490:カウントダウン
「パッピルちゃん!?大丈夫!?」
ミナンが駆け寄り、動かなくなった多頭蛇の牙を抜こうと苦戦している。
毒気を吸い込んでいた俺達も、カルーアちゃんに解毒をかけてもらい遅れて合流する。
「ミナン!俺が代わる!」
多頭蛇の頭は、蛇とはいえ2メートルはゆうに超える横幅があり、しかも岩みたいに重い。
身軽さと早さがウリのミナンには、カルーアちゃんの身体強化無しで持ち上げるのは、至難の業だろう。
現に、下手に動かしていたからか、パッピルの傷口が広がってしまっている。
「もういい!そこを押さえていてくれ!
ゆっくり持ち上げるからな!
行くぞ!?」
カルーアちゃんに身体強化をかけてもらいつつ、全力でゆっくりと持ち上げ始める。
多頭蛇の牙はパッピルの右肩、そして左の腹部に深々と突き刺さっていた。
しかも厄介なことに、下の牙も似たような位置に突き刺さっている。
上の牙を抜き取った後で、下の牙からも抜き取らなければならないのだ。
あまり刺さった牙を抜き取ろうと動かしたくはないが、相手は毒持ちだ。
刺したままにはしておけない。
「よし、上の牙は抜き取れた!
従者よ、もう少しその頭を持ち上げ続けてろ!
こうして体を……持ち上げて……。」
ジャックがパッピルの体を抱き起こし、下の牙を抜き取り運び出す。
持ち上げた口の中を見てみれば、喉辺りから脳天にかけて害なす魔の杖が突き刺さっている。
どうやらパッピルは、噛みつかれながらも冷静に反撃していたらしい。
害なす魔の杖の持ち手を掴み、抜き取る。
改めて見ると刀身は黒く、刃の部分に溝のようなものがあるのが見える。
ここから、この剣に内包されている魔力を炎に変えているのだろう。
とはいえ起動させる為の魔力すら無い俺には、唯のナマクラと変わらない。
<キキキ機能、カカカ回復……中……。>
<レーヴァテイン・プログラムに損傷が発生、直ちに管理棟保守責任者か、お近くのサポートセンターまでご連絡下さい。
レーヴァテイン・プログラムに損傷が発生、直ちに……。>
突然壊れたレコードの様に同じ言葉を発するパッピルに、カルーアちゃんとジャックは困惑している。
俺とミナンは、多分同じ様に“壊れた家電みたいだな”と思っているのか、ただただ厳しい表情でパッピルを見下ろすだけだ。
「どうしよう、オッサン、その剣渡してみたら治ったりしないかな?」
ミナンが、俺が手に持っている剣を指差す。
確かに、繰り返している内容を聞くに、その可能性は否定できない。
少しだけ、さっきの笑い声が気にはなっていた。
カルーアちゃんは俺が盾で守っていたこともあり、俺の後ろにいた。
だがあの声は、本当に微かに聞こえただけだが、確実に俺の後ろから聞こえてはいないと言える。
あの時、俺達から離れていたのはパッピルとミナンだ。
パッピルが故障したから、そういう音声が漏れ出ただけとも思えるが、そうでないとしたら。
いや、或いはここにいない別の誰か、という可能性も有りうるのか?
「な、なぁミナン、さっき誰か女の笑い声みたいなものが聞こえなかったか?」
「はぁ?
この非常事態に、何バカなこと言ってるのオッサン。
いいから早く試してみなよ。」
ミナンにしては珍しく声を荒げる。
その表情は不安が広がっており、何とか回復する方法を必死に考えている様子が伺える。
「あ、あぁ、スマン。」
害なす魔の杖を、パッピルに握らせる。
先程持ってみて思っていたのだが、この武器は恐らく持ち主の魔力を増幅させる、武器というか魔導具なのではないか。
増幅した魔力で炎を形成し、それが武器として使われているのではないか。
そんな感想を持っていた。
ただ、それでは全力を出した時のパッピルのダメージが説明つかない。
俺くらいの頭じゃ、何のために使うのか上手く想像できないようだ。
そんな事を考えながらパッピルの容態を伺っていると、先程までの言葉は止まり、眼球が激しく動き始めていた。
<システムリブート、チェック……エラー、チェック……オーケー。>
まるで古いパソコンが再起動をかけているかのように、ゆっくりと着実にシステムチェックと状態回復が行われていく。
これだけ見ると機械人形の様にも感じるが、傷口から見える得体の知れないウネウネとのたうつ謎の生物的なモノや、潤滑油や血液に相当する液体が全く流れないのに滑らかに動く関節や柔らかな皮膚を見ると、やはり魔導術で動いているのだと認識させられる。
“高度に発達した科学は魔法と変わらない”という言葉を聞いた事があるが、ならばこれは“高度に発達した魔法は科学と変わらない”という事なのだろうか。
<システム、再起動シマシタ。
早速ですが皆様申し訳ありマセン、被害が許容範囲を超えマシタ。
このままデハ、後1時間もしない内に光の庭に転送さレマス。>
一気に緊張が走る。
時間的な余裕はまだあると思っていたが、どうやらそんな事を言っていられない。
ここにある絶望の匣は、害なす魔の杖でないと回収出来ないと言われて来たのだ。
このままパッピルを帰してしまえば、俺達の目的が失われる。
「やべぇ!全力で下の階に向かうぞ!」
俺の怒号で、皆急いで荷物を回収に向かう。
<セ、セーダイ。
あの蛇の体を調べて下サイ。
先程、武器を見かけマシタ。>
今それどころじゃないだろう、と言いかけて、パッピルの目に気圧される。
魔導人形の筈のパッピルから、強い意志の力を感じたからだ。
「チクショウ!解ったよ!」
急いで多頭蛇の元に走り、胴体を持ち上げる。
胴体の下には、先端を尖らせた黒い警棒の様なモノが落ちていた。
(でっかい針?……いや、点穴針ってヤツに似てるな。)
何だか良くわからないが、パッピルが見つけた戦利品には違いない。
急いで拾い、とりあえずパッピルの元に戻りつつ、近くに突き刺していた盾の裏側にしまっておく。
盾の裏側には剣やこん棒を差しておくホルダーがあり、ちょうどそこにスッポリと収まってくれた。
「何やってる従者よ!
急いでパッピルを担いで来い!」
「わーってるよ!
今そっちに行く!!」
盾を留め具に引っ掛けて背負い、パッピルを抱きかかえると、急いで階段に向かう。
<フ、フフ、これがデータベースにアッタ、“お姫様抱っこ”というモノデスネ。
あの小生意気な新型機ニ、良い土産話が出来マシタ……。>
「あ?何か言ったか!?」
必死に走る中、パッピルが何かを呟いていた。
走った衝撃で何か障害が起きたかと思ったが、そうではないようだ。
魔導人形共は何を考えているか、俺にはいまいち読めない。
「全く、次から次へと厄介な事ばかりだ!」
俺はボヤきながらも、仲間の後を追って階段を駆け下りていた。




