506:隠し玉
<勢大、アレはなんですか?>
何故かマキーナが若干不機嫌な声を上げる。
現地で知り合い助けてもらった魔導人形だとすぐに説明したが、何だかマキーナの様子が冷たい。
だが、相棒の良くわからない反応は置いておいて、ミナンに集中する。
先程の虎のような炎の魔獣は、ツインテパッピルが着地をした衝撃で吹き飛ばされている。
攻め込むなら、今が好機だろう。
<むっ、セーダイが今“ちゃん”を抜かした様な気がするのデスが、考えが読めなくなっていマス。
何故デスカ?>
微妙にカスッているのが腹立たしいが、またしても小さな疑問が解けた。
なるほど、俺の考えが読めているのかと思ったが、今までの俺は自分でも気付かずに魔導人形に俺の記憶を写し取ったモノだったのだ。
だからなのか、同じ魔導人形仲間のコイツには思考が筒抜けだった訳か。
『悪いな、ようやく本来の体を取り戻してよ。
ともかくミナンを倒すぞ、手伝え!』
ツインテパッピルに状況を説明しながら、ジャックの突進に合わせて駆け出す。
<そう……デスカ。
ツインテちゃん様、少し残念デス。
ですが、カルーア師の約束通り、お二人を援護しマス!
“身体強化”!デス!>
俺達の体に力が湧き、動きが加速する。
ジャックが打ち込み、切り返すミナンの斬撃は俺が受け止める。
行ける!このまま押し切れば……。
「ククク、やはり中々に強いわね、2人共。
じゃあ、趣向を変えてこういうのはどうかしら!?」
害なす魔の杖を大きく横に薙ぎ、俺達から距離を取る。
すぐに左手に持っていた絶望の匣に剣を納めると、その2つの魔力を使って何かを呼び出す。
「きっ、貴様!?それは!?」
ジャックが思わず言いよどむ。
呼び出されたそれは、全身に鎖が巻き付いたカルーアちゃんだ。
鎖が全身を締め上げているのか、苦悶の表情を浮かべている。
「セーダイさん……ジャック……助け……。」
「ハハハハ!!
どぉう?この趣向は?
アタシは神なのよ?死んだ人間の魂をこうして召喚するくらい、簡単に出来ちゃうの!
アーハハハハ!さぁ、どうするのぉ?
こういう時、仲間がいると不便ねぇ?」
その卑劣さに、唇を噛むジャック。
動きが止まったソレを、ミナンが見逃すはずもない。
抜刀術の様に素早く剣を抜くと、炎の衝撃波がジャックを襲う。
だが、ジャックはロクな抵抗もせず、ただ炎に斬られ大きく吹き飛んでいた。
「さぁ、次はセーダイ、お前の……!?
な、何をしている?カルーアの姿が見えないのか!?」
盾を地面に突き刺し、腰を落として中段に構える。
『死んだ人間を生き返らせる、か。』
全力で右の拳を振り抜き、軌道上の空気を押す。
拳の形の分だけ空気はズレ、打ち出される拳と同じスピードで空気を押し出されていく。
百歩先のロウソクの炎すら消す、武における1つの極点。
その狙いは、鎖で縛られ苦しそうにしているカルーアちゃんの頭。
狙いは寸分違わず頭へ吸い込まれ、そしてカルーアちゃんの首から上は掻き消えるように吹き飛ぶ。
「ひゅっ……。
お、あ、アンタ、おかしいのか?
なんでそんなに躊躇せずに……。」
結果を確認した俺は、また盾を地面から引き抜く。
盾を右手に持つと、突撃の構えをとる。
『もしもカルーアちゃんが、まだ生きてるとか、生死不明とかだったら、流石の俺でもためらったさ。
だが、俺は既に彼女が“老衰で死んだ”と聞いている。
いいか、よく聞けよ神様。
……死んだ人間はな!絶対に生き返らねぇんだ!!』
叫びとともに、盾をかざして突撃する。
死の間際にいる人間をその世界から摘み取り、別世界に移動させる。
それは何度も聞いてきた。
死の淵にあった奴が、蘇らせてもらって異世界に送り込まれた、なんて話も聞いた。
だが、死んでからしばらくして、生き返らせてもらった奴はいない。
聞いた事がない。
“神の力の限界”
数万回と渡り歩いてきたこの異世界で体感的に知った、それは絶対のルールだ。
現に、ミナン自身、ニノマエを生き返らせようとしてあれこれやっていた訳だしな。
ならばアレはまやかし。
恐らくはミナンの記憶の中にあるカルーアちゃんを、擬似的に造り出したに過ぎない。
『俺は!死人を冒涜する奴が!一番許せねぇんだよ!!』
盾で剣を弾き、その回転を利用して回し蹴り。
真っ直ぐに蹴り込んだそれは、ミナンの腹部に突き刺さる。
「ふぐぅ!?そんな、そんな理由で……!?」
口から血と吐瀉物を撒き散らしながらも、害なす魔の杖を振り上げるミナン。
だが、その腕は何かに固定化されたように、ビタリと動きを止める。
<させまセン!アナタを拘束させてもらいマス!……デス!!>
「にぃんぎょょおぅ風情がぁぁぁ!!
邪ぁ魔するなぁぁぁ!!」
怒りに震えるミナンが両目を見開くと、ツインテパッピルがその場で爆発四散する。
懐へ肉薄しかけていた俺を見ると、ミナンは距離を開けようと後ろへ飛ぶために腰を落とす。
だが、そこから足腰のバネを使い、後ろへ飛ぶことは出来なかった。
「ふ、フフ、ミナンよ、“鋼糸術は、闇の庭でもありふれた技術だ”と、教えなかったか……。」
ツインテパッピルが光る魔糸術を使うその影で、ジャックが見えにくい鋼糸術を使っていたのだ。
鋼の糸に絡め取られたミナンは、盾の先端を押し当てる俺を見、驚愕の表情を浮かべる。
『これで終いだ、亜神サマ。』
握り手に仕込まれたトリガーを引く。
盾の先端から、強力なバネに押し出された針のような短剣が飛び出し、ミナンの腹に突き刺さっていた。
「ぐぁぁ!?このっ!!」
痛みからか、ミナンは左手にもつ絶望の匣で俺に殴りかかり、弾き飛ばす。
何とか盾で防ごうとはしたが、盾は粉々に破壊され、まるで丸太で打ち抜かれたような衝撃を受けて俺は地面を転がる。
「はぁっ、はぁっ……。
ざ、残念だったな。
吸血鬼でも退治するつもりだったのか?
残念、神であるアタシは、心臓を撃ち抜かれたくらいじゃ死なないんですねぇ!
それどころか、アタシ不老不死なんだよねぇ。
だから、アンタ等がどうやってもアタシは死なないの!
あれぇ、これ、言ってなかったっけぇ?」
ミナンが顔を歪ませ、ゲタゲタと笑う。
「セーダイ殿、これでは……もう……。」
ジャックが体を引きずるようにして俺のもとにたどり着く。
ツインテパッピルも、恐らくギリギリ動かせるのであろう右腕だけで、こちらに這ってこようとしている。
「アーハッハッハ!良いわねジャックのその表情!!
アタシにもっと見せてぇ。
……セーダイ、アンタも早く悔しがれよ!」
どうやら、微動だにしない俺に苛立っているらしい。
そうだな、せっかくだから表情を見せてやるか。
『マキーナ、解除だ。』
<戦闘モード、終了します。>
一瞬の光に包まれ、俺は元のスーツ姿に戻る。
そのまま俺はスーツの内ポケットからタバコを取り出して火をつける。
「安心しろよジャック、もう大体終わった。」
「ハハハハ!何を強がりを!!
恐怖で気でも触れたか!?
ならば今楽に……!?
えっ……!?」
始まった。




