているようだが、後の2人は解っていないようだ。
俺はため息を1つつくと、予想を口にする。
「まぁ、皆殺しでしょうな、そこの元聖女さん以外は。」
「……貴様、それは脅しのつもりか?」
元騎士団長が剣を抜く。
殺意をこちらに向けるが、不思議と恐怖はない。
なんでぇ、お前こそ脅しかけてきてやがるじゃねぇか。
「いいえ、純然たる事実を述べただけですな。
王命に応じない、法皇の命にもどうにか屁理屈をつけて応じないとなれば、残るは実力行使でしょう。
相手は国です。
そこの御仁がどれ程強かろうと、物量と時間をかければいずれ落ちる。」
「そんな!そんな非道を許すはずが……!?」
休む間も与えないで四六時中襲いかかれば、どんなに古今無双の存在でもいつかは疲弊する。
もし国が本気になれば、それくらいは平気でやるだろう。
その想像すらついていないのだから、きっとこの転生者は平和な生き方をしてきたのだろう。
いや、普通はそうか。
慌てたように“こうなったら家の力で……”と何かを考えているようだが、そんな浅はかな考えが通用するのか見ているのも一興か。
それ以上引き止められる事もなく、俺はその場を後にする。
帰りの馬車の中で、ぼんやりと異世界の設定画面を操作していた。
<小娘を言い負かせて、満足ですか?勢大。>
マキーナが棘のある言い方をする。
(満足とはヒデぇなマキーナ、だが、これもアイツが選んだ道だろうよ。)
乗り合わせている客は他にはいないが、御者がいる。
俺は声を出さずにマキーナに答える。
<転生者が選んだから、この世界がどうなっても知らない、と?>
マキーナの言葉は、俺の神経を逆撫でる。




