50:夢うつつ
(またこれか……。)
公爵令嬢とのお茶会以後、度々同じ夢を見るようになっていた。
夢の中で夢と認識できるくらいには、もう何度も見ている。
夢の中で、俺は5-6歳位の男の子から始まる。
草原で幼馴染みのオルウェンと遊んでいると、黒い影。
「これが次代の……。」
「今から鍛え上げれば……。」
「その娘を使え……。」
オルウェンと共に黒い影にさらわれ、離ればなれにされて武術の訓練を受けさせられる。
俺はこの世界でも飛び抜けて希少な、無属性魔法の使い手らしい。
詠唱無し、発動を関知することすら出来ず、しかも防御手段なし。
ひたすらに、無属性魔法と暗殺技術を学ぶ。
「よいか、お前がこのような目に遭っているのはダウィフェッド王国のせいじゃ。」
「彼の王国と比べ我が帝国は、大地の力が細い。」
「あの土地は元々我等のモノ。」
「攻め入るにはロズノワルの軍隊が障害。」
「ロズノワルを弱体化せよ。」
亡者の声のように、それらが頭に木魂する。
20歳になり、最後の試練とやらを受ける。
仮面を被り、同じ仮面の相手と殺し合うという試練だ。
相手はレイピア使いだった。
だが、無属性魔法の前には相手にすらならない。
殺した相手の仮面を剥いで良いと言われ、仮面を外す。
……オルウェンだった。
でも、涙は出なかった。
心のどこかでは解っていたからだ。
既に感情は死んでいる。
「完成だ。」
「これよりお前は王国に潜入し。」
「時を待て。」
王国に潜入し、スラム街の小さな組織に潜伏する。
ボスのキンデリックは帝国に弱みを握られて渋々従っているようではあるか、一本筋の通った悪党だった。
その姿勢が気に入っていた俺は、帝国の指示のないところで彼に従った。
組織を拡大し、王国も迂闊に手出しできないまでに成長させた。
気付けば組織の右腕と呼ばれていた。
「おい××××、遂に任務がきた。」
今度の任務は帝国が見つけた女を、魔道学院に入学させること。
その執事役として女の任務をサポートする事だ。
なに、どうせ簡単に終わるだろう。
何せ俺は無属性魔法使い。
“無のキルッフ”だ。
そこで鏡に映った自分を見る。
そうか、俺はキルッフだったんだ。
この夢からの目覚めは、いつも最悪だ。
これは世界の強制力だろうか。
これまで、長く一つの世界に居たことはない。
排除しきれない異物を、世界が役割を持たせ許容し始めているのだろうか。
あの真っ白な世界での2億年近くが無ければ、何度も繰り返した41年の記憶の刷り込みが無ければ、危なかったかも知れない。
ふと香辛料君や木人くん1号の事を思い出す。
彼等は元気でやっているだろうか。
俺への指示を超えた協力のせいで、悪い立場になってなければ良いが。
「先生?顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」
リリィの朝の支度を手伝っていると、彼女からそう声をかけられる。
止めろと言っているが、二人の時は俺のことを先生と呼び続けている。
一度“じゃあ、パパと呼びましょうか?”と言われたが、それは非常に心の法律に引っかかりそうなので止めてもらった。
「別に問題ない。それよりもうすぐ迷宮攻略だろう?
もう誰と行くのかは決めたのか?」
月日がたつのは早いもので、もう1年生最後の昇級試験となる、魔道学院所有の迷宮攻略試験が近付いていた。
ロズノワル公爵令嬢とのやり取りも続いている。
ゲームでも1年生の間は大きなイベントが少ないらしく、基本は好感度や各種パラメーターを上げるのがメインで、本番は2年生になってかららしいと言うことは聞いていた。
「そうですね……。
まだ特に決めてないのですけれど、サラ様と一緒に行けたら良いな、とは思っていますわ。」
「あぁ、まぁ良いんじゃないか。
聞いた話じゃ迷宮のモンスターってのは闇属性が多いんだろう?
リリィの光魔法だけじゃなく、公爵令嬢の聖魔法もあれば攻略難度は楽になるだろ。」
リリィの髪をすきながら相槌を打つ。
確か公爵令嬢は学年トップの成績でもあったはずだ。
それに、何故かリリィを狙うはずの三馬鹿も公爵令嬢に夢中になっている。
三馬鹿も魔法使いとしては上位レベルらしいから、戦力としては申し分ないだろう。
騎士団長の息子が全く話に絡んでこないのは気になるが、フラグが折れてるならそれはそれで別にいい。
そう考えていた時にふと視線を感じ、目線を上げると鏡の中のリリィと目が合った。
物凄いジト目をしてらっしゃる。
「ふーん、そうですよね。
サラ様はお可愛いですものね、私が一緒にいるとお話しできるチャンスが増えますものね。」
公爵令嬢宅での一件以来、水面下で情報交換を行っているのだが、リリィには何か勘違いをされていた。
「あのなぁ、40越えたおっさんに何求めてるか知らんが、子供相手にそんな気持ちを持つ訳ないだろう。」
「アラ、最近王都では、身分や年の差を超えて男女が愛し合うラブロマンスが流行してますのよ?」
頬を膨らませてそっぽを向くリリィに、何と言って良いか答えに詰まる。
弁舌では男は女性に勝てない。
どうしたモノかと悩んではみたが、結局良い返し方は思いつかない。
仕方ないので、魔法の言葉を使うことにした。
「コラ、変なことばっかり言ってるとお父さん怒るぞ。
そろそろ講義の時間だろう。
早く教室に行きなさい。」
途端にリリィは上機嫌になり、“はーい”と気のなさそうな返事をしながらも楽しげに部屋を出る。
彼女は俺に、“いて欲しかった父親”の姿を求めているのだろう。
それを利用しているのかと思うと、心が酷く痛む。
ならばせめて、良い父親像を演じられるようにしなければ。
そう決意しながら俺は、懐に入れておいた用紙を取り出す。
迷宮攻略は基本的に学生のみで行う。
だが、万に一つの可能性のために、学生には知らされていないが影ながら護衛を付けることを許されている。
この用紙はその申請書だ。
サラから聞いた第一の破滅フラグ。
迷宮には5人パーティで挑むのだが、サラはその時点で“リリィと”一番好感度が高いキャラとパーティを組むようになっている。
攻略が始まると、サラ自身の慢心もあってかどんどん奥へと進行してしまい、ボスとの戦いに突入、そこで重傷を負ってしまう。
直後にリリィ達主人公パーティが助けに現れ、サラパーティを救助する。
だがサラは“下級貴族に助けられた”事と“一緒にいたパーティメンバー(攻略対象)までもがリリィを褒め称えた”事が気に食わず、これ以降ますます嫌がらせなどが悪化していくらしい。
今のサラにはリリィをどうにかする気は無いが、それにより運命がかわり命を落とす可能性もあるのではないか、と推測しているのだ。
そこで、俺がこの護衛システムを利用し、リリィパーティの後をついて行く振りをしながらサラパーティの後をついて行く。
そしてサラが命を落とさぬように助けるのが、今回の基本的な作戦だ。
そこにゲームと違いリリィも一緒にいるなら、尚のこと好都合だ。
(たまには荒事を体験しなきゃ、腕が鈍っちまうからな)
学院が管理している迷宮だ、きっと大したことは起きないだろう。
だが、今まで行ったことの無い場所だ。
前の世界でも迷宮探索はしないまま終わった。
リリィには悪いが、ちょっとだけワクワクしている俺がいた。




