503:亜神ミナン
(さて、と……、“来い、マキーナ”。
……やはりダメか。)
目に見えるは真っ白な大地。
抜けるような青空。
青と白のコントラストがきっちりと別けられているその空間に、ようやく戻って来られた。
ここでマキーナが回収できればと思ったが、やはり何の反応もない。
ここで回収出来るなら随分と楽だったが、まぁ仕方無い。
それに、不思議な事に記憶の欠如感もない。
ただ、妙な頭痛というか、頭の中に違和感を感じている。
この空間に移るための特別仕様か何かなのだろうか?
或いはミナンが戻った事で、仕様が書き換わったのか?
いや、それは後で考える事だな。
一旦考察を止め、俺は周囲をぐるりと見渡す。
何かしらの戦闘、ないしはその痕跡でも発見出来るかと見てみるが、どうやらそういったモノは見つからない。
ただ、あたりを見渡している時に青と白の単調な色彩の中で、一箇所だけポツリと黒い点のようなものが見えた。
(……あそこか。)
見える範囲にいてくれて助かった。
この空間の大きさは解らないが、仮に地球と同じ様な球体だった場合、それこそ裏側にいたりされたら見回しても見つからなかった所だ。
かなりの長い距離を歩いて向かう。
それはユックリと、だが確実にハッキリ見えてくる。
女神のような白い衣を纒ったミナンと、空間に浮かぶ逆三角形の黒い闇。
綺麗な逆三角という訳ではなく、指で引き千切って作ったような、ボコボコの逆三角だ。
更に近づくと、それが逆三角の闇ではなく、逆三角の形に裂けた空間と、その中に囚われている誰かの姿だと解る。
ボロボロで真っ黒く染まってはいるが、その衣服には見覚えがある。
ニノマエだ。
なるほど、やっこさん、俺が来るまで保たなかったと見える。
ボコボコに打ちのめされて、あぁして捕まってるって事なのだろう。
その姿はピクリとも動いていない。
かたやのミナンは何をしているのかと思えば、左手を突き出して何かの魔法なのか魔力なのか、そういったモノをニノマエの残骸に向けている。
時折口元が動いていたり右手の親指を噛んだりしているところを見ると、随分と熱中しているようだ。
現に俺がかなり近くまで近付いてきているのに、こちらの方を見ようともしない。
何だ?うっかりやり過ぎてニノマエを殺しかけてて、何とか回復させようと頑張っているってところか?
「おい、かつてのお仲間の登場だぜ?
ちっとはこっち見て歓迎してくれや。」
話しかけられる距離まで来ても、ミナンは気付かなかったようだ。
ただ、俺が話しかけたことにより、ため息をつくとそれまでの行動を止め、俺に向き直る。
「何?アタシ今忙しいんだよねぇ。
おままごとなら後で付き合ってあげるからさ?
今は黙ってその辺に座っててくんない?」
「何だオメェ、随分とお洒落してやがるな?
馬子にも衣装とは良く言ったもんだ、そんな格好してると、オメェでもまるで女神様みてぇに見えるってのは、便利なモンだな、ハハハ。」
俺に文句を言って、また作業を再開しようとしたその動きが止まる。
うーん、煽り耐性低いくせに人を煽るからそうなるんだよなぁ。
「人形の分際で、ガタガタ煩いわね。」
ミナンは小さく呟くと、こちらに右の掌を向ける。
握ろうと動いたその時に危険を感じ、その場から飛び退る。
避けた空間が僅かに歪み、白い大地の一部を削り取って圧縮されていく。
握った手をまた開くと、白い小さな球体がからりと地面に落ちる。
「やれやれ、ここでは発動動作すら無しかよ。」
「当然でしょう?
ここは私達の世界なのよ?
私が望む事が具現化する世界で、何の予備動作が必要なのかしら?」
まさしく神の如き所業、って所か。
まさか“神に成り代わる”がコイツの不正能力って訳でもないだろうとは思うが、それに等しい能力を既に持っている、って事か。
そう考えた時、違和感を感じる。
ミナンからの攻撃は止むことがなく、しかも苛烈だ。
矢継ぎ早に空間を握りつぶし、指で弾くようにして空間を吹き飛ばしてくる。
全てが必殺の一撃級で、躱し続けるのにはかなり集中力と神経を使う。
だが、もやりとした違和感がずっと付き纏う。
“私が望む事が具現化する世界”の割には、捕えたニノマエに対して、俺が近付くのも気付かないくらい何かを行っていた。
それに、ニノマエが全く喋らないどころか、顔すら見えないのも疑問だ。
一体どういう……?
「なぁ、さっきから随分と焦っているようだが、どうしたんだよミナンちゃん。
……もしかして、ニノマエが生き返らなくて焦っているのか?」
ピタリと止まった後、ミナンの顔付きが変わる。
全身に雷が走る。
空間を裂き、害なす魔の杖を引き抜く。
……どうやら、本気になったようだ。
「……やかましい。
……やかましいやかましいやかましい!!
テメェ!いつまでも抵抗するんじゃねぇ!!
……返してよ!!
アタシにニノマエを返してよ!!」
何を言っているのかとミナンを見る。
返してとは、どういう意味だ?
怒りで集中が薄まったのか、見通せなかった逆三角の闇が少し晴れる。
それを見た時に、俺も僅かながらに動揺してしまう。
その動揺の隙をミナンは見逃さず、害なす魔の杖で俺の足を薙ぐ。
動揺が硬直を生み、すぐに躱せなかった俺の右足は、脛から下を焼き切られながら分断されていた。
「グッ!?クソッ!やっちまった!!」
不思議と痛みはない。
ただ、切り離された脛の先には、消えることのない小さな黒い炎が纏わりついていた。
地面を転がるようにして追撃を避けていたが、流石に片足を切り離されると機動力が落ちる。
数撃目には避けきることが出来ず、不可視の巨大な手に全身を掴まれ、俺は空中に持ち上げられていた。
「お、お前……、ソレを生き返らせようとしてたのかよ!?」
「ええそうよ、ヨシツグはアタシの全て。
早く生き返らせて、またいたぶらないと。
次は殺さない様にちゃんと加減するわ。
あぁ、今から楽しみよ。」
掴まれた息苦しさの中で見る逆三角の闇の先。
そこにぶら下がっているのは、赤黒く変色した衣を纏っている白骨死体。
ニノマエの、変わり果てた姿だった。
「いっ……イカれてやがるぜ……。
か、神になってま……グッ、神になってまで、望むモノが惚れた男の復活と、再びの虐待とはね……。」
「アラ?オマエだって“元の世界に戻りたい”という身勝手な理由で様々な異世界、転生者をその手にかけて来たのでしょう?
それって、アタシの欲望と何か違うのかしら?」
俺はもっと穏便でちゃんと色々配慮してる、と言いたかったが、握りしめられていて呼吸すらままならない状態であったことと、“確かに、差はあれども引っ掻き回しているのは同じなのか”という考えが頭をよぎり、何も言えずにいた。
それでも、それでも俺はお前とは違うと、叫びたかった。
ちょっと前回の方がキリが良かったのですが、ここでお休みを頂きます。
次回の更新は8/20の2:00を予定しております。




