500:愛のあり方、神のあり方
「アイツの首を締めてるとさ、アイツ、いつも最初は驚いた顔でアタシを見てくるの。
そのうち苦しくなってアタシの手を引っ掻いてさ、でもそれが無駄だと解ると、今度はアタシに、目とかすれる声で必死に懇願してくるの、“助けて”って。」
空間が削り取られる。
盾を構えようかとも思ったが、この攻撃には意味をなしそうに無い。
盾を手放すと、俺はジャック達とは反対側に走ってかわす。
巻き添えで殺しちゃ寝覚めが悪い。
「そうしている内に、段々表情がトロンとしてきてさ、恍惚っていうのかしら?
凄く幸せそうな表情に変わるのよね。」
話し合おうと言ったが、ミナンのその行動はもはや話し合いでも何でも無い。
呼吸をするように、ただ歩くように、俺の周囲を次々と圧縮していく。
「でもそれって、素敵なことじゃない?
首を絞められている間、アイツの頭の中にはアタシしか存在してないワケでしょう?
アタシに怯えて、アタシを傷つけて、アタシに命を握られて。
頭の中は、もうアタシの事でいっぱい!
……これって、どんな愛なんかよりも強くて深い結び付きだと思わない?」
転がりながら、手頃な瓦礫を拾い投げつける。
しかし全力で投げたソレは、ミナンに届くことなく掻き消える。
「知らねぇよ変態。
それで相手をぶち殺しちまってるってんなら、誰も幸せになってねぇじゃねぇか。」
いや、ミナンはニノマエのヤツの事を殺せて幸せなのか?という考えが頭をよぎるが、すぐにその考えを消す。
こんな変態の事など、1ミリたりとも理解はしたくない。
「そうなのよ、殺さないようにするのはすごく大変だったわ。
幸せが逃げていかないように、一生懸命アイツの事だけを考えて加減してさ。
でも、アイツ……!!
アイツ勝手に死にやがってさ!!
もう、そこからアタシの人生めちゃくちゃよ!!
アイツの全てはアタシのモノだったのに!!
何自分で始末つけてるのよ!アタシに断りもなく!!」
良かった、ミナンの言う事が本当に1ミリも理解できない。
俺はまだ正常らしい。
「だからね、アタシ神様に祈ったの。
アイツの死体の前で。
アタシの血を混ぜながら。
“ヨシツグを永遠にいたぶれる世界に生まれ変わりますように”って。」
思わず立ち止まってしまう。
ミナンはその隙を逃さず、空間を歪める。
「しまっ……!?」
逃げるのが遅れ、歪む空間から抜けきれずに右足が潰される。
強烈すぎる損傷に、脳の処理が追いついていないのか、痛みを感じることすら出来ずに倒れ込む。
「あらら、残念。
ここまでかしら?」
上体を起こし、潰れた右足を見る。
膝から下がグチャグチャだ。
そして次に、ミナンの顔を見る。
勝ち誇ったような、皮肉げな笑みを浮かべている。
「……じゃあ尚更、こんな所でのんびりしてて良いのかよ?
大好きなニノマエ君は、お前を殺すための方法を、今も必死に俺の相棒から聞き出しているんじゃないかな?」
ようやく、頭の中で少し繋がった気がする。
マキーナを取り上げた理由。
アレは異世界産でありながら、異世界を渡り続けてきた。
数多くの転生者の、“神から授かった不正能力”を記録し続けている。
人間の俺は正直に話さなかったとしても、マキーナは別だ。
不正介入すれば、正確な情報が入手できる。
ソレをする間に、邪魔な俺を多分ニノマエが創り出したであろう闇の庭に放りだしたと言うなら、俺が光の庭に落とされなかった訳も解る。
本当に少しだけニノマエが気の毒になる。
ただ、それも一瞬だ。
俺から記憶を、そしてマキーナを奪ったツケは払わせてやる。
「アラ、それは大変ね。
まぁ良いわ、オッサン本当に何の不正能力も持ってないみたいだし、もう世界を渡ることも出来ないでしょう?
アタシが創った、この幸せな世界で余生を過ごすと良いわ。」
ミナンは勝ち誇ったように俺を見下ろすと、空間が割れて害なす魔の杖と絶望の匣を取り出す。
一度害なす魔の杖を絶望の匣納めると、抜刀術の様に空間を斬る。
斬られた空間から亀裂が生じ、灰色の別空間が現れていた。
「まぁ、そうだなぁ。
年寄りからの小言を言わせてもらえるなら、もう少しマシな世界を想像したほうが良いぜ?
ここは“幸福という名の何も出来ない地獄”そのものだ。
シカルのヤツが、今にしてみれば頑張っていたと称賛したいくらいの、な。」
俺の言葉にミナンは振り返り、ゾッとする様な笑顔を向ける。
「えぇ、そうよ。
人が感じる幸福なんて全部嘘っぱち。
本当の愛も幸福も、愛する人を苦しめている時にのみ訪れるのよ?
それを実証したくて、アタシはこの世界を創造したの。」
それだけ言うと、もう振り返らずにミナンは斬られた空間に入り込む。
斬られた空間は、ミナンを飲み込むと静かにその空間を閉じていった。
「クソが……、やれやれだ。」
俺はポケットから回復用のポーションを取り出すと、足に振り撒く。
もう一本取り出して飲むと、ようやく修復が始まる。
「イチチ……治るときのほうが痛えのは、考えもんだな。」
まるで逆再生のように骨が、筋が、肉が戻っていく。
それに合わせて思い出したように激痛が走るが、慣れたものだと自分に言い聞かせて立ち上がる。
フラつきながらもジャックとカルーアちゃんのところに行き、手持ちのポーションを全てカルーアちゃんにつぎ込む。
「……あれ、ここは……?」
「カルーアちゃん、説明は後だ。
取りあえず魔法鞄からポーションとをありったけ取り出して、ジャックを回復してやってくれ。
足りなければ回復魔法も頼む。」
流石は悪の心を消したジャックだ。
土壇場でカルーアちゃんを守ったらしく、ダメージはカルーアちゃんよりも酷い。
ただ、俺の手持ちではジャックに注ぎ込んでも足りない。
それに、魔法鞄は収納した本人しか取り出せない欠点がある。
必然、カルーアちゃんを起こすしか無かった。
これで間に合わなかったら、いつかあの世で謝るしか無い。
「うぐっ……セーダイ殿……ハッ!?
シカルはどこだ!?」
何とか息を吹き返したジャックはすぐに戦闘態勢を取る。
だが、周囲の状況を見ると、平穏すぎる空気に疑問を感じていた。
「とりあえず、さっきまで起きた事を説明させてくれ……。」
シカルが亜神となった事、だが、ミナンがこの世界の創造神だった事。
そして、ミナンはもう一人の創造神の元へ向かった事。
大まかにだが、これまでの経緯を説明する。
話を聞き終えた2人は、難しい顔をしていた。
「創造神ニノマエに、創造神ミナンですか。
……じゃあやっぱり、ミード様なんて、私達が勝手に作り上げた嘘だったんですね。」
「それはどうかなカルーアよ。
俺は逆だ。
いないと言われたからこそ、より強くミード様を信じる気になった。
実在する神に縋るのではなく、心の内にある神、ミードに祈り、己を律する。
その方が、俺にはよっぽど健全に見える。
少なくとも、あのシカルやミナンを神と崇める方が、俺は嫌だね。」
悲観するカルーアちゃんに、ジャックはユーモアを交えて勇気付ける。
その言葉の甲斐あってか、カルーアちゃんも“確かに、私も嫌ですね”と笑うくらいには、元気が戻っていた。
「して、セーダイ殿よ。
随分と余裕だが、ここから何か策があるのか?
俺にはもう、八方塞がりで何も思いつかんが。
だが、セーダイ殿のその落ち着きだ、何か策があると見たが、如何に?」
ジャックが興味深げに俺を見る。
その目はヒーローの逆転を期待する、好奇心に満ちた少年の目だ。
いや困った。
実際、俺も何も思いついてないんだよなぁ。




