479:転生者の残した記録
「……3種の神器、ねぇ。」
あれからシカルに“話し合おう”と言われ、俺達は先程の地下施設ではなく、応接の間の様な、無駄に豪華な部屋に通されていた。
そのまま脱出してしまおうかと思ったが、ここで逃げればそれはそれで俺達も元の世界に帰るための手がかりを失う。
俺の御守を見て、奴は“帰還の護符”と言った。
なら、これが何かの鍵になる事は間違いない。
ともあれ、通された応援の間に、シカルの周りにパッピル以外にも武装した魔導人形が4体もいたのを見た時は、その過剰な警戒心に笑いそうになったが。
ジャックは多少の怪我をしていたので、今は同席しつつカルーアちゃんから回復魔法を受けている。
落ち武者の様なヘアスタイルを終始気にしているが、どうやら回復魔法でもそれは治らないらしい。
まぁ、聞けばジャックがこうなったのは、この“城”を乗っ取ろうと先に攻撃を仕掛けた結果こうなったらしいので、“きみはほんとうにばかだなぁ”という古いマンガのセリフを贈っておいた。
「そうだ、3種の神器だよ。
害なす魔の杖、絶望の匣、そして御座所への鍵。
この3つを揃えられれば、この世界を飛び出し神のいる平原に通じる道ができる、そう曾祖父さんから伝えられている。」
こちらが本来のシカルなのか、先程までのヘラヘラした笑いは浮かべていない。
どこかこちらを値踏みするような、昏い光を放つ目に変わっている。
シカルの話によれば、害なす魔の杖は目の前にいるパッピルの持つ神器であり、絶望の匣と合わせることでこの世界の理に縛られず、世界の外にいる存在を指し示すという。
そして、世界の外にいる存在、シカルの曾祖父さんが言うには“大転生者”を倒す道具なのだという。
そして御座所への鍵は、外に行くために必要な魔力源であり御座所の座標を記録されている存在、転生者そのものらしい。
<そのような事、管理棟の記録にも残されていまセン。
残念な事に、今回の人類も誇大妄想癖からの精神暴走が始まってしまったようデス。
次の人類の準備を、もうそろそろしなければデス。>
無表情に不穏な事を口走るツインテちゃん。
その言葉の真意を聞こうとしたが、大きなため息をつくシカルに意識が向く。
「お前等みたいな管理魔導人形には、そう聞こえるだろうな。
所詮、過去の命令通りにしか人々を管理できない人形だ。
……この世界を見ろ、誰も彼も生きる意欲を無くし、お前等人形にただ飼われる日々に、こんなにも慣れてしまっている。
不満を持って攻め込んでも、意見も聞かれずに“不良個体”として粉々になって肥料にされる運命だ。
俺はもう、こんな世界には飽き飽きなんだよ。
もっと俺が輝ける、必死に毎日を生きなければならないような世界に、俺は行きたいんだよ!」
微妙な気持ちになりながら、その言葉を聞く。
ミナンもカルーアちゃんも、ジャックでさえも似たような表情をしている。
働かずに生きる事が、どれほど幸せかと夢に描いていた。
しかしそれが当たり前の世界では、そこで生きる人々は俺達とは真逆の、必死になって生きる毎日を望んでいたのだ。
もし仮にここに移住したとして、恐らく俺達も、いつかは目の前のこの男と同じ様な考えを持ってしまうだろう。
ここに転生したイチローなる人物のように、向こうへ移る手段を模索し続けたかも知れない。
「……しかしその、お前の曽祖父殿は、何故一度俺達の世界に来ておきながら、こちらに戻ってきたのだ?
今のお前と同じ様な考えならば、むしろ向こうに移住し続けていたのではないか?」
無くなった髪を気にしながら、ジャックが思いついた疑問をシカルに問いかける。
いちいち動作が面白くて、吹き出しそうになるのを必死に堪える。
「……ブフッ……、いや、曾祖父さんが残した記録を見ると、どうやら向こうで絶望の匣を入手するには、こちらの世界にある害なす魔の杖を使う必要があったらしく、戻らざるを得なかった様だ。」
物凄い頑張って笑いをこらえてるのを見ると、逆にむしろ応援したくなるよね。
あ、いや、必死に堪えながらもシカルがシリアスな空気のまま、彼の曾祖父さんの残した記録について教えてくれる。
どうやら彼の曾祖父さん、イチロー氏は、最初にこの世界に転生したらしい。
当時から同じ様に魔導人形に管理されている世界ではなかったが、その頃から既に管理棟はあったらしい。
当時は自動的に好きなだけ配給される食事に、自動で建設される建物や娯楽品と、それほど今と変わらない世界だったようだ。
最初は満喫していたイチローも、すぐに退屈を感じる様になる。
自身がいる大地を隅々迄調べ上げ、ここが光の庭と呼ばれる場所である事。
そして“悪意を持った人間にしか使えない剣”という、害なす魔の杖を発見する。
自身の持つ不正能力である錬金術で、それを調べ、より便利にするために害なす魔の杖を動力源に、魔導人形を開発もした。
だがすぐに退屈となり、改めて更に様々な記録を調べ、別の世界があることを突き止めたらしい。
そこからどうやったかは残されていないが、彼はもう1つの世界、つまり闇の庭へたどり着く。
そこは俺がたどり着いた時よりも酷く、人類の殆どが魔獣の侵攻に屈し追い詰められた世界。
そこで思う存分欲望を発散させ、国も建国したのだが、ある時この2つの世界が“何らかの大いなる存在によって作られた物”だということを知る。
2つの世界を繋げて、完全なる世界の調和を目指した彼が見い出したのが、例の3種の神器。
彼自身転生者だったため、御座所への鍵については当たりがついていたようだ。
だが、光の庭に動力源として置いてきた害なす魔の杖が必要だとそこで気付く。
後悔しても後の祭。
彼は口惜しみながらも“幸福以外何も無い地獄”、光の庭に戻ることにする。
いつか闇の庭に転生者が現れ、あの世界を破ってこちらに来てもらえるように、“魔力補助の御守”として“帰還の護符”を量産し、あの世界の住民より魔力が低いと思われる転生者に必ず渡すように言い含めて。
害なす魔の杖を使わなくても動かせる動力源を開発し、弱くなっていく人類を憂い、害なす魔の杖を使えるように調整をした最高品質の魔導人形を用意もした。
そうして、いつ来るとも知れない転生者を待ちながら、結局彼はここで生涯を終えたらしい。
話を聞き終えた俺達は、ジャックが動く度に少しだけ笑いをこらえながら、それぞれ少しだけ複雑な表情をしていた。




