502:それぞれの別れ
「……で、マジでお前さんは闇の庭に戻るっていうのか?」
俺の言葉に、真剣な顔で頷くジャック。
どうやら決意は硬いらしい。
あれから数日、俺達は管理棟と“シカルの城”を往復する日々を送っていた。
シカルの、特にアイツが“曾祖父さん”と言っていた存在が残した記録を漁りつつ、パッピルとツインテちゃんの融合体が管理棟で“転送装置”の作成に必要な情報や部材を回収するためだ。
<今、セーダイの中でワタシの方が下になっていた気がするデス!>
うるさい、回想シーンにまで入り込んでくるな。
調べる内に、アイツの先祖が着たときから既にこの世界の斜陽は始まっていた事、そんな閉塞的な空間から逃げ出したくてあれこれ調べ回ったり争ったりしている内に、この“城”が出来たらしい事が何となく解った。
それ以外は、まぁいつぞやにシカルが語っていた事と対して差はない。
ただそれらの資料は代々受け継がれていたものらしく、例の魔法阻害機能の事も詳細に書かれていたし、どうやらシカルが発明したらしい魔法阻害機能無効の事も書かれていた。
先祖が発明したが、手持ちの魔導人形まで無効化してしまうからと諦めた技術に対する答えを、シカルは見つけ出せたのだ。
こうして記録を読むと、アイツも頑張っていたことが解るし、何よりこの世界を変えたいのだと真摯に考えていた事が伝わってきていた。
開発記録の端々には日記のようなものがあり、“曾祖父さんの語っていた困難しか無い世界に挑戦してみたい”だったり、“この停滞した世界に別の世界の刺激を与えるんだ”などとパラパラと書いてある夢が、少しだけ寂しさを感じさせる。
結局、俺ではシカルを救えなかった。
その後悔も、この感情を後押ししているのかもしれない。
俺にとっては感傷の日記にしかならないが、これらの資料はジャックの心を大きく動かしていた。
“闇の庭で起きている争いを止めたい”
その気持ちがジャックの中で燻っていた所に、“魔法阻害機能”と“魔法阻害機能無効”の制作記録だ。
これさえあれば、闇の庭で起きている魔導人形を使った争いを止めることが出来るだろう。
或いは、より父親を有利に勝たせる事も可能だろう。
ただ、ジャックはこの技術といくつかの量産品を持って、元の世界に戻り王家に報告するのだという。
それはつまり、反乱を起こした父親との決別を意味している。
「幸か不幸かはさておくにしても、もう絶望の匣はこの世界に回収されている。
つまりあちらの世界で、もう無尽蔵に魔獣が増えることはないのだ。
ならば後は人類が一丸となり、魔獣を駆除し続けていけば人類の生存圏は遥かに増えていく筈だ。
ならば、貴族と王家とで争っている場合ではない。
ただ、恐らく父は最後まで強行するだろう。
ならばそれを止めるのは、子である俺の役目だ。」
それは眩しいほどの正義と、そして決意に満ちた目だ。
どんなに酷い未来が待っていようと、ジャックはそれを受け止める気でいる。
だとするなら、俺にはそれを止める言葉は持ってない。
「わ、私はここに残りたいかも……です。
ここならアッチみたいに必死に働かなくても衣食住揃ってますし、も、もう怖い思いもしなくて済みますし……。」
カルーアちゃんは、元は貧しい村の出身で、口減らしのために教会に売り渡されたのだという。
そこで修行し、魔法を使えるようになったため、布教と教会の運営費稼ぎという名目で、冒険者としてあの学校に来ていたらしい。
もし仮に、規程の年数在籍しても冒険者になれず、見込みが無いと判断されたなら、今度は奉公という名目で貴族の館か娼館に行かされるはずだったという。
「色んな人に売られてたらい回しにされる運命や恐怖から、もう怯えなくて良い世界なんですから、私はここで死ぬまで生きて行きたいと思っています。
これも、それこそミード様のお導き、ってヤツだと勝手に思っておけば良いんですよね!」
元気に笑うカルーアちゃんに、ジャックは元気づけた手前気まずそうだ。
だが、それもまた彼女が選んだ道だろう。
「セーダイ殿は、やはりミナンを追うのか?」
ジャックが何か言いたそうな顔をしながら、それでも言葉を選んで俺に問う。
その顔には、“そんな事をしなくても”という言葉がありありと浮かんでいる様だった。
「そうだ、俺はいくつもの借りと、取り返したいものがミナンの行った先、ニノマエのヤツにあるんだ。
お前等が譲れない考えのもとに選んだように、俺にも譲れないものがある、ただそんだけの話さ。」
ジャックは俺に拳を突き出す。
俺もその拳に、同じ様に拳を突き合わせる。
俺達の姿を見て、カルーアちゃんも真似る。
「ご武運を。」
「ここでお別れですね。」
「あぁ、2人共達者でな。」
そこで、ふと思いついてジャックを見る。
「なぁジャック、お前、闇の庭を平定させたら、次はどうするんだ?」
「そう……だな。
及ばずながら、セーダイ殿に加勢しに行こう。
あのミナンと、ニノマエといったか、その2人にこれ以上世界を引っ掻き回されるのも面倒だ。」
ジャックは少し上を向いて考えた後、落ち着いた顔でそう言い放つと、カルーアちゃんは“確かに、ミナンさんだと世の中大変なことにされそうですね”と笑う。
「ならよジャック、ちょっと俺が行った先に来る前に、少しやって欲しいことがあるんだ……。」
俺は2人に、これからの事を話す。
2人は、特にジャックは快く引き受けてくれた。
「さて、それじゃあ一足お先にお別れだ。」
俺はツインテちゃんから渡された水晶の欠片のような石を手に取ると、強く握る。
どうしよう、こういう時、“テックをセットしちゃうぞー”とか叫んだほうが良いのかな?
<セーダイ、何か馬鹿な事を考えていませンカ?
……セーダイはそれで良いのデス!
それの使い方は、行き先を強く念じると魔力が放出されて行けるようになるデス!
……あぁもう、せっかくの説明がオマエのせいで台無しではないでスカ。
ともあれセーダイ、お気をつケテ。
……デス!>
ツインテちゃんとパッピルの融合具合も日に日に進んでいる。
それが良いのか悪いのかは何とも言えないが、何となく楽しそうだとは感じていた。
「ま、まぁ、それじゃあな、皆、後は頼んだぜ?」
なんとも締まらないが、俺は欠片を握りしめて強く念じる。
目的はあの場所。
ニノマエのいるあの何もない真っ白な平原だ。
そうして俺は、皆が見守る中で光に包まれていった。




