491:干渉
<セセ、セーダイ、お伝えしたい事がゴザザザ……イマス。>
階段を駆け下りている最中、パッピルからノイズ混じりの音声。
その表情は変わらず無表情だが、あまり良くない状態になりつつあるのは感じている。
「何だ?無理して喋るなよ?」
<サササ先程の、ミナンの行動に関しテデス。
彼女は何故、自身で持ち上げられないと解っていながら、蛇の頭を持ち上げたのでショウカ?>
その疑問に、俺は言葉を失う。
小さな違和感を感じてはいた。
焦っていたから自分でやろうとした?
いや違う。
焦ってはいたかも知れないが、あぁ見えてミナンも冒険者だ。
重傷をおった人間を下手に動かせば、その傷口はより開き悪化する。
だから回復役がいない場合は、極力その場で負傷者を動かさずに、応急手当のような初期対応をする事が求められる。
また毒などが回る一刻を争う状況でも、基本は1人で解決しようとせず、仲間と協力する事が求められる。
だから仲間は重要なのだと、負傷者を救助するだけでなく編成の基本として、冒険者学校で真っ先に、そして念入りに習うことだ。
パッピルの事を魔導人形と割り切っていれば、“人間とは違うから”という判断でアレをやったと言うのもあり得る。
だが、ミナンはそれこそパッピルをゴーレムとして扱ってはいなかった。
何なら、俺の方がモノ扱いしていた程だ。
俺の沈黙を見て、珍しくパッピルが片頬を上げ、笑いの表情を取る。
<セセセセーダイが、……ソレを疑問にオオオ思っている事ガガガ解りマシタ。
お伝えシシシしたかっタノハ、以上デス。>
そう言うと、パッピルは元の無表情に戻り目を閉じる。
活動停止したのかと少しだけ焦ったが、傷口から覗く良くわからない粘性の何かがウネウネと動いているのを見て、まだ停止していないと安心する。
「待ってろ、すぐに絶望の匣とやらを確保してやるからな。」
地下10階は、それまでと違い魔物の存在を感じられなかった。
それどころか、酷く神聖な空気すら感じたほどだ。
近代的なコンクリート造りで、どう光らせているか解らない明るい通路。
何か這った跡や足跡はあるが、それは産み出された魔獣が通った跡だろうと推測できる。
「この足跡を辿っていけば、例の匣とやらに辿り着けそうだな。」
「さっきと同じ黄色い多頭蛇がこっち来るよ。
ちょっと隠れた方が良いかも。」
ジャックが痕跡を調べていると、先行していたミナンが急いでこちらに駆け寄ってくる。
俺達は今までと同じ様に、痕跡が残っていない通路、ちょうど鍵のかかっていない小部屋を見つけたので、そこに退避する。
退避すした直後に、俺達でも解るほどのシュルシュルといった蛇が移動している擦れた音が聞こえてきた。
皆、解ってはいても緊張した面持ちで音を立てぬように沈黙して屈む。
「……通り過ぎたみたい。」
暫くの沈黙の後、音が聞こえなくなって少し経ってから、ミナンが耳を澄ますのを止める。
「ハァ……またあの怪物と戦うのかとビックリしました。」
「恐らくは、俺達が倒した事による迷宮の再生産が発生したのであろうな。
アレは他の化け物とは桁が違ったが、こうも簡単に産み出せるモノなのか……?」
安心して少し気が抜けたのか、先程の多頭蛇の考察をしたいのか、5分ほどの小休止をジャックが提案し、急いでいるからこそ立て直す事の重要性を知っている俺達は、特に異論無くその意見を採用する。
小休止と言っても、本当に休むわけではない。
魔法鞄から消耗品をすぐ使えるベルトへ補充し直し、武器や防具に異変がないかを検める。
そんな時間の事だからだ。
「カルーア、まだ魔力に余裕はあるか?
気休めかもしれんが、パッピルに回復魔法を頼む。
ミナン、準備が終わっているなら俺と一緒にカルーアへの魔力融通をするぞ。
従者はこの部屋に使えるものがないか探してみよ。
何もないだろうが、何かあればラッキーだ。」
こういう時のジャックは非常に心強い。
テキパキとやる事を決め、周囲に采配していく。
俺も言われた通りに部屋を漁り始める。
この部屋は誰かの私室……というにはあまりにも殺風景で、仮眠室とか休憩室という方がしっくり来るくらい、何も無かった。
奥の壁掛けにハンガーがかかっており、そこには白衣のようなものが吊り下がっていたが、俺が触れた瞬間砂のように崩れて床に舞っていた。
机らしきモノの引き出しには何も無し。
ベッドは今パッピルを横にさせているが、カルーアちゃん達が何がする度に、シーツやら何やらがハンガーの白衣と同じ様に崩れて、残骸が床に落ちている。
後は机の左隣にある本棚くらいか。
本棚の方はそれなりに本が詰まっているが、どれも持ち上げようとすると砂のように崩れる。
どういう時代なのか解らないが、羊皮や草を使った紙では無い素材なのだろうか?
これ以上崩すのはと思いながら背表紙のタイトルを見ると、妙に真新しい黒い背表紙の本がある事に気付く。
さっき見た時は、こんな本は無かったような気がするが……。
そう思い目を向け、そのタイトルにギョッとする。
“田園勢大の一生”
こんな本がある筈がない。
頭では解っていても震える指で、その本を引き出す。
その本は他の本と違い、持ち上げて中を広げても崩れることはなかった。
(何だこれ……真っ白?)
パラパラと何枚かページをめくるが、白紙のページがあるだけだ。
“何だ、脅かしやがって”と思った次の瞬間、白紙のページに黒い線がウネウネと蠢きながら見え始める。
(……どうなってやがるんだ?)
“勢大へ、干渉・激し・・手短に。
勢大の想像通り、ニノマエは・・・す。
ニノマエ・ヨシツグの目的は・・・を・・ことにあります。
相当に・・・・るようです。
ミナ・・こちらに・・・・ては、・・・・の争いが始まり危険な・・・・・・・・・れます。
また、害なす魔の杖と絶望の匣の他に必要な御座所への鍵とはすなわち・・・、もしくは・・・・・・する原初の混沌・・・・・・・・他なりません。
勢大の記憶を吸い上げ、・・・・・・・・・・・・・・を狙っています。
貴方は今危険な・・・います。
気をつけて。
こちらに向かう時は、・・・・・兎の巣穴を通って下さい。
貴方・・・あれば、記憶の・・・・・・・・ます。
貴方の相棒より。”
要所要所が虫食いのように文字が乱れ読めないが、どうやら俺はヤバい状態にいるらしい。
だが、向こうも大変だろうに、こんな連絡を送ってきやがって。
心の奥に、熱いものが満たされていく。
「何ジッと読んでるの?」
「うわっ!?」
突然、脇からミナンに声をかけられ、驚いて本を取り落としてしまう。
落とした拍子に、黒い本はそれまでの別の本と同じ様に、砂のように崩れて原型を失ってしまう。
「あ、ゴ、ゴメン、驚かせるつもりじゃ……。
でも、何か収穫あった?」
「い、いや、……どうにか読めないかと夢中になっててな、スマンスマン。」
何となく、今の事は伏せておいたほうが良いような気がしていた。
それとなく誤魔化していると、ジャックから小休止の終わりが告げられ、またパッピルを担ぐように声がかかる。
慌ててパッピルの元に飛んでいく俺の後ろで、崩れた本の残骸を冷たい目で見つめるミナンには、気付く筈も無かった。




