505:ツインテールをなびかせて
ミナンが無造作に剣を薙ぐ。
それだけで炎が広がり、剣の周囲10数センチも恐ろしいまでの攻撃能力を持っていやがる。
アレは炎の剣というよりは、炎の棍棒という方が正しいだろう。
害なす魔の杖の名の通り、“剣”ではなく“杖”とは、言い得て妙なのかも知れないと変な所で納得してしまう。
『うぉっと、危ねえな、冒険者仲間に剣を向けてはいけませんって、冒険者学校で習わなかったのかよ?』
「はっ!オマエが仲間ぁ?
寝言は寝てから言いなさいよねぇ!!」
ミナンの振り回す剣筋がまるで読めず、攻め込めずにいる。
ミナンは冒険者の時にも短刀の二刀流だったが、別に誰かに師事したわけでもなく、あくまで我流だった。
それ故にかは解らないが、剣の軌道は一定ではなく割とデタラメだ。
剣術をやっているヤツの方が型が存在する分読みやすいが、これまで魔獣を仕留めるだけに振り回されたその剣技は、言ってみれば素人剣術であり、次が読めない分俺とは非常に相性が悪い。
「セーダイ殿!ここは俺に任せてくれ!」
『お、おぅ、……って、申し訳ないがオマエ誰なんだよ!?』
俺を助けてくれた恩人でもあるのだが、この非常事態だ。
つい言葉が荒くなる。
俺のその言葉に、青年はちょっとショックを受けていたがすぐに立ち直る。
「そ、そうか、大分時間が経ったからな、気付かずにいるのも無理はないか……。
俺だ、ジャックだ。」
今度は俺がショックを受ける番だった。
それぞれの世界の時間的なズレの影響だとは解るのだが、さっきまで“ちょっと背が低くて小デブで丸々としていたジャック”が、急に“長身細マッチョで口髭を蓄えたイケメンジャック”に変わっていたら、多分俺でなくてもショックを受けるはずだ。
「と、ともかく!
この場は任せてもらおう!」
ジャックが剣を両手に持ち、振りかぶる。
だが、炎の剣を相手にしていては、いささかに分が悪い。
害なす魔の杖を受け止める度、飛び散る炎の塊がジャックを焼く。
剣を打ち合い、間合いを開けたその隙にジャックはポーションを口に含む。
(……五分のように見えるが、炎の分だけジャックにダメージが入り続けている。
それにこのままじゃいずれジャックのポーションが尽きるか。
……何か良い手は……。)
周囲を見渡すと、崩れ落ちた俺だった魔導人形の残骸。
その近くには、途中で受けるよりは躱す方が得策と考えて放棄していた、あの巨大な盾があった。
(……これだ。)
<私の力で作り替えます。少しだけお待ちを。>
大盾を拾い上げると、マキーナが即座に黒い何かで大盾を覆う。
一瞬淡く光ると、真っ黒に周囲の縁取りが赤く光る、堅牢そうな盾へと生まれ変わっていた。
<内部に面白いモノを収納していますね。
打突式に組み替えておきました。
状況を見て使用を。>
握り手の所に、トリガーが設置されている。
なるほど、アレをそうしてくれたか。
流石マキーナ先生だ、気が利くじゃねぇか。
<先生ではないとあれほど……今はそれどころではありませんでしたね。>
「クッ!?……しまっ……!?」
打ち合いながらもポーションを口に含むジャック。
だがその隙をミナンが見逃すはずもなく、遂に斬撃がジャックに追いつく。
『させねぇよ!!』
ジャックとミナンの間に入り、炎の剣を防ぐ。
ジャックは少しだけ戸惑ったが、そこはかつてパーティを組んだ仲間。
すぐに俺が盾を引くタイミングで斬り込む。
「オマエ等!小癪な!!」
ジャックの剣を弾き、薙ごうとするその剣を、今度は俺が体を入れて盾で防ぐ。
『ハハッ、遊撃のお前はこの連携を体験してないもんな。
どうだ?魔獣を相手にするように戦わされる気分はよぉ!!』
「ぐっ!
……なら、お望みの魔獣を出してやろうじゃないか!!」
ミナンは飛び退ると剣を振り、地面を燃やす。
燃え盛る地面から、ゆらりと4体の燃え盛る獣が現れる。
犬のようにゆっくりと歩くそれは、半円状に俺達を囲む。
「さぁ、冒険者に相応しい敵よ2人共。
しっかり倒してちょうだいね?」
ミナンが指を鳴らすと、4体の魔獣が一斉に俺達に襲い掛かる。
盾を横にして2体を食い止めるが、残りの2体が俺の両脇をすり抜けてジャックへと向かう。
「ぬっ!?ぐっ!?」
ジャックは一体を頭から真っ二つにするが、もう一体に脇腹を噛みつかれて振り払っている。
俺は急いで盾に噛み付く2体を叩き潰すと、ジャックの脇腹に噛み付く炎の魔獣を蹴り飛ばす。
ジャックの鎧の一部が砕かれ、おびただしい血が吹き出している。
だが、ジャックは悲鳴すら上げず、ポーションを口に含むと瓶を投げ捨てる。
そんな俺達の姿を見たミナンはニヤリと笑うと、また同じ様に炎の魔獣を召喚する。
先程の魔獣よりも一回り大きく、今度は犬というよりは虎のサイズだろう。
「……セーダイ殿、まだ行けるな?」
『おぅ、前の体とは違って、こっちが本来の体だからな。
比喩表現抜きに、全力で戦っても3日くらいはぶっ続けで動けるぞ。』
俺の発言に少しジャックは引いているが、すぐに心配そうに懐のポーションを数えている。
その仕草が、この間まで一緒にいた子供時代のジャックの仕草と全く同じで、やっぱり本人だと安心する。
『そういやジャック、頼んどいたモンは手に入ったのかよ?』
この世界に来る前、少年時代のジャックに頼んでいたことがある。
それがあれば、この状況を打開できるはずだった。
「それならここに来る前に、ツインテパッピルちゃん殿に頼んでおいた。
俺よりもカルーア殿の方が相応しいと思ったのだが、カルーア殿はもうお亡くなりになられていてな。
聞けばカルーア殿から神聖魔法を教わっていたというので、俺よりも魔導人形の彼女の方があそこでは有用と思えたのでな、彼女に託したのだ。」
聞けば、カルーアちゃんは老衰で亡くなったらしい。
その事に小さく驚く。
時間軸の進み方が違うとは思っていたが、ここまで時の流れが違うとは思わなかった。
ただ、カルーアちゃんは幸せなまま逝ったと聞き、安心する。
『ツインテパッピルちゃんって、アイツすげぇオモシロ融合してんじゃねえか。』
それとは別に、ツッコまずにはいられない。
いやそこは普通にパッピルちゃんとか、パッピルツインテちゃんとかに融合しろよ。
そんな事を思った次の瞬間、はるか上空の空間が割れ、両腕を頭の前に組んだメイド服の存在が飛び込んでくる。
<セーダイがっ!私を!蔑ろにしている気がするデスゥゥゥ!!>
空中でくるりと回転し、黒髪のツインテールをたなびかせて、土埃とともにスーパーヒーロー着地をしているメイド型魔導人形。
<お待たせしまシタ!アナタの超メイド型天使魔導人形!
ツインテパッピルちゃん様、ここに参上!デス!!>
立ち上がり、ピースサインを横にして目の所に持ってきて決めポーズをしているその姿が、何だか懐かしく、そして僅かにイラッとさせられる。
だが、ようやくらしくなってきた。




