488:ダンジョン・アタック
<熊型の魔獣が今しがた出テイキ、森へと姿を消しマシタ。
行くなら今デス。>
パッピルの言葉に、皆頷く。
縄梯子を屋上から下し、順々に降り立つ。
最後に残ったパッピルは縄梯子を引き上げ、代わりに建築物に巻き付いていた蔦を利用したロープをたらして滑り降り、地面につくと強く引っ張る事で簡単には上に登れないようにしておく。
まぁ、基本上に戻ることはないだろうが、そのままにしておいて変な魔獣に住み着かれ、いつかここを訪れた誰かが、上から魔獣に奇襲攻撃される、なんて事は避けておきたい。
それで自分達が不便になっても困るが、冒険者たるものある程度は、“次の冒険者のために”という事も考えねばならないのだ。
「順番はいつも通り、ミナン、俺、カルーア、ジャックの順で、戦闘になれば前列俺とジャック、後列カルーアとミナンで行くぞ、いいな。」
全員静かに頷くと、探索隊列を組んで建築物の中に入る。
しばらく人が入った事がないからか、地下に降りていく階段からして、光を放つ“ヒカリゴケ”の存在が少ない。
天井にはそれなりに繁殖しているが、壁面や地面は魔獣によって踏み荒らされていたり壁に擦り落とされたりしたためか、殆ど残っていない。
周辺はそれなりに見渡せるが、奥は見通せない。
「火を使うから、片目だけは閉じておいて。」
ミナンも、このままでは危険と判断したようだ。
素早く松明を作ると火をつける。
周囲がより明るくなり、明るくなった周囲に対しての安心感と、濃くなった闇に対しての不安感が増す。
頼りない松明の火は、まるで俺達の旅路そのもののように感じられていた。
そんな心許ない松明に誘われるように、俺達は奥を目指す。
随分と進んだ時に、突如ミナンが動きを止める。
曲がり角から、その先の空間を静かに警戒している。
「……下に降りる階段あり、近くに動かない二頭獅子が1体。」
「階層守護者か……。」
小声で伝わった情報から、すぐに把握する。
大抵の迷宮では、次の階層に向かう前に守護者がいる事が多い。
二頭獅子はその名の通り、2つの頭を持つ獅子のような魔獣だ。
厄介な事にそれぞれの頭は火炎系のブレスと氷系のブレスが得意であり、しかも、氷系が得意な方の頭は状態異常系の咆哮も使ってくる。
そのため最優先で倒すべきなのは氷系の方なのだが、どちらがそれかは、正直やられるまで解らない。
「……とはいえ、やらなきゃ先へは進めねぇか。
いつも通り行くぞ。他に魔獣の気配は?」
「大丈夫、この辺にいるのはあいつだけだよ。」
盾を前にかざし、閉じていた片目も開くと対象をしっかりと夜目を効かせつつ捉え、雄叫びを上げて飛び出す。
「ウォォォォ!!」
飛び起きた二頭獅子は、自身の眠りを妨げた乱入者を二つの頭で睨み、同時に口を開く。
向かって右の首は咆哮を、左の首は炎のブレスを吹きかけてくる。
咆哮を浴びた俺は、一瞬足が痺れて止まる。
なるほど、拘束の状態異常か。
冷静に状況を分析しつつ、その後に吹きかけられる炎の風を盾で受け止める。
「もらったぁ!“風よ、切り裂け”!」
ジャックの風魔法が見えない刃と化し、二頭獅子の右側の首を切り裂く。
「どうだ魔獣め!
正義の魔法を思い知っ……アチ!アチチ!」
「バカ!何やってるのよ!」
勝ち名乗りをあげようとしたジャックを、炎のブレスが襲っていた。
そんなジャックを尻目に、何もない空間に魔力で作った足場を駆け抜け、ミナンが双剣を踊らせる。
二頭獅子に残ったもう片方の首元に斬撃が舞い、遂には二本の短剣が突き刺さる事でその動きを止めた。
「もう、バカジャック!カッコつけるなら安全になってからやれっての!」
「す、すまん……。」
「ハイ、そんな事より怪我してないですか?
怪我してたら回復しておきますよ?」
パーティとしては元の調子を取り戻していた。
その事に少しだけホッとしつつ、今倒した魔獣に目をやる。
パッピルが心臓部を切り裂き、抱えるほどの魔原石を取り出していた。
<予定回収物デス。
本当に肉の類は採取しなくてよろしいデスカ?>
「あ、あぁ、時間がないからな。
もし何か武装の類が落ちていればそれも回収してほしいが、基本は魔原石だけだ。
すぐに移動するぞ。」
全員の緊張感がまた戻ってくる。
ゆっくりと、しかし確実に俺達は下の階層へと歩を進める。
この迷宮自体、異常な魔力の濃さを持っているらしい。
そのため俺達、いや、俺以外はあまり疲労を感じていない様だった。
使った側から魔力が補充される様なものらしく、それは疲労感といった感情にも影響するらしい。
<……時にセーダイ、質問なのデスガ。
既にこの迷宮に突入してから1日以上経過してイマス。
人間ハ、そこまで長時間活動できる個体ではないと認識していマスガ?>
この時、パッピルがいて本当に良かった。
パッピルが発した警告で、俺達は24時間以上進み続けている事が判明した。
先の、濃すぎる魔力が原因だろう。
疲労感を奪われているからこそ、肉体には気付かない疲労が蓄積していく。
もし仮に、次の階層守護者とでも戦おうものなら、肉体の疲労から予想外のミスが発生していたかも知れない。
ゲームならセーブポイントからリスタートすればいいだけだが、これは現実だ。
ワンミスがそのままゲームオーバーに繋がる。
ゾッとした俺達は、急いで休憩出来そうなポイントを探す。
幸いな事に、階層守護者がいそうな開けた空間から少し外れた所に、清浄な水が湧き出している小さな泉を見つけた。
竈のようなモノが見つかったりと、構造から見て昔の炊事場か何かなのかも知れない。
何にせよ、出口に向かうには少し道を外れすぎている。
よっぽどのひねくれ者の魔獣でもない限りは、こちらには来る事はない。
ジャックが書いている地図を見ても、どう見ても出口に向かうには不要な通路だ。
ここから産まれる魔獣は、これまでの遭遇経験から“まるで頭の中に地図でもあるかのよう”な思考で、まずは出口を目指す。
今は地下9階だったはずだが、その特性がわかる地下5階くらいまではやたらと戦闘をしていた。
ある時ミナンが何気なく、お宝の匂いがすると脇道にそれた時に魔獣とすれ違いかけて、この事を発見したのだ。
それ以降、極力戦闘を避けて移動し続け、ここまでたどり着いていたのだ。
……あ、もちろんお宝などは無かった。
「やれやれ、まさか1日以上戦い続けて移動し続けていたとはな。
どうも、妙に体が重いなと思っていたところだ。」
「アンタのそれは体型からだろ?
騎士様目指すんなら、ちょっとは痩せなよジャック。」
ミナンのツッコミに、いつもなら“ワッハッハ、この体型は富の象徴だ”とか言って大笑いするジャックだが、今は“そ、そうか、痩せなければな……”と真に受けている。
ミナンもやや呆れ気味で、その顔には“いじり甲斐が無い”と有り有りと書いてある。
好青年になったが、なんともな、と、俺も苦笑いする。
元の世界の古い川柳にも、“白河の、清きに魚も耐えかねて、元の濁りの田沼恋しや”なんて詩もあるくらいだ。
清廉潔白なだけの人間も考えものかも知れんな、と、食事の支度をしながら、落ち込むジャックを見ていた。




