495:時の流れ
「あのー、ツインテちゃん?
そろそろ降りてく……。」
<嫌デス。このままでも意思伝達には何も問題ありまセン。
聞けばあの時代遅れの事は、担いで危険から脱出したとの事。
なら、セーダイは私を管理棟まで担ぐ事も簡単デス。
管理棟のデータベースにも、“男とは、愛するモノを担いで10km走るものだ”と記録されておりマス。>
何その伝説の空手家みたいなデータ!?
前も思ったけど、やっぱそのデータベース捨てた方が良いよ、マジで。
「……ま、まぁ、じゅう……セーダイならそのまま持ち運べるであろう。
ともかく、今は以前話をした管理棟とやらの広間に急ぐとしよう。」
「……なぁジャック。
さっきから気になっていたんだが、何で突然“従者”呼びを止めようとしているんだ?
何かさっきから言いにくそうにしてるし。」
何だかここに来てからずっと、ジャックが俺を呼びにくそうにしているのが気になっていた。
俺が聞くと、ジャックは何だか申し訳無さそうな表情で困っていたが、意を決したのか息を吸う。
「いや、それなのだが実はな、この場所に来てから何故だかおま……セーダイ殿を“従者”呼ばわりしている自分が恥ずかしくなってな。
たかが貴族であると言うだけで、こうして俺は節制もせずにブクブクと肥え膨れ上がっているだろう?
それに比べて心身共に鍛えているセーダイ殿を下に見るのは、俺の心が弱く、セーダイ殿を妬んでいるから、身分の違いくらいしか上に立てるものは無いからといった、負の感情の裏返しではないかと気づいてしまってな。
何故こんなに恥ずかしい事を恥ずかしげもなくやっていたのかと、今猛省している所だ。
セーダイ殿、改めて申し訳なかった。
今までの無礼、どうか赦してほしい。」
何だか面食らってしまう。
もっとこう、ジャックならではの傲岸不遜な感じでいて欲しいところなのだが、これも“転移”の影響なのだろうか?
毒気がドンドン抜けて、もはや聖人君子のレベルにまで到達しようとしてやがる。
「あ、あの、念の為回復魔法と身体強化魔法をセーダイさんにかけさせていただいてもよろしいでしょうか……?」
カルーアちゃんからの申し出を、俺は喜んで受ける。
効きは悪いが、それでも無いよりは遥かにいい。
ツインテちゃんをキャッチしてからずっとお姫様だっこの体勢なのだ。
若干腰と腕が疲労で悲鳴を上げ始めていた。
「よ、よし、まだ魔法はちゃんと使える……。」
魔法がかかり、体力と疲労は回復し、ツインテちゃんを持つ腕が軽くなる。
その事を礼として伝えると、カルーアちゃんは1人安心したように呟く。
どうやらカルーアちゃんには実験の意味もあったらしい。
彼女は前から、信仰している神、ミードとやらへの信仰心が薄れているような事を言っていた。
つまり今は、表面的にはともかく本心ではミード教への信仰心を失っている、という事なのだろう。
「あん?何?セーダイさん?」
ちらりと見たミナンと目が合う。
俺達は何かを失ってしまう。
だがミナンは、少しずつ何かを思い出していた。
その法則に則っているなら、コイツもまた、何かを思い出しているはずだ。
「いや、何でもねぇ。
随分静かだなと思っていた所だ。」
「いや、ほら、可憐な乙女を抱き上げて行進中でしょ?
ツインテちゃんも浸ってるみたいだし、邪魔しちゃ悪いからさぁ〜。
ホラ、同じ乙女としての嗜み、ってヤツよ!
やぁっぱ、オッサンは女心が解ってないなぁ〜。」
表面上はいつものノリだ。
だが、確実に何かが違う。
身にまとう殺意?悪意?のようなモノが隠しきれずに滲み出ている。
記憶を持った完全な別人が、その記憶を使って演じているような気味の悪さを僅かに感じている。
ただ、この態度からすれば“今はまだ大人しくしている”ということなのだろうか?
他の仲間に心配をかけさせてもいけない。
俺も適当にミナンの軽口に付き合ってやりつつ、管理棟に入る。
流石に、というか管理棟の中まで入った時には、ツインテちゃんは“ヨッコイショ!”という掛け声と共に俺の肩に手をかけて曲芸のように飛び上がると、空中で一回転して音もなく着地する。
着地した後のポーズがVサインを横にして、目の脇に持ってきているのだが、何だか余裕がありすぎて逆に腹立つ。
<どうですかセーダイ?惚れ直しましタカ?>
「直すも何も、初めから惚れてねぇよ。」
駄目だ、話が脱線すると解っていてもツッコまざるを得ない。
だが、見かねたジャックが咳払いで空気を変えてくれる。
……何か、凄い空気が読める男になったな、コイツ。
「ゴホン、あー、30年経ったという話だが、先に帰還していたパッピルとやらも最近戻ったはずだろう?
ならば、その後シカルはどうしているのだ?
確かあの2つだけではヤツが欲するものは揃ってないと思ったが?」
<パッピルは現在から逆算して、おおよそ20年程前に帰還しておりマス。
その後、10年過ぎてシカルと共にその起動を停止しております。>
緊張が走る。
シカルは既に死んでいる?
俺達が闇の世界に行ってから10年後にパッピルは戻る、そこからもう10年経った所でシカルとパッピルはその命?まぁ何でも良い、死んでいるというのだ。
<はい、管理棟の生命確認では死んでおりマス。
しかし、シカルのいる“城”は現在も稼働しておりマス。
貴重な優良種としてシカルの死体を回収にいった魔導人形の一部が、シカル本人に破壊されている映像が残っておりマス。>
俺達は皆、狐につままれたような表情になっていただろう。
死んでいるのに、生きている?
ツインテちゃんは間違った知識や妙な事を言う魔導人形ではあるが、嘘は言わない。
で、あるならば、シカルは生き返った、という事か?
「その、“映像”って、見せてもらえる?」
妙に落ち着いた声でミナンがツインテちゃんに、その時の映像を要求する。
すぐにツインテちゃんの両目が光り、何もない空間に立体的な映像が映し出される。
それはシカルが害なす魔の杖を振るい、管理棟の魔導人形を次々と破壊しているシーン。
最後に写している魔導人形もやられたのか、一瞬のノイズと共に映像が消える。
もう一度、最初から同じ映像が映し出される。
「アイツ、害なす魔の杖は使えないはずじゃ……?」
「それもだけどオッサン、良く見てよ。
コイツ、若すぎない?」
言われて気付く。
俺達が会ったシカルは青年、ともすれば壮年に差し掛かるくらいの年齢だった。
シカルの死を確認したから回収に向かったのだとしたら、俺達が最後に見てから20年は経過している。
だとしたら老年と言っても過言ではない年齢になっている筈だ。
だが映像のシカルは青年……いや、ともすれば少年と言っても通用するくらいには、幼い顔をしていた。




