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異世界殺し  作者: Tetsuさん
記録の彼方の光
501/832

500:愛のあり方、神のあり方

「アイツの首を締めてるとさ、アイツ、いつも最初は驚いた顔でアタシを見てくるの。

そのうち苦しくなってアタシの手を引っ掻いてさ、でもそれが無駄だと解ると、今度はアタシに、目とかすれる声で必死に懇願してくるの、“助けて”って。」


空間が削り取られる。

盾を構えようかとも思ったが、この攻撃には意味をなしそうに無い。

盾を手放すと、俺はジャック達とは反対側に走ってかわす。

巻き添えで殺しちゃ寝覚めが悪い。


「そうしている内に、段々表情がトロンとしてきてさ、恍惚っていうのかしら?

凄く幸せそうな表情に変わるのよね。」


話し合おうと言ったが、ミナンのその行動はもはや話し合いでも何でも無い。

呼吸をするように、ただ歩くように、俺の周囲を次々と圧縮していく。


「でもそれって、素敵なことじゃない?

首を絞められている間、アイツの頭の中にはアタシしか存在してないワケでしょう?

アタシに怯えて、アタシを傷つけて、アタシに命を握られて。

頭の中は、もうアタシの事でいっぱい!

……これって、どんな愛なんかよりも強くて深い結び付きだと思わない?」


転がりながら、手頃な瓦礫を拾い投げつける。

しかし全力で投げたソレは、ミナンに届くことなく掻き消える。


「知らねぇよ変態。

それで相手をぶち殺しちまってるってんなら、誰も幸せになってねぇじゃねぇか。」


いや、ミナンはニノマエのヤツの事を殺せて幸せなのか?という考えが頭をよぎるが、すぐにその考えを消す。

こんな変態の事など、1ミリたりとも理解はしたくない。


「そうなのよ、殺さないようにするのはすごく大変だったわ。

幸せが逃げていかないように、一生懸命アイツの事だけを考えて加減してさ。

でも、アイツ……!!

アイツ勝手に死にやがってさ!!

もう、そこからアタシの人生めちゃくちゃよ!!

アイツの全てはアタシのモノだったのに!!

何自分で始末つけてるのよ!アタシに断りもなく!!」


良かった、ミナンの言う事が本当に1ミリも理解できない。

俺はまだ正常らしい。


「だからね、アタシ神様に祈ったの。

アイツの死体の前で。

アタシの血を混ぜながら。

“ヨシツグを永遠にいたぶれる(愛せる)世界に生まれ変わりますように”って。」


思わず立ち止まってしまう。

ミナンはその隙を逃さず、空間を歪める。


「しまっ……!?」


逃げるのが遅れ、歪む空間から抜けきれずに右足が潰される。


強烈すぎる損傷に、脳の処理が追いついていないのか、痛みを感じることすら出来ずに倒れ込む。


「あらら、残念。

ここまでかしら?」


上体を起こし、潰れた右足を見る。

膝から下がグチャグチャだ。

そして次に、ミナンの顔を見る。

勝ち誇ったような、皮肉げな笑みを浮かべている。


「……じゃあ尚更、こんな所でのんびりしてて良いのかよ?

大好きなニノマエ君は、お前を殺すための方法を、今も必死に俺の相棒から聞き出しているんじゃないかな?」


ようやく、頭の中で少し繋がった気がする。

マキーナを取り上げた理由。

アレは異世界産でありながら、異世界を渡り続けてきた。

数多くの転生者の、“神から授かった不正能力(チート)”を記録し続けている。


人間の俺は正直に話さなかったとしても、マキーナは別だ。

不正介入(ハッキング)すれば、正確な情報が入手できる。

ソレをする間に、邪魔な俺を多分ニノマエが創り出したであろう(ノワール)の庭に放りだしたと言うなら、俺が(リュミエール)の庭に落とされなかった訳も解る。


本当に少しだけニノマエが気の毒になる。

ただ、それも一瞬だ。

俺から記憶を、そしてマキーナを奪ったツケは払わせてやる。


「アラ、それは大変ね。

まぁ良いわ、オッサン本当に何の不正能力(チート)も持ってないみたいだし、もう世界を渡ることも出来ないでしょう?

アタシが創った、この幸せな世界で余生を過ごすと良いわ。」


ミナンは勝ち誇ったように俺を見下ろすと、空間が割れて害なす魔の杖(レーヴァテイン)絶望の匣(レーギャルン)を取り出す。

一度害なす魔の杖(レーヴァテイン)絶望の匣(レーギャルン)納めると、抜刀術の様に空間を斬る。

斬られた空間から亀裂が生じ、灰色の別空間が現れていた。


「まぁ、そうだなぁ。

年寄りからの小言を言わせてもらえるなら、もう少しマシな世界を想像したほうが良いぜ?

ここは“幸福という名の何も出来ない地獄”そのものだ。

シカルのヤツが、今にしてみれば頑張っていたと称賛したいくらいの、な。」


俺の言葉にミナンは振り返り、ゾッとする様な笑顔を向ける。


「えぇ、そうよ。

人が感じる幸福なんて全部嘘っぱち。

本当の愛も幸福も、愛する人を苦しめている時にのみ訪れるのよ?

それを実証したくて、アタシはこの世界を創造したの。」


それだけ言うと、もう振り返らずにミナンは斬られた空間に入り込む。

斬られた空間は、ミナンを飲み込むと静かにその空間を閉じていった。


「クソが……、やれやれだ。」


俺はポケットから回復用のポーションを取り出すと、足に振り撒く。

もう一本取り出して飲むと、ようやく修復が始まる。


「イチチ……治るときのほうが痛えのは、考えもんだな。」


まるで逆再生のように骨が、筋が、肉が戻っていく。

それに合わせて思い出したように激痛が走るが、慣れたものだと自分に言い聞かせて立ち上がる。


フラつきながらもジャックとカルーアちゃんのところに行き、手持ちのポーションを全てカルーアちゃんにつぎ込む。


「……あれ、ここは……?」


「カルーアちゃん、説明は後だ。

取りあえず魔法鞄(マジック・バッグ)からポーションとをありったけ取り出して、ジャックを回復してやってくれ。

足りなければ回復魔法も頼む。」


流石は悪の心を消したジャックだ。

土壇場でカルーアちゃんを守ったらしく、ダメージはカルーアちゃんよりも酷い。

ただ、俺の手持ちではジャックに注ぎ込んでも足りない。

それに、魔法鞄(マジック・バッグ)は収納した本人しか取り出せない欠点がある。


必然、カルーアちゃんを起こすしか無かった。

これで間に合わなかったら、いつかあの世で謝るしか無い。


「うぐっ……セーダイ殿……ハッ!?

シカルはどこだ!?」


何とか息を吹き返したジャックはすぐに戦闘態勢を取る。

だが、周囲の状況を見ると、平穏すぎる空気に疑問を感じていた。


「とりあえず、さっきまで起きた事を説明させてくれ……。」


シカルが亜神となった事、だが、ミナンがこの世界の創造神だった事。

そして、ミナンはもう一人の創造神の元へ向かった事。

大まかにだが、これまでの経緯を説明する。


話を聞き終えた2人は、難しい顔をしていた。


「創造神ニノマエに、創造神ミナンですか。

……じゃあやっぱり、ミード様なんて、私達が勝手に作り上げた嘘だったんですね。」


「それはどうかなカルーアよ。

俺は逆だ。

いないと言われたからこそ、より強くミード様を信じる気になった。

実在する神に縋るのではなく、心の内にある神、ミードに祈り、己を律する。

その方が、俺にはよっぽど健全に見える。

少なくとも、あのシカルやミナンを神と崇める方が、俺は嫌だね。」


悲観するカルーアちゃんに、ジャックはユーモアを交えて勇気付ける。

その言葉の甲斐あってか、カルーアちゃんも“確かに、私も嫌ですね”と笑うくらいには、元気が戻っていた。


「して、セーダイ殿よ。

随分と余裕だが、ここから何か策があるのか?

俺にはもう、八方塞がりで何も思いつかんが。

だが、セーダイ殿のその落ち着きだ、何か策があると見たが、如何に?」


ジャックが興味深げに俺を見る。

その目はヒーローの逆転を期待する、好奇心に満ちた少年の目だ。




いや困った。


実際、俺も何も思いついてないんだよなぁ。

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