48:情報共有は大事
「ほ、本日はお招きいただきまして、真にあり、ありがとうございまひゅ。」
リリィはん、メチャメチャ噛んではりますえ。
この世界も1週間は7日のようであり、曜日も元の世界と変わりは無かった。
週末の土曜は講義は半日で終わり、日曜はお休みという感じだ。
週末土曜の午後、俺達はサラ・ロズノワル公爵令嬢の部屋に招待されていた。
いわゆる貴族にありがちな“お茶会”と言うやつでは無く、単に学友を呼んでおしゃべりがしたい、と言う名目でだった。
つまりは“過度に着飾らないで、普段通りにしてほしい。”という要望だろう。
リリィもそう言われていたのか、或いはそれが解っているのか、そこそこ良いデザインではあるが平服の域を出ない装いだった。
まぁ先の挨拶でもわかる通り、向かうまでもぎこちなかったりしたのだが、それが何だか娘を見ているようで微笑ましかった。
まぁ本人には言えないが。
しかし流石公爵令嬢、“部屋”といったが、それは最早屋敷だ。
この学院、敷地内部は魔術により空間が広げられているらしく、ほぼ街に等しい面積を内包している。
その為、公爵令嬢が済む寮部屋は、彼女の実家に近い面積を持つ屋敷丸々1つと言うわけだ。
当然、俺達が案内されたのも彼女の部屋ではなく、応接の間の様なところだ。
……現代日本にこれがあれば、不動産バブルがまた起きそうだ。
「そんなに畏まらないで下さいな。
いつもこの屋敷に使用人の皆と住んでいるだけで、寂しかったんですのよ。」
サラ・ロズノワルはそう言うとリリィを優しく抱擁していた。
彼女も薄い赤を基調とした平服だが、その美貌もあいまってまるでドレスかと錯覚させる。
真っ赤になってワタワタするリリィを横目に見ながら、俺は(くっ!俺が女だったら絶対今、“アラアラまぁまぁ”とか言えるチャンスだったのに!!)と入口近くで直立不動のまま心の中で悶えていたが、それを表に出すのは必死に我慢した。
美しく寄り添う花の間に割り込むなど、紳士にあるまじき行為だ。
「サラ!今日はここにいるのだろう。
入っても良いかな?」
花に割り込もうとする虫に一瞬殺意が芽生えそうになったが、すぐに平静を保つ。
第二王子がよく通る良い声でそう言いながら、入口の扉をノックしている。
「お嬢様、ジョン殿下とアーク卿、ハミルトン卿のお三方がお目見えです。」
「アラ、お邪魔虫も来ちゃいましたか。」
サラが彼女の執事に合図し、第二王子を迎え入れる。
入ってきたのは第二王子だけではなかった。
「申し訳ありません、ロズノワル公爵令嬢、ジョンのヤツを止めてたんですが……。」
「おいおいアーク、お前だってジョンがサラの所に行くって言った時に、“貴方一人では行かせません”とか言ってたじゃねぇか。」
「アーク、ハミルトン、二人ともその辺にしておけよ。サラがまた怒るぞ。」
ええと、ジョンが第二王子で、アークが経済宰相の息子で、最後に入ってきたのがハミルトンだから、アイツが魔道宰相の息子か。
全員顔の周りに花の幻覚が見えるくらい美形で、一度見たらそうそう忘れられなさそうなんだけど、いっぺんに出てこられるとおっさん困るんよ。
名前覚えるの苦手やねん。
「あーあ、折角リリィさんと楽しい乙女の恋バナがしたかったのに、不粋な殿方達ですわね。ねぇリリィさん?」
「わ、私は別に、大丈夫です。」
はいリリィ可愛い~。俺の勝ち~!
等と意味のわからない事を思いながらも、注目しすぎないように和気あいあいとお茶を交え談笑する5人を見る。
ゲームではリリィが主人公となり、サラ・ロズノワルの意地悪に耐えながらこの三人+騎士団長の息子とのラブストーリーが展開されるはずだが、この風景を見るとどうにも前提が崩れている気がする。
どちらかと言えばサラ・ロズノワルはリリィを好意的な意味で気にかけているし、三人はどうもサラ・ロズノワルに気があるようにも見える。
そもそも騎士団長の息子はこの場にいない。
「テレーズ、皆のために新しいお茶を入れてくれるかしら。
それと……、ごめんなさいリリィ、お菓子を運びたいのだけれど、貴方の執事さんをお借りしても良いかしら?」
彼女が使用人にお茶を準備させている間に、彼女お手製だというお菓子を振る舞うことになったらしい。
サラに良いところを見せようと皆が“では俺が手伝おう”“いえ私が”と言い合っていたが、結果的には俺が運ぶ事になるよう、サラに押し切られていた。
リリィも状況が解っていなかったので、俺がアイコンタクトで“任せろ”と伝えていた。
「ごめんなさいね、ちょっと厨房に隠してあるから、私が案内します。」
多分この瞬間を狙っていたのだろう。
素直に後をついて行く。
「……私のことは、どこまで理解していますか?」
廊下を歩き出してすぐ、そんな質問が飛んできた。
中々頭が良い。
やはり俺に目星を付けていたようだ。
「……恐らく転生者、クソゲー大賞になったゲームの世界、それと、アンタの役割が“どうあがいても絶望”って位かな。」
それを聞いた彼女は、少し苦笑交じりに笑っていた。
「そうなんですよ、酷い役どころだと思いません?
生前よく遊んでいたゲームが、攻略サイトを見たらクソゲーだったと知ったときのあの気持ちに似ていますわ。
しかも自分が主人公でなくて、全てのルートで待ち受けるのが死亡イベントのみの悪役令嬢だったんですよ?」
俺もつられて笑う。
確かに、何とも酷い運命だ。
だが、理不尽を感じているなら丁度良いかも知れない。
俺は、自分に起きたことをある程度かいつまんで話した。
事故のこと。
神を自称する少年のこと。
転生者を殺して世界を再編したこと。
別の世界では転生者をそのままにして、神との繋がりを絶ったこと。
そしてその際に、転生者を元の世界に戻す方法も見つけていたこと。
厨房につく頃には、あらかた話し終えていた。
「……と言うわけだ。
アンタが望むなら、元の世界で死ぬ直前まで戻してやれる。
そしてその死因も恐らくは無かったことになっているはずだ。
事故であればその事故は起きない。
病死であればその病はなくなっている。
老衰だとわからんが、それでもすぐにポックリ逝くことは無いと推測している。
どうかね?悪い話ではないと思うが?」
アタル君の世界で俺が見たのはそれだった。
転生者は元の世界に戻れるのだ。
しかも俺の場合と違って、戻った段階である程度事象が書き換わるおまけ付きだ。
元の世界に執着があるかこの世界が酷すぎるなら、充分選択肢になる。
まぁ、元の世界での経済的な意味で生活が詰んでいた場合は、生き返っても詰んでいることには変わりないだろうが。
彼女はほんの一瞬だけ、悲しそうな、寂しそうな表情を浮かべた。
何故その表情なのかは、俺には解らなかったが。
「その場合、ここの世界はどうなるんでしょうね?」
「恐らく、君が来る前の世界にロールバックされるんじゃないかと思う。
その時神を自称するモノが管理してるなら、また別の転生者の箱庭になる可能性が高い。
だが神との繋がりを断ち切った場合は、そのまま独自の進化を続けていくんじゃないかな。」
彼女は目を閉じて、何かを考えているようだった。
恐らくは今、転生前の人生と、転生後の人生を思い出しているのだろう。
出来るなら、転生者の意志を尊重したい。
目を開いた彼女が俺を見る。
その落ち着いた光を宿す瞳を見たときに、大体の想像はついた。
「では、今度は私の話を聞いていただけますか。
改めまして、私の以前の名前は国分寺 西と申します。」
覚悟は出来た。
さて、どんな話が飛び出すやら。




