480:遺したモノ
「なるほどねぇ……、ブフッ……ゴホン、だが、魔力補助の御守ってんなら、何でミナンはこれを受け取らなかったんだ?」
「え……フフ……そ、それはほら、アタシ魔力量だけは人一倍あるって、ギルドの鑑定でお墨付きだし。」
意識的にジャックから目を逸らし、真面目に話そうとしていた。
だが、皆が会話に夢中で自分から視線を逸していると思ったのか、定期的に頭に手をやり悲しむジャック。
……あぁもう、俺達が何か喋ろうとする度に、頭に手をやるな!
狙ってるのか?絶対狙ってるだろうそれ!
とは、ショックを受けているらしいジャックを前に、流石にそれはツッコめない。
とりあえず皆でこらえながら、何とかシリアスに話を持っていこうとする。
お陰で、殆んど頭に話が入ってこない。
<ジャックさん、頭頂部だけ剃り落としてしまいごめんなさいでシタ。
ツインテちゃん反省、テヘ。
でもその姿、管理棟のデータにあった“オチムシャ”とか“カッパ”とか言う姿によく似ていて、とてもウケるデス。>
限界だった。
俺とミナンが言葉から想像してしまい一気に吹き出す。
そうすると俺達に釣られシカルが吹き出し、最後まで我慢していたカルーアちゃんまでもが、コッソリと小さく吹き出していた。
「まぁアレだ、お前さんのやろうとしていた事は、正直に言えば俺がやりたい事にも合致している。
出来るなら、手を貸してやりたいと思う所はある。」
ひとしきり笑いきった後、ムッツリと膨れ面をしているジャックを放置し、先程までとは違い穏やかな空気に包まれる。
笑いとは不思議だ。
一緒になって笑い合うと、もうそこまで怒る事は出来ない。
仲間のジャックが怪我を負わされた、という問題もあるが、それとて聞けばジャックが先に手を出している結果だ。
カルーアちゃんは初めからこの世界をあまり気に入っていないようだったし、ジャックも結局、技術に興味はあってもここにいても面白い事は無さそうだからと、元の世界に帰ることを臨んでいる。
「……ここにいても、手がかり無さそうだし、アタシはどうでもいいかなぁ。」
ミナンだけは不思議な理由だった。
そういやコイツ、ニノマエの話になると妙に影を落とすんだよな。
そこまで考えた時に、ふと気になった。
ニノマエとは“二の前”。
つまりは一。
イチロー・モートとは、ニノマエの偽名だったのだろうか?
「そういや死んだっていうオタクの曾祖父さんなんだがよ。
他には何か伝記的なモノは伝わって……。」
「いや、死んだかは知らん。」
シカルは真顔のまま、俺の言葉を遮る。
その言葉に、さっきまで笑っていた皆も少し不思議な顔をする。
「え、でも、先程アナタの曾祖父様は転生者をお待ちになりながら、大往生したと……。」
「そう、記録にはそのように残っている。
だが、これは父から聞いた話ではあるんだが、曾祖父さんが死んだ日、父はベッドから抜け出して何処かへ出ていく曾祖父さんを見たのだそうだ。」
カルーアちゃんの問いに、シカルは大きく頷く。
シカルが言うには彼の父がまだ幼かった頃にイチロー・モートらしき人物はこの世を去った。
この世界にもある程度の階級にいる奴等には葬式のような文化が残っていたらしく、身内だけで故人を忍び、埋葬したそうだ。
だがその日の夜、シカルの父が夜中にもよおしてトイレへ向かう最中、外から何かを掘り返すような音が聞こえたという。
恐る恐る外に出て、その正体を見てみると、今日亡くなったばかりのイチロー・モート氏が、自分の墓を掘り返していたのだという。
「父は驚きと喜びで駆け寄ったそうなのだが、曾祖父さんからは“俺はもう一度冒険に出る、死んだと思われたなら、それは好都合だ。だからお前も、絶対にこの事を誰にも言うんじゃないぞ。”と言われたそうだ。」
<不思議でスネ?死んだ個体を蘇らせる技術は、まだ管理棟でも開発出来ておりまセン。
死なない個体が創り出せたなら、それはきっともう皆、さらなるハッピーハッピー村になるでショウ。>
ツインテちゃんがクネクネと踊りながら、ハッピー感を演出している。
本当にチラッとだけ、脳裏に“死ぬ事も許されない幸福しか無い地獄”という単語が浮かんだが、このピーキーな魔導人形にツッコミを入れる空気ではないなと感じ、そのまま奇妙な踊りを踊らせておく。
見続けているとMPが吸い取られそうだ。
「まるで子供の夢物語みたいだが、多分実際にあったんだろうな。
とは言え、この世界でも死者が生き返るなんて例はなさそうだし、記録上はそのまま死亡扱い、か。
……しかし何で、出てきた自分の墓を掘り返していたんだ?」
シカルが言うには、イチロー・モートは自分の墓から生前大切にしていた一冊の本を見つけると、それを喜々として荷物入れに突っ込み、旅立ったそうだ。
「死の間際に父が言っていた。
曾祖父さんは最後に“ようやく、勝ちの目が見えた。
実はな、魔導具がなくても彼の地へ向かうことは出来るのじゃ、だがそれには儂でなくなる必要があるから、やりたくはなかった。
それでも、もう待つのは飽き飽きじゃ。
これでアイツから永遠に別れる事が出来る、そう思うといても立ってもいられんのじゃ。”と。
その言葉が何を意味するのかは、遂に解らなかったそうだ。」
シカルの父が死の間際、シカルに話した事はこれで全てらしい。
何だか聞いた事で、より一層迷宮みたいな謎に突き当たった気がして、ドカリとソファーの背もたれに体を預ける。
やれやれ、意味が解らなさ過ぎてまいったな、と、それこそジャックではないが頭に手をやった時に周囲が緊迫しているのが解る。
“何事だ?”と辺りを見渡せば、ミナンの周りには物理的なモノかと勘違いできるほどのドス黒い影。
影の間を、雷のように電気が飛び散っている様にも感じる。
「お、オイオイオイ、どうしたんだミナン?
なんかオマエの周り、すげぇ空気になってるぞ?」
「え?あ、ご、ゴメン、何でも無い。」
パッと、先程まで可視化出来ていたような暗雲も雷も消え去り、元のミナンの表情に戻る。
ミナンは、テーブルのお茶菓子に手を伸ばすと、それを口に放り込みながらザクザクと小気味良い音を立てる。
「でもふぁ、なんへ死んふぁふり何かしたんふぁろうね?」
食べるか喋るかどっちかにしろ。
「それは解らん。
……もしかしたら曾祖父さんも転生者だったから俺達よりも遥かに長命で、怪しまれないためにそうしたのかも知れんが。
ともかく、曾祖父さんが遺した記録を読み解き、父の遺言を元に、俺は1つの仮説を立てた。
恐らくはあの管理棟に、異世界人のみが使える転移装置のようなものがあるはずだ。
そこに害なす魔の杖と絶望の匣を揃えて起動すれば、曾祖父さんが言っていた“彼の地”とやらにたどり着ける筈だ。
そこでお前等に頼みたい。
お前らの世界に戻り、“絶望の匣”を回収してこないか?」
シカルは昏い目のまま、片頬だけを上げた笑顔で俺達を見ていた。




