476:望まぬ合流
「ねぇ、パッピルさん。
……何か、さっきから同じところぐるぐると回ってない?」
ミナンが疲れた様に呟く。
城の地下に降り始めてから、降りるだけでなく何故か一度上に上がったりと、まさしく迷宮の様に入り組んだ通路を歩き続けていた。
しかも、通路は殺風景な灰色のコンクリ造りなので、似たような風景にしかならない。
ミナンの言う通り、同じ所をぐるぐると回っていると思うのは無理もないだろう。
<申し訳ありマセン。
マスターが勝利する度、“メイド”が増える度に増設を繰り返した結果、この様な造りになってしまっておリマス。>
パッピルは正面を向いたまま、さして申し訳無さそうな音声で素早く回答する。
まぁ、魔導人形に感情を求めても意味はないだろうが。
「おっと、失礼。」
俺はポケットから菓子を取り出そうとして、小銭を落としてしまう。
「もう、何やってるのよ。」
「やぁ、すまんすまん、うるさいお前を黙らせようと菓子を取り出そうとしたら、逆効果になっちまったな。」
コインを皆で拾い上げながらも、ついでにミナンをからかう。
“子供じゃないんだから!”とミナンは膨れていたが、そういう行動がより子供らしく見える。
<拾い終わりまシタカ?それでは先を急ぎマショウ。後少シデス。>
どうやら、パッピルは予め決められた行動しか取れないのか、それとも不用意に俺達と親しくならないように命令されているのか、落とし物を拾う手伝いはしてくれないようだ。
ぼんやりと立って、俺達をただ見つめていたパッピルを見上げると、ミナンはため息をつき立ち上がる。
“手伝ってくれてもいいじゃんか”と、ボヤく様な呟きが聞こえる。
“まぁまぁ、仕方無いですよ”とミナンを慰めるカルーアちゃんも、少し疲れているようだ。
まぁ、こういう“同じ行動を終わりが分からずに延々と繰り返す”というのは、想像以上に精神を疲弊させるからな。
俺も微かに疲労感を感じながら、やれやれと立ち上がる。
ただ、実際にはかなり深くまで潜っているようだ。
それを気付かせない為なのか、壁には魔法の力なのか外の風景が映っている。
ともすれば、地下に潜っていることすら忘れてしまいそうだ。
<着きマシタ。
この部屋にジャック様がいらっしゃイマス。
この部屋に我々が入る事は許されておりませんので、こちらでお待ちしておリマス。>
妙だな、とは思った。
コイツ等に入れない所が有るということに。
この“城”はここまでの道で、シカル1人しか人間を見ていない。
では、この部屋はどうやって保たれているのか。
だが、疑問を口にするよりも早く、疲れ切っていたミナンが両開きの扉を開けて中に入る。
「ジャック!迎えに来たよ!
アンタいつまで……も……。」
背にした柱に、両手両足を枷で繋ぎ止められ、傷だらけのジャックがそこにいた。
辛うじて意識はあるようで、頭を上げると血塗れの顔で微かに笑う。
「……おぉ、ミナンと……従者達ではない……か……。
……すぐに逃げろ……。」
ジャックの言葉に驚く俺達は、背中を誰かに押される。
数歩よろけて後ろを振り返ると、パッピルが無表情のまま両開きの扉を閉めようとしていた所だった。
「この!」
ポケットの中の硬貨を取り出し、思い切り指で弾く。
狙い違わず、パッピルの眉間に硬貨は吸い込まれていくように飛んでいった。
だが、“ガキン”と音がして、眉間に当たった硬貨はそのまま天井に突き刺さる。
パッピルは何事もなかったように、そのまま扉を閉じていた。
ご丁寧に“カチリ”と、鍵がかかる音までハッキリ聞こえた。
「閉じ込められた!?」
「んぅなオラァ!!」
即座に全力で扉を殴るが、魔法的な干渉があるのか破壊されることはない。
いや、同極同士の磁石をくっつけようとした時の様に、見えない力で拳が扉までたどり着けない。
-ハッハッハ、魔法の力で強化されているからね、扉だけでなく壁や天井、床に至るまで、そこでいくら暴れようと効果はないよ-
部屋全体にシカルの声が響き渡る。
ミナンとカルーアちゃんは青ざめているが、俺は何となくこうなるのではないかと思っていた。
この世界で勝ち残っていた“王”という存在が、あんなに他人に優しいはずがない。
そんな勝手な思い込みだったが、どうやら想像通りだったようだ。
そして、もう1つ想像している事を口に出す。
「……なぁ、シカルさんよ。
アンタの曾祖父さんってさ、もしかして“イチロー・モート”って名前じゃねぇか?」
-……ほぅ、何故その名を知っている?
いや、当ててみせようか、多分その名前は“闇の庭”で有名になったんじゃないか?-
これも想像通りだった。
闇の庭で、人類の生存圏を広げた立役者。
ソイツの子孫が、このシカルなのだ。
-素晴らしい。祖先の残した伝承の通りだ。
ならばお前等に問う、“黒の宝珠”はどこにある?-
「“黒の宝珠”?何だそりゃ?」
「わ、私知っています。
闇の庭に伝わる伝承です。
……それは魔物を生み出し続ける魔王の遺品。
世界の悪意を具現化する、伝説のアーティファクトです。」
カルーアちゃんの説明を要約するとこうだ。
闇の庭の伝承に、勇者と魔王の戦いがある。
勇者は魔王を打ち倒したが、魔王が魔獣を製造している場所の特定は出来なかった。
ただ、魔王が全ての元凶と思っていた勇者や人々は、それで平和が訪れたと慢心する。
そうして、人々が束の間の安寧を享受している内に、魔王の命令が無くなった魔獣の製造場所は、暴走を始める。
次々と迷宮が製造され、迷宮に収まりきらなくなった魔獣が大地に溢れ出すまで、さほど時間はかからなかったそうだ。
責任を取って勇者は、世界中にある魔獣を製造している場所を潰して回ったが、最後の魔獣製造場所を潰す前に高齢がたたり、押し寄せる魔獣に殺されてしまった。
そうして誰も最後の魔獣製造場所を止めることが出来ず、遂には人々はその生存圏をかつての2割まで落とす事になった。
その最後の製造場所で、今でも魔獣を産み出している秘宝の名が“黒の宝珠”。
その宝珠を見つけ、破壊する事こそが闇の庭にいる人々の悲願、という話らしい。
-ハハハ、そう、それだよ。
その最後に残った魔獣製造の為の秘宝、“黒の宝珠”。
それが、私の先祖が探していたモノでね。
それなら話は早い。
君達にはそこにいるジャック君の命と引き換えだ。
元の世界に戻り、ちょっとその秘宝を取ってきてくれ給え。-
何だその“ちょっとコンビニ行ってからあげ買ってきてくれ”みたいな言い草。
元の闇の庭に戻るのもどうして良いのか解らないのに、更にはまだ殆どあの世界の事など解らないのに伝説の秘宝を集めてこいだなんて、中々にコイツも無茶いいやがる。
「ハハ、無理言うな。
俺等はお前の曾祖父さんと違って、別に最強無敵の転生者、って訳じゃないんだぜ?」
-そうかな?そうは見えないけどね?-
シカルの言葉が終わると共に、壁の両側が開き、剣を手にした魔導人形が続々と現れる。
-それならちょっと試してみようか?別に戦わなくてもいいけど、この子達にはそこのジャック君を攻撃目標にしてみたよ。-
嫌らしい事をしてきやがる。
俺達は目配せすると、それぞれ武器を構える。




