510:元聖女
「セーダイ、新入りのお前に任務だ。」
王都防衛部隊、そこでの俺の直属の上司と言える十人隊隊長から俺に命令が下る。
あの後、魔物を退けた功績、というヤツで俺は王都防衛部隊に潜り込んでいた。
まぁ、魔物の連中とちょっとしたツクリみたいな事はしたが、結果オーライというやつだろう。
あの時やり取りした魔物達とも連絡は取れるようにしている。
聞けば魔物達も別段争いは臨んでおらず、さりとて住む場所がなくなってきているのも事実ではあるため、王都の近くまで引っ越したいらしい。
しかし王都の魔力壁が無い今、近付けば問答無用で攻撃されてしまい魔物達としても困っている、という状態なのだそうだ。
「ハッ!謹んでお受けいたします。」
十人隊隊長が持ってきた話とは、婚約破棄して追放した元聖女、その行方を追う事だ。
婚約破棄した王子以外は、“元聖女の力は本物だった”と気付いているらしい。
ただ、王子の手前、声高にそれを叫べずにいるようだ。
とはいえこのままではマズイと感じているため、事情を知らない新入りの俺に聖女の現状確認、そして場合によっては呼び戻す事を命令してきた、という事らしい。
こちらとしても願ったり叶ったりなので文句を言う気はないが、何だかこれも“シナリオ通り”のような気がしてならない。
(こういうのってさぁ、大抵追放された先で幸せに暮らしていてさ。
んで、自分達の都合だけを高圧的に述べて“いいから王都にもどれ”という使者に対して“今更何を”ってやり返す、いわゆる“ざまぁ展開”用のシチュエーションじゃねぇかなぁ?)
<勢大の想像通りでしょうね。
おめでとうございます。
珍しく勢大に、物語の重要な役回りが巡ってきましたね。
まぁ、ザマァされる素敵な役ですが。>
マキーナの皮肉に、ニヤリと笑う。
オッケー相棒、それじゃ出来るだけ見苦しく立ち回って、せいぜい無様に罵られるとしようか。
そうして、俺は王都を出立し、元聖女がいるという辺境の教会とやらに向かう。
道中の長閑な風景を見ながら、ぼんやりと感慨にふける。
(……多分、元聖女とやらが転生者なんだろうなぁ。
よくある話、ってヤツなんだろうがなぁ。)
男性だろうと女性だろうと、転生後の異世界はアンバランスな事が多い。
生活様式は中世、暗黒時代のヨーロッパを模していることが多いが、実際の暗黒時代とは違い、衛生面は完璧だったりする。
排泄物を窓から投げ捨ててネズミが増殖、それらを媒介にしてペストが流行るなんて事はまずない。
それどころか上下水道は完備されており、トイレも水栓なのは何かの冗談かと思うことすらある。
まぁ、不衛生な世界もたまにはあるが、そういうのは男性の転生者の世界に多い。
女性の転生者だと、そういった生活様式が現代に近い代わりに、争い事はフワフワしている。
この世界はまさしくそれだ。
魔物の侵攻、という目に見える脅威に対して、“王都の結界”という防衛手段しか対策が無いのはその現れだろう。
ついでに言うなら、“争いをあまり好まない魔物”達の存在も、それを後押ししている。
これが男性転生者の異世界なら、血で血を洗う地獄のような世界になっていただろう。
“勇者”なんて存在がいてもおかしくはない。
そんな事を考えていると、元聖女がいるという教会が見えてきた。
辺境にあるにも拘らず、その出で立ちはまるで城のような荘厳な造りだ。
ステンドグラスがふんだんに使われているのがここからでも解る。
ステンドグラスの技術も、辺境では珍しい造り、にも拘らず、だ。
「嫌です、私はもう聖女でもなければ何でもない、ただの修道女見習いですので。
ここまでご足労いただきお連れ様でした。
ですが、誰が迎えに来ようと同じことです。
王族の皆様にはそうお伝え下さい。」
「いや、あの、このようにですね、王命も下っておりまして……。」
俺はテーブルの上にある羊皮紙を指差す。
元とはいえ、聖女と呼ばれるこの小娘一人を呼び出すにしては、随分な権威を持ち出したものだ、と思う。
ただ、それを伝えるのが俺一人というのも、やはり妙な世界だな、とは思う。
王からの命令書ということは、この書面は王と同じという事だ。
それに対しての護衛が俺一人とは、何とも軽く扱われているものだ。
いや、これもこの世界がそうだからなのかな。
それにしても、と思う。
眼の前の小娘含めて周囲に目をやれば、孤児院も併設されているのか子供達が遊ぶ声が聞こえる。
そちらに目をやれば年齢はまばらだが、小学生くらいの子供が男女問わず鬼ごっこなのか、駆け回って楽しそうに遊んでいる。
皆血色がよく、着ているものも新しくはなくても清潔そうだ。
眼の前の元聖女も、質素な修道女見習いの服を着ているが、その辺の農民よりは小綺麗な身なりをしているし、こちらも血色が良さそうだ。
「ねぇお姉ちゃん!!今日のお夕飯は……あっ、ごめんなさい。」
女の子が応接間に飛び込んでくるが、俺の顔を見た途端に謝罪するとすぐに引っ込んでしまう。
その手に持っていたのは掘り返されたばかりと思われる土の付いたジャガイモらしき食物だった。
ここに来る前、“どうせ食うに困ってるだろうから、食料の支援でもちらつかせて呼んでこい”と言われたが、それはどうやら通じなさそうだ。
「……失礼、孤児院の子供達のする事ですので、大目に見ていただければと。」
「あぁ、いや、子供のする事ですから。
大人は子供のする事にイチイチ目くじらは立てませんよ。」
それとない皮肉。
眼の前の元聖女には通じなかったようだが、この場で一緒に聞いていた妙齢のシスターには少しは通じたようだ。
解っていて、気付かないフリをしているのが解る。
もう一人、この場には軽鎧の男が話を聞いているのだが、そちらは剣を振るう以外は頭に無さそうな朴念仁、という感じだ。
元王国騎士団長だという話だが、彼もまた元聖女の追放にその職を辞して着いてきたという。
「ともかく、私は王都には行きませんので!悪しからず!」
元聖女が話を切り上げようと、声を荒げる。
それを見て、中々に肝が座っているのか、それとも世間知らずなのか判断に迷う。
チラリと軽鎧の男を見ると、腰に履いている剣の鞘を握る左手に力が入っているのが解る。
「……俺は、コイツを守るだけだ。」
俺が見た事により、助け舟でも期待されたのかと勘違いした男がそう呟く。
アホか、んな事求めとらんねん。
“王命に背く”という事は、“国家に対しての明確な反逆”だ。
それを赦すほど、国という単位は温くない。
その事を伝えようかと口を開きかけたとき、妙齢のシスターが口を開く。




