47:入学イベント
「さ、参りますわよ先せ……セーダイ。」
「かしこまりました、リリィお嬢様。」
借りてきた馬車から旅行鞄2つに衣装ケースを取り出して担ぎ、リリィの後に続く。
何で女性の荷物はこんなに多いのか。
肩にズシリとくる重みに耐えながらリリィの後を追う。
しかしリリィさんや、そんなに慌てて行くと……。
「プギャ!」
やっぱり。
見事にスカートの裾に足を引っかけて転ぶ。
どうも素のリリィはドジっ娘属性も持っているらしい。
起こすために駆け寄ろうとしたが、それよりも早く一人の男性が手を差し伸べていた。
「ははは、元気なお嬢さんだね。」
うわ凄い!顔の周りに花の幻覚が見える。
物凄い美形の男に手を引かれ、リリィは顔を赤くしながら立ち上がる。
うーん、教会には同世代の男はいなかったからなぁ。
免疫を付けるの忘れてたなぁ。
「あの……、ありがとう……ございます。」
「おや、君は例の希少魔法の使い手の。」
ん?何でコイツリリィの素性知っているんだ?
疑問に思いながら近付き、“お嬢様を助けていただきありがとうございます”と声をかけると、リリィも思い出したようにお礼と、自身の名前を名乗った。
「ははは、気にすることはない。今日から私達は同じ学び舎の生徒なのだから。
あぁ、自己紹介が遅れたね。
私の名前はジョン。
ジョン・S・ダウィフェッドだ、よろしくね。」
アラヤダ、この子アタクシの事ガン無視ザマス!
リリィ、こんな子と付き合うのはお父さん許しませんよ!
と一瞬思ったが、そんな事よりも衝撃の方が強く俺の中で駆け巡った。
早速大本命の攻略対象と出くわした訳か。
リリィ、恐ろしい子……。
だが肝心のリリィは“失礼しました!”と慌てて頭を下げている。
……この子、俺が余計なことしなくても実は大丈夫だった説あるな。
「気にしなくても良いよ。
それよりもうじき入学式だ。
あまりのんびりとはしていられないと思うよ。」
あ、そうだ。
俺も無視されているとは言え一応のお礼を言うと、入学手続きと部屋へ荷物を格納するために、一抹の不安を感じつつもリリィとは別行動をとり、事務窓口へ向かう。
入学式の様子は後でリリィから聞くとしよう。
つつがなく事務処理を終え、荷物を運び込んで衣類の整理をしておく。
ついでに学院の内部構造や機能、あてがわれた部屋に不審なモノがないかチェックする。
以前の世界で魔道学院にも入ったが、作りはそんなに変わらなさそうだ。
外から見たエリアと内部で差があること、魔力がなくても使えるエレベーターや転移装置。
寮も身分によって住む位置が違いそうだ。
リリィに割り当てられた部屋は2階の角部屋。
その隣の狭い個室が俺が使える使用人部屋となり、それらがセットで1つの階に10セット、という感じか。
同じフロアが大体似たような身分と言うところを見ると、随分しっかりと階級分けされているようだ。
余談だが、各部屋に他の世界では見なかったレベルで豪華な風呂トイレがあるところが、何だか現代日本の乙女ゲーという感じで世界観をぶち壊していて面白い。
昼食は学生達は食堂でとり、それ以外の食事は文化の違いを考慮してそれぞれ作り部屋で食事を取るか、事前に申請しておけば“割高だが学院の厨房で作った料理”を、指定した時間に部屋に届けて貰えるらしい。
そちらの方が楽なのだが、一応はフルデペシェ家からという名目で帝国から資金援助は受けている。
子爵位のフルデペシェ家の人間があまり豪勢に使っていては、無駄に怪しまれる要因にしかならない。
夕食は基本俺が作る事になるだろうなと考えていた。
専属の料理人がいるお貴族様が羨ましいが、無いものは仕方ない。
夕飯の買い出しも日課になりそうだ。
そんな事を思っていると、入学式を終えたリリィも部屋へやってきた。
今まで借りていた教会の部屋とは段違いの内装に、リリィも“こんな良い部屋……”と驚きを見せていた。
落ち着きを取り戻すと腹が減ったらしく、今日は持ってきていた食材で夕食を作りながら彼女の話を聞くことにした。
聞けば、稀有な光属性の魔法適性と言うことで皆から注目されて大変だったらしい。
入学生代表で第二王子が挨拶していた際に女子から黄色い声援が上がっていたことと、時々第二王子が自分を見ていたような気がすること。
廊下でぶつかった眼鏡の知的な男性が経済宰相の息子だったこと、色々な人に声をかけられたが、その中でもとびきり軽薄そうな男子が声をかけてきたと思ったら魔道宰相の息子で、リリィの光属性魔法に興味があるから今度ゆっくり話を聞かせて欲しい、とナンパされたこと、人の多さに疲れて中庭に逃げ出したところ、寝ていた近衛騎士団長の息子を踏んでしまったことを聞かされた。
リリィはん、マジでゲームのオープニングみたいな事してはりますな。
っつーか魔道宰相の息子、お前は俺の中で要注意人物に指定してやる。
「あ、そうですわ。」
ふと、何かを思い出したかのようにリリィがこちらを見る。
「学院から寮に戻る途中で、ロズノワル公爵令嬢に話しかけられましたわ。
“今度、執事さんもご一緒にお茶でもしましょう”と申しておりました。
“是非に”という回答をいたしましたが、せんせ……セーダイと私が仲良いことを知っていらしたのですかね?」
渡りに舟の話だ。
こちらもどうコンタクトをとるべきか悩んでいたが、早速解消されそうだ。
“いつでも構わない、相手は格上なんだから、こちらが予定を合わせるもんだ”と伝え、その時を待つことにする。
まずは要求を聞かねばな。
リリィは、サラ・ロズノワル公爵令嬢という存在が、昔帝国で聞いた人物像と違い、優しく淑女然とした態度に酷く感銘を受けていた。
なんでも、サラ・ロズノワルと言えば有名な悪童で、使用人へ暴力をふるい、気に入らない侍女を首にし、しかもタチが悪いのが自身の家の権力を理解しており、同い年の格下貴族の子供をいじめて回っていたりと、中々の問題児だったらしい。
だが、8歳になる頃に乗っていた馬から落下し、その時以降、“まるで人が変わってしまった”かのように、今までとは正反対のお淑やかな少女になった、という話を聞いていたらしい。
やはり噂は信用できない、あの優しさや気配りは生来持っていなければ出来ない事だ、と、ウチのお嬢様は初日ですっかり虜になってしまったようだ。
挙げ句に、早速ロズノワル公爵令嬢にあてられたのか、高位貴族のような口調で“セーダイ、召し物を変えます。さぁ、早く脱がせなさい。”とふざけてきたので、“自分でおやり、お嬢様”と言って部屋を出た。
やれやれ、あまり変な影響を受けすぎなければ良いが。




