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「……とりあえず、“城”の中に入りませんか?
パッピルさん、あのままにしてはおけませんし。」
カルーアちゃんの言葉に俺達は頷き、散らばった武器や道具類を回収すると空いた穴から城の中に戻る。
戻りながら、ふと考えが巡る。
さっきパッピルは、シカルに対して“アレは貴方が思うようなものではない”という様な事を言っていた。
つまり、パッピルは何かを知り、その上で俺達を探していたのでは無かろうか。
なら、パッピルを再起動出来るなら糸口が掴めるのでは?
そんなアイデアが思いつく。
その肝心のパッピルはと見れば、ツインテちゃんがしきりとパッピルの体を調べていた。
<セーダイ、戻りましタカ。
パッピルを修理、再起動させようと試みているのですが、どれも上手く行きまセン。
どうやら、このボディは限界を迎えているようデス。>
いきなりの名案潰しに、ちょっとガックリくる。
ここまで八方塞がりだと、現実逃避すらしたくなるってもんだ。
(あー、勢大さん、このPC無理だよ、もう起動しねぇわ。
だからあれほどバックアップを取れとだな……。
ただまぁ、本体のストレージ移し替えて復元したら、少しはなにか残ってるかもな?
やってみる?高くつくけど?)
ふと、俺の頭の中で、元の世界の友人と交わした、他愛ない会話を思い出す。
こいつ等は魔法で動いているが、科学技術の発達した異世界で見た、機械仕掛けの自動人形に近いと感じていた。
なら、“高度に発達した魔法技術は、科学と変わらない”という感じにならないだろうか?
「……なぁツインテちゃん、例えばなんだが、パッピルのこのボディは無理でも、記憶だけを抜き取って別のボディに移し替えるとか、そういう事は出来ないかな?」
俺の言葉に、ツインテちゃんは無言で俺を凝視する。
しばらくの沈黙の後、ツインテちゃんは口を開く。
<可能か不可能かで言えば、可能デス。
ただし、魔導人形は全身に記録を散りばめておりますので、完全に同一の個体を用意し完全に入れ替わったとしても、記録の損耗率は相当に高いものと推定されマス。>
ツインテちゃんの説明では、魔導人形は頭の部分にだけ記録が残っているわけではなく、動力源や身体の各部位に散らばっているらしい。
何となくそれを聞いて俺は、昔なにかの本で読んだ、心臓移植した人がそれまで吸わなかったタバコを好むようになり、何故かと調べた結果臓器提供者が喫煙者だった、というような記事を思い出していた。
どうも人間の記憶とは、脳にだけ蓄積されるモノではないらしい。
ただ、まさかこの世界の魔導人形達も、同じ様な特性を持っているとは思わなかった。
<更に、この“プレミアムモデル”パッピルは、当時の技術の粋を凝らして造られた最高位の魔導人形デス。
これに適合する個体は、相当に数が限られマス。>
ツインテちゃんが無表情に答え、俺を見る。
魔導人形のハズなのに、俺はその複雑な感情を読み取れてしまう。
「……つまり、パッピルに適合するのはほぼ最高位のモデルくらいしかいないし、その適合モデルは……つまり、……ツインテちゃんって事か?
……しかも、恐らく成功率は恐ろしく低いとかっていうおまけ付きで。」
<流石セーダイ。
えぇと、管理棟のデータベース的に言うなら、“キミの様に感のいいオッサンは好きですよ?”デス。>
うん、管理棟のデータベース、一回全部捨てよっか?
いや、イカン、現実逃避している場合じゃない。
可能性の低いギャンブルに、ツインテちゃんの命を差し出せっていうのか。
そんな事、誰も望んじゃいな……。
「ツインテちゃん殿、今の会話、俺には何も理解できなかったが、これからやろうとしている事が非常に難しい作業という事だけは解った。
……そなたが壊れるかも知れないという事もな。
そこで質問だが、そなたはこれを請け負って頂けるか?
そして、俺達に何か、成功する可能性が上がるような手伝いは出来ないか?」
ジャックとカルーアちゃんが、真剣な眼差しで俺達を見る。
その目は、決意に満ちている。
<当然デス。
ワタシに名をくれたセーダイの役に立てるなら、ツインテちゃんは本望デス。
それではセーダイ、ご指示ヲ。>
ツインテちゃんが、俺をもう一度見る。
機械だと、人形だと言い張っていた俺の心の仮面が剥がれる。
既に俺は、ツインテちゃんを、いやここの魔導人形達を人間と同等と見なしている様だ。
そしてその上で、失う事に恐怖や怯えを感じている。
だがそれでも尚、俺は先へ進まなければならない。
「……すまない、俺はパッピルの記録が知りたい。
……頼む、ツインテちゃん。」
<お安い御用デス、セーダイ。>
次の瞬間、ツインテちゃんは手をパッピルの頭に乗せると、何かの魔術を起動する。
<願わくば、私への魔力供給と身体強化魔法をお願いしマス。>
ツインテちゃんに言われ、ジャックとカルーアちゃんは急いで身体強化魔法と魔力供給を始める。
少しの間、ツインテちゃんは微動だにせずに魔術起動を続けていたが、不意にその魔術が掻き消える。
“成功か?”と聞きたかったが、それが妙なフラグになっても困る。
ツインテちゃんが動き出すまで、俺達は固唾をのんで見守るしかない。
しばらく動かなかったツインテちゃんが、顔を上げる。
不思議そうな表情で周囲を見渡すと、何か納得した様に頷く。
<まさか、65535号に救われるトハ。
このパッピル、最大の不覚デス。>
その言葉に衝撃を受ける。
ツインテちゃんは、自らの命を賭してパッピルを復元させたというのか。
見た目はツインテちゃんのままだが、記録……精神はパッピルになっちまった、って事なのか。
<不覚とは失礼デス。
ツインテちゃんはセーダイの希望に答えてオマエを復旧させてやったのデス。
感謝して欲しいデス。>
次の瞬間、ツインテちゃんの口調が戻る。
いや両方存在しているんかい。
俺のこの……感傷というか、泣きそうになった微妙な感情を返せ。
とはいえ、少し安心する。
1つの体に2つの精神となると、あまり長い事そのままには出来ないだろうが、それでもパッピルが復旧してくれた事に、僅かな安堵を覚える。
「セーダイ殿、安堵するにはまだ早い。
セーダイ殿は神となったミナンを追うのであろう?
パッピルが復旧したのは良いが、その知識が失われているなら、これは単なる徒労に終わってしまうからな。」
ジャックのその言葉に気を取り直す。
つい、パッピルが復活した事で満足しかけていた。
やれやれ、これじゃどっちがモノ扱いしているのか解らんな。
<その点に関しましては問題ありまセン。
時空移動方法の記録に損傷ありまセン。
管理棟の技術を使えば、似たモノは生産可能デス。
……あっ、オマエ、私の記録も読んだデスカ!?>
最後はツインテちゃんの抗議の声か。
それでも、移動方法に関しては何とかなりそうで良かった。
ホッとしながらジャックを見ると、眉間にシワを寄せて考え事をしている。
「どうした、ジャック?
トイレならここを出て右に進み、突き当りを左だぞ?」
「流石に知っておるわ!!
……いや、移動方法が何とかなるなら、闇の庭に戻れないかと、考えていたんだ。」
ジャックがふと上を見上げる。
その目線の先には、魔法阻害機能があった。




