486:秘宝を求めて
「……行く?」
「まだ待て。」
大地を揺るがす規則的な轟音。
それは動物と言うよりは、もはや小高い丘と言ってもいいだろう。
あらゆるモノをなぎ倒し、少しずつこちらに向かってくる巨大な亀の様な魔獣。
背の高い木のてっぺんで弓を構えるミナンと、観測手として隣にいる俺。
「風速穏やかなれどやや強め。
狙うなら、目標の頭一個分くらい左上を狙え。」
キィン、という、甲高い金属の音がなる。
アチラの準備も終わったらしい。
「今だ、やれ。」
俺の声を合図に、ミナンは引き絞っていた弓の弦を離す。
限界まで引き絞られていた弦は、つがえていた矢を勢い良く吐き出す。
矢尻が空を引き裂き、風に少しだけ押されながら曲射の弧を描く。
「ーーーー!?」
放たれた矢は予定通り亀の様な魔獣の目に突き刺さり、体液を撒き散らしながら悲鳴を上げ、上へとのけぞる。
「“風よ、鋭く突き抜けよ”!風の槍」
魔法による可視化された風が槍状の塊となり、のけぞった魔獣の首元から胎内へと突き破って進む。
「“ミードよ、彼の者に力を”!身体強化!」
<害なす魔の杖・切断撃>
身体強化されたパッピルが空を駆け、炎の軌跡と共に魔獣の首に害なす魔の杖を振り下ろす。
喉元から胎内に攻撃をくらい、動きが鈍くなっていた魔獣は振り下ろされる魔剣をかわす事も出来ず、首と胴体が綺麗に切り離されて沈黙した。
「やれやれ、もうこれで何匹目だ?」
皆、疲労が顔に浮かんでいる。
俺の軽口に、もはや答える元気は無さそうだ。
<陸亀竜の合計という意味デハ、これで6体目デス。
本日の魔獣遭遇回数という意味デハ、これで11回目となリマス。
両方の意味でシタラ、……。>
「あぁ、うん、俺が悪かった。
それくらいで良いよ。」
むしろ聞くんじゃなかった。
回数を聞いてしまうと、何となく俺も疲労感を感じてしまう。
「……しかし、こんなにも大変だったとはな。
てっきり、もっと楽な押し込み強盗だと思ったんだがよ。」
「従者よ、馬鹿なことを言うな。
我等の目的はこの世界の人々の悲願と同義であり、人々のための探索だ。
決して盗賊まがいなどではないぞ?」
ジャックが大真面目な表情で俺に説教をするが、少し前のお前はそんな事ばかりだったろうが、と、ツッコミを入れたくなる。
まぁ、入れた所で“そんな事あったか?”と、またしても大真面目に返されるのが解っていたので、別に言う事はなかったが。
あの、悪い貴族の行動を固めたかのようにいい加減だったジャックは困りものだったが、どこかユーモラスだった。
今は何となくだが、からかい甲斐がない。
何お前“昔はヤンチャしてました”みたいな落ち着き見せてやがるんだ。
「でもさぁ、本当にこっちで合ってるのぉ?
何か、どんどん敵と出会う確率増えてるし、アタシの索敵だと、もうこの辺魔獣がウジャウジャいて気持ち悪いんだけど?」
文句を言いながらも、陸亀竜の可食部を切り捌いていくミナン。
流石に6体目ともなると手際が良い。
<間違いありマセン。
害なす魔の杖の反応モ、次第に強くなってイマス。>
「……伝承では、“魔王の秘宝”、つまりは絶望の匣だと思うんですが、それは魔王が倒された後でも、延々と魔獣を産み出し続けたと言われています。
だから多分、魔獣との遭遇が多くなっているという事は、合っているんだと思います。」
疲れた顔で、パッピルの言葉を裏付けるカルーアちゃん。
それを聞いて、ミナンは“解ってるわよ、言ってみただけ”と拗ねる。
ただ、流石に俺も含めて、ミナンをそれ以上からかう気力はなかった。
あの時、この世界に残る唯一の王国、そこの軍隊から追われるように飛び出した俺達は、もう2ヶ月以上、絶望の匣を回収するための旅を続けていた。
最初の方は前線基地もあったため人間らしい生活も出来ていたが、かなり奥地まで進んでいる現在、保存食も底をつきていたので、こうして魔獣を倒してはその肉を食いつつ、前に進んでいた。
「よし、あらかた剥ぎ取り終わったな。
それじゃあ、急いでこの場を離れるとするか。」
<複数の魔獣の反応があリマス。>
やれやれ、言ったそばからだ。
俺達は即座に茂みに隠れ、そのまま音を立てないように注意しながら先へ進む。
後ろでは、鉢合わせたらしい魔獣の群れ同士が、目の前の獲物にありつこうと争う音が聞こえる。
「……ねぇ、少し先に何か変な建物があるよ?」
木の上に登り周囲を見渡していたミナンが、降りてきて俺達にそう声をかける。
彼女の指差す方を見れば、深い森の中に、微かに石造りの屋根のようなものが顔を覗かせていた。
「……遂に目的地かね?
まぁ、そうでなかったとしても、屋根のある所で寝るのは久しぶりだ。
行ってみようぜ。」
全員異論はない。
俺達はまた、これまでの道中もそうしてきたように、極力音を立てないように静かに茂みを進む。
“世界を解放する使命を帯びた勇者御一行様というよりは、暗殺者の集団だな、こりゃ”
そんな事を思いながら、背負った大盾の位置を直す。
この棺の蓋に似た大盾、見てくれはあまり良くないがそれなりに業物だったようだ。
それこそ、最初の方ではあの陸亀竜の突進を食い止めたりもしたが、傷一つついてはいない。
“もしかしたら伝説級の盾かも知れない”と皆で話し合ってはいたが、このパーティでは誰も鑑定士がいないため真相は不明だ。
何にせよ、乱暴に扱っても傷一つつかないため、今この状況では有り難い。
<害なす魔の杖ガ、これまでに無い反応を見せてイマス。
恐ラクハ、ここで間違い無イカト。>
目的の建物近くまで来た時に、不意にパッピルがそう告げる。
そうしてパッピルが器用に身を翻らせ、ロングスカートの中から魔剣を抜き放つ。
魔剣の刀身、そこに刻まれている文字らしきモノが、パッピルが起動してもいないのに光を放っていた。
「マジかよ。……じゃあここが、マジモンで最終迷宮なのかよ。」
近付いたその建物を、俺は見上げる。
切り出した巨大な石を積み上げて建てられたその建物は、古代の神殿の様にも見える。
誰がどうやって何の目的で建てたのかは不明だが、きっと建てられた当時は純白の、それこそ神殿のような威容をかもしていたのだと思う。
だが、今となっては雑草が生い茂り蔦が絡まり、挙げ句に周囲に立つ巨木がその姿を覆い隠すという、朽ち果てた廃墟となり果てていた。




