04:おん ゆあ まーく
「まぁ、いいけど。」
自称神様は、不機嫌さを隠そうともしなかったが、俺の提案をアッサリと了承した。
俺が提案した内容は3つ。
1つ目は、やはり転生ではなく元の世界に戻してもらうこと。
2つ目は、そのまま戻っても同じ事の繰り返しなので、この空間で納得いくまで体を鍛えさせて欲しいこと。
3つ目は、便宜というならば、そのためのサポートを付けて欲しいこと。
この3つだ。
自称神様の力だけではあの結果になるというなら、自力でも何とかしよう、というものだ。
昔大学で習った武道でも、“自力本願”が基本だった。
その基本に立ち返り、自力で何とかしてみようと考えたのだ。
作戦としてはこうだ。
宙に浮かんでいる時の体勢を生かし、右腕で目の前の空気をかき取り真空を作る。
そうすれば体が引き寄せられるから、ぶつかるよりも前に地面に着地する。
それだけだとスピードが足りなさそうなので、かき取った空気を後ろに押し出し更に速度を上げる。
着地すると同時に地面を蹴って電車の前に飛び、速度を合わせる。
そして、恐らくあの自称神様の言葉から推測するに『電車にぶつかった』という事象も再現しなければいけないと想定されるので、電車を蹴って更に前に飛ぶ。
前方に転がり落ちながら、駅のホーム下に設定されている空間、セーフティゾーンに転がり落ちる。
多分普段の俺でも、こんな荒唐無稽な話は『そんな馬鹿な』と一蹴する計画である事なのはわかっている。
でもこの空間の、『時間的な拘束が無い』『肉体は鍛えられるが衰えない』というよくわからない法則がある以上、時間的なコストを度外視すれば行けるのではないか?と考えたのだ。
問題は人間の肉体はどこまで強化に耐えうるのか、というハードウェアの問題と、超長期間の鍛錬によって、どこまで自我を維持できるのか、というソフトウェアの問題があるが、それに関しては自分を信じるしか今のところ無い。
それに、自分一人ではあの状況の再現は勿論、トレーニングの器具も用意できないので、『便宜』や『お詫び』という言葉の元、サポートの要請をしてみたのだ。
サポートに関しては半分ダメ元だったのだが、自称神様は
「まぁ良いんじゃない?時々人間は突拍子も無い事を考えるよね。」
といいながらも、流石に自分はそこまで暇じゃ無いとかで、サポート用のロボット?を提供してくれた。
そのロボットは、何処かでみたような形状をしていた。
下半身は三角錐の様な形で、その三角錐の頂点に、人の上半身を付けた様なデザインだった。
裏面のローラーか何かで滑るように移動し、胸に液晶パネルのようなモノが着いており、球体関節の腕が滑らかに動いている。
顔の部分をみると口元は笑顔の形状だが、両目がレンズになっており、ユーモラスに見えなくもないが、何となく不気味な、そんな顔つきをしていた。
「えーと、このロボットは僕が来る前からいてね。名前は特に決めてないんだけど、そうだなぁ……。」
何となく嫌な予感がした。
「そうだ!ペッパ……。」
「いや、ちょっと待ってくれ!」
思わず被せるように口を開いていた。
何故だかその名前ではいけないような気がしていたのだ。
何故そう思ったかは上手く言えないが、きっと駄目だと思う。
その後、紆余曲折の末に“香辛料君”という、微妙な名前に落ち着いていた。
でもまぁ、重要なのはそこじゃない。
ここから、俺の無謀な計画を始めるのだ。
とはいえ、完全にゼロからこの計画を思いついた訳ではない。
中国拳法の空想上の極意として、“百歩神拳”と言うモノがある。
神速の拳を打ち出すことにより、百歩先のロウソクの炎を吹き消すという技らしい。
実際にそれを遣う拳士はいないと思うが、“それを空想した誰かがいた”と言うことが俺には大事だった。
それを空想出来たと言うことは、“空想するに足る事実があった”と言うことだ。
人間は、本当に何も無いところから空想は出来ない。
出来たとしても、それは一部の天才と呼ばれる人達のことだろう。
残念ながら俺にはそんなことは出来ない。
それが例え空想だとして、百歩とはいかずとも、それをした存在が必ずいたはずだ。
ならば、普通の人の一生以上の時間をかければ、そこに到達することも夢では無いはず。
無茶苦茶だが、神様ができないことをやるにはそれくらいの事を考えないといけないと考えたのだ。
また、ちょっとは科学的?に考えてみるなら、百歩先の火を消すということは、単純に考えれば空気を動かして風を起こしているはずだろう。
海外のハリケーンで牛が飛ばされている映像もあった。
飛躍し過ぎて無茶苦茶ではあっても、なら目の前の空気を取り除いて後ろに押すことが出来れば、空中に浮かんでいるこの身を押し出すことも出来るのではないか、と、大真面目に考えたのだ。
自称神様に確認したが、俺が電車にぶつかるまで1.5秒ほどらしい。
その1.5秒で、空気を取り除いて後ろに押し出せる腕力、そして侵入してきた電車の速度に合わせて前に飛ぶくらいの脚力が必要だ。
体の鍛え方は、学生時代にやっていた拳法をベースにするしかない。
鍛え方は知っていても、まずは人並み、そして常人を越えなきゃ行けないハードルの高さを改めて実感しながら、俺は腕立て伏せを始めだした。
まずは腕立て、腹筋、背筋、スクワット、ジョギングと、いわゆる筋トレ的なことから始めていた。
とは言え、何も無い空間で効率的な器具などあるはずもなく、またジョギングしようにも全く目印が無いため、香辛料君にお願いして器具やコースを作成してもらっていた。
香辛料君の胸の液晶パネルはタッチパネルでもあったらしく、通販サイトで買うようなイメージで表示された機材を選ぶと、地面の白い土だがコンクリだが砂だかわからないものをこねくり回して作ってくれた。
また、会話によるコミュニケーションが取れるため、無言で孤独なトレーニングの日々にはならず、だいぶ気が紛れていた。
とは言え、最初は酷いモノだ。
腕立ても10回もやれば痛みを覚え、ジョギングも、時々現れた自称神様に、
「あれ?散歩中?」
と、馬鹿にされたモノだ。
それでも、数分すれば体から痛みが無くなり、前よりも少し多い回数、少し速い速度が出せることに、一歩一歩進んでいることを実感していた。