481:違和感
「……なるほどねぇ、しかしマジであるとはなぁ。」
目の前の転送陣を見ながら、俺はため息をつく。
ここは管理棟の地下一階。
ツインテちゃんから“そう言えば開けてはならないと命令されている扉が地下にある”と言われ、俺達は管理棟に戻っていた。
そうして案内され、ツインテちゃん達魔導人形には命令で開けられないといった扉を俺達で開けた所、目の前に淡く光る転送陣を見つけたのだ。
「……凄いですね、この転送陣。
こんな精密な魔力操作……本当に人間が作ったとは思えない出来です。
確かにこれ、セーダイさんが持っている御守を鍵として、何処かに転移する様に設計されてますね。」
カルーアちゃんがひとしきり魔法陣を調べ、ただただ感嘆の声を漏らしている。
-ハッハッハ、それはそうだ。
何せ、それを作ったのは俺の曾祖父さんだからな!-
パッピルから、シカルの声が聞こえる。
今現在、パッピルはシカルと同調していた。
闇の庭に行っても、害なす魔の杖が無ければイチロー氏と同じ結果になってしまう。
だから害なす魔の杖だけを預かろうとしたところ、“いくら何でもそこまでお前等を信用すると思っているのか?”と、その使い手であるパッピルごと俺達に同行させる事を条件としたのだ。
“向こうの世界に行けば、いくらパッピルといえども倒せるかも知れんぞ?”と脅してみたが、それも対策されていた。
俺の御守、帰還の護符のこの世界版を、パッピルに施したというのだ。
しかもイチロー・モートが急ごしらえで闇の庭で作ったものと違い、転送陣も合わせてパッピルに仕込まれているらしい。
コイツ単体で転送することが可能という事は、危険を感じたらすぐにこちらの世界に戻って来られるという事だ。
更に凄いのは、行った先の世界に探索印を置いてくれば、行き来が可能だと言う。
「まぁ、行き来が便利になるんだから、俺からしてもありがたいけどよ、何かあっても俺がこの人形を守ると思うなよ?」
どんなに大事にしていたとしても、どんなに人間の様な見た目をしていたとしても、魔導人形である以上は“モノ”だ。
モノを庇って命を落とすなど、本末転倒もいい所だろう。
<問題ありマセン。自身の身は自身で守るようにプログラムされてイマス。
相手を反乱者と認定しなケレバ倒す事すら出来ナイ、そこのヘッポコ管理人形トハ、格が違うノデス。>
<侮辱を検知しまシタ。
ヤダヤダ、物騒な事くらいしか誇れない、子飼いの犬になどなりたくはないものデス。
キャンキャン吠える子犬は、迫力が無いのデス。>
無表情・無言で害なす魔の杖を抜き取るパッピル。
同じく無表情に、指先から伸ばした魔糸を腕に巻き付け、手甲のように構えるツインテちゃん。
「ちょっちょっちょっ!
ストップストップ!
お前等ちょっと落ち着け!」
-そ、そうだぞパッピル!どうした?らしくもない。-
慌てて止めに入る俺とシカル。
俺がツインテちゃんを羽交い締めにし、シカルは同調していることを使い体の動きを止めていた。
<フッ、セーダイが私を抱き止めたから、気分のいい私は攻撃を止めてあげまショウ。
引きこもりの主人の世話は大変でスネ。
フーフフフ。>
<やはり新型は幼稚デスネ。
“らしくもない”ト、普段からワタシを見ていないと言エナイ、さり気ない言葉ニ、奥ゆかしさがあるノデス。
フフフ……。>
どうどう。
何だか良くわからんやり取りに呆れながらも、ツインテちゃんを放り投げる。
ツインテちゃんはまるで猫のように機敏に、空中で一回転すると音もなく着地する。
<どーですかセーダイ、ワタシはこの様にかっこかわいいのデス。
そんな人形にうつつを抜かしてないで、お早いお帰りを期待するデス。>
ツインテちゃんはどうやら、この世界での“管理者”としての役割が優先されるらしい。
本人?本人形?は酷く行きたがったが、その希望とは裏腹に、命令なのかそういう制御が為されているのか、転移陣に近付く事は出来ないようだ。
「あぁ、ハイハイ。
まぁ絶望の匣を手に入れたらここに戻ってくるから、ツインテちゃんは気にせず管理を続けてろ。」
手をヒラヒラと振りながら、俺は転送陣に乗る。
<ハイ、ツインテちゃんは元気いっぱい管理をするのデス!>
そう言いながら奇妙な踊りを踊るツインテちゃんが、どことなく寂しげに見えた。
「……ここ、アタシ達が飛び込んだ洞窟の部屋?かしら?」
ミナンが不思議そうに辺りを見渡す。
転送陣での転送は、そのまま俺が別世界に行く時と同じだった。
四肢の先から光の粒子となって分解され、次の瞬間には別の大地に降り立っている。
俺が別の異世界に転送される、その手順と全く同じだ。
そう言えば、これの前の世界は何だったか。
確かロボットに変形する戦闘機に乗り込む、遥かな未来の世界だったか。
“いや違うな、その後も幾つか世界を渡ったはずだ”と考えた時に、ゾッとした。
(また記憶が、無くなっている……?)
「どうしたの?オッサン?」
汗をにじませている俺を、心配そうにミナンが覗き込む。
「あ、あぁ、いや、何でも無い。
そう言えば、ここに飛び込む前には兎人族のアイツがいたけど、姿が見えねぇな。
少し時間が経っちまっているって事なのかね?」
何でも無いフリをしながらも、異様なほど大きく聞こえる鼓動を抑え付けるために深呼吸をし、冷静に考える。
良く考えてみれば、少し違う。
俺の転送は、元いた世界の、その時に持ち込んだ物以外は受け付けない。
例えば闇の庭で服を買って着ていても、次の世界に転送される時は、元の世界のスーツ姿に戻っている。
金の類もそうだ。
どんなにその世界で溜め込んでも、次の世界には持ち越せない。
だから毎回転送された直後は苦労するのだ。
なのにこの転送は、前にいた世界のものを持ち込めている。
隣で不思議そうに、いや無表情に俺を見つめるパッピルが良い例だ。
魔導人形とは言え、コイツは“無機物”だ。
しかも、良く考えれば転送先も妙だ。
俺が転送する時は、それこそ世界を完全に移動する。
この2つの世界の伝承のように、“お互いの世界にお互いの世界の伝承が残っている”なんてありえないし、そんな転送は体験したことがない。
これまでの体験を頭の中でまとめるなら“転送の規模が小さく、更に不完全な転送”という感じが凄くする。
転送される度に、記憶の何かが抜け落ちているのではないか?
そんな、嫌な予感がしてならない。
<ヤハリ、マスターとの同調は切断されマシタ。
当初命令通りのプログラムに、完全移行シマス。>
「オイ、お前達よ。
どうでもいいが俺は疲れた。
それにやりたいことも出来たのでな、一旦引き上げるとしようではないか?」
妙にソワソワしているジャックを不思議に思ったが、その言葉に全員が目的を思い出す。
あれからどれくらい時間が経っているのかも解らなくなっていた俺達は、何はともあれ初級迷宮クリアを提示するために街へと戻っていくのだった。




