509:奇妙な戦い
「おねぇちゃん!起きてよおねぇちゃん!!」
街が炎に包まれている。
崩れた家屋の下敷きになっている女の子を、もう少し小さい女の子が必死に引っ張り出そうとしている。
おねぇちゃんと呼ばれた女の子は、少しボンヤリとしていたがすぐに妹に視線を移す。
「……んぅ……あぁ……私の事はいいから、あなただけでも先に逃げなさい……。
おねぇちゃんも、必ず後から行くから、ね。」
「やぁだぁ!!おねぇちゃんと一緒じゃなきゃやぁだぁ!!」
グズる女の子に対して、家屋の下敷きになっている女の子は優しく微笑む。
「良い子だから、出来るわよね?」
妹は渋々といった様子で頷くと、姉の下から離れようとする。
これが自然災害だとしたら、美しい姉妹愛の物語だっただろう。
だが、魔物に侵攻されている状況では、姉妹のそのやり取りは致命的な時間だった。
「ゲ、ゲ、ゲ、オンナァ、オンナダァ!」
大小様々な緑の皮膚を持つ亜人、ゴブリンやトロール達が、少女達を取り囲んでいた。
少女達は怯え、妹は姉のもとに駆け寄り手を繋ぐ。
「おねぇちゃん!」
若くしても、姉妹共にここで潰える事を選んだようだ。
……。
……。
魔物達は、威嚇はすれども近寄っては来ない。
姉妹は、最初は自分達がいたぶられているのだと思っていた。
だが、よく見ると魔物側も、何だかソワソワしながら小声で囁きあっている姿が見える。
小声での囁き、と言っても彼等基準なのだろう。
その囁き声は、姉妹の耳にも普通に入る程だった。
(え?こういう展開聞いてないんだけど。)
(ちょっと待って、マジで住民残ってるじゃん。)
(血ぃ見るの怖ぁい。)
(これヤバくね?っつーかセーダイさんまだ?)
(ってか俺にもあれくらいの娘いるからさぁ、手にかけるのとか無理なんだけど。)
「ハッハッハ!待たせたな魔物共!」
呆気にとられた姉妹が声のする方を見てみると、棍棒を持ったオジサンが瓦礫の上から威勢のいい声を張り上げている。
一瞬の微妙な間があったが、すぐにオジサンが瓦礫から駆け降りつつ、魔物達を一撃で吹き飛ばしていく。
「ウワー、ヤラレター!」
「アッ、タマタマ建物ノ方ニー!」
オジサンが魔物相手に無双していると、殴られた魔物達が吹き飛ばされたかと思うと小走りにこちらに近付き、姉の上に乗っている瓦礫を持ち上げて撤去してくれる。
何が起きているのか全く解らなかったが、慌てている妹は一生懸命引っ張り出し、姉をどうにか瓦礫から引き抜く。
「クソー、回復魔法ガハズレター!」
魔術師の様なローブを着たゴブリン、ゴブリンメイジが何故か味方に回復魔法を撃とうとして外し、ソレが姉に命中する。
姉に当たった回復魔法はしっかりとその効果を発揮し、歩けなかった足の傷が、綺麗に治っていく。
「トォォウ!
いや、危なかったねお嬢さん達!
たまたま敵の回復魔法が当たって良かった!
ここは私が引き受けるから、今の内に早くお逃げなさぁいブルゥアァァ!!
逃げるんだブルゥアァァ!!」
オジサンのよく解らない勢いに負け、姉妹は頭の上に“?”マークを浮かべたままではあるが、急いで郊外の避難所を目指す。
「かかってこいブルゥアァァ!!」
「ウワー、ヤラレター!」
後ろからは、何だか嘘くさい戦いのやり取りが聞こえていた。
姉妹は、やはり頭の上に“?”マークを浮かべたままだったが、勢いに飲まれこのよくわからない空間から走り出していた。
『……で、君等何か言いたい事ある?』
少し前、俺は変わった魔族達と対峙していた。
魔族達はゴブリンやトロール等の、緑の肌を持つ人型の魔物達。
攻めてきた魔物と思い襲いかかったが、彼等はすぐに白旗を上げて降参の意を示した。
呆気にとられていると、彼等は皆、どこか困ったような表情を浮かべていた。
「いや、あの、僕等もですね、何か、邪竜様から“人間達が住む王都とか言うところの結界が無くなったから誰もいなくなったんじゃね?ちょっと行って来いよ。空いてたら移住していいから”と面白半分で言われまして。」
「そうッス!
何でも大昔の約定で、“王都を守る結界がなくなったら人間がいなくなった証だから、移り住んでいいよ”と言われていたらしくてですね。
んで、それぞれの氏族でゾロゾロと見に来たらいきなり攻撃仕掛けられたので、喧嘩っ早い奴等が応戦しちゃいまして。
僕等“中にまだ移住してない普通の人がいたらヤバくね?”と思って、避難活動とか手伝おうかなぁと。」
今度は俺が、困った顔をする番だった。
この温和な魔物達と、この状況をどう収めるか悩む。
悩んだ結果、俺も得するような解決策を何とか考え出した。
「……と、とりあえず、戦ってるフリしながら、この辺の住民さんとか助けて回る?」
いつも通り異世界に転送され、いつも通りの経路を辿って最初の村に辿り着いた時に噂を聞いた。
王都であまり評判のよろしくない第一王子が、それまで王都を聖なる力で守ってきた聖女を偽物呼ばわりし、追放したと言うのだ。
代々神託によって選ばれた聖女が祈りの力を使うことで、王都には魔物達を寄せ付けない、強固な防御壁が作られているのだという。
代々聖女と王が婚姻し、この国の支配階層としての正当性を維持してきた側面もあるそうだ。
もう、そんな風習が数百年以上に渡って維持されてきたらしい。
だが、最近になって、第一王子が“真の聖女”を見つけ出したと騒ぎ、今までいた聖女を“偽物の聖女”と糾弾し、追放したというのだ。
第一王子が言う“真の聖女”と、“偽物の聖女”が入れ替わった結果、王都の守りとなる結界は消失し、日に日に魔物達が進出してきているという事だった。
「……使えるなぁ。」
<何がですか?>
俺の独り言を、マキーナが無機質ながらもどこか怪訝な声で真意を問う。
まぁ、それもそうか。
こんな落日の兆しを、“使える”などと言うヤツは不謹慎だろう。
「いやな、大体こう、異世界で最初に困るのは身分だろ?
ここにも冒険者ギルドみたいな物があればいいが、さっきの村の話を聞いている限りじゃ何か無さそうな感じじゃねぇか。
守り固めて数百年争い無しなのに、日常的に魔物と小競り合いやってる様子もねぇ。
なんかこう、アンバランスな感じがしねぇか?」
<アンバランス、ですか。
まぁ確かに、争うべき魔物の群れがいて、それと戦うのは騎士団だけというのは、これまでの傾向から人間側に勝算の低い傾向というのは理解できますが。>
マキーナはいまいち俺の言っていることがピンと来ていないらしい。
「それもそうなんだがよ、ホレ、転生者が女の場合とか、こういう事が起きやすいだろ。
あの村も、やたらと上下水道と菓子が充実してたろ?」
<それに服飾・装飾関連の店舗の充実ですね。
あぁ、それと勢大以外の老若男女は線の細い美形だらけでしたね。>
言ってくれるじゃねぇかこの野郎。
だがまぁ、事実その通りだ。
そうなると、多分ここは女性転生者の世界と思われる。
女性転生者の世界だと、意外に冒険者ギルドが存在しない事の方が多いのだ。




