475:気さくな王様
<デハ、マスターの元へご案内致シマス。>
高身長のメイド型魔導人形、パッピルの後について、俺達は歩き出す。
両脇を無数の魔導人形が頭を伏せ、微動だにしない。
そうして俺達が通り過ぎると、静かに隊列を変えて後に続いてくる。
聞こえるのは服装の衣擦れと足音のみだ。
その足音も完全に揃っており、かえってそれが“人間ではない存在”を強調しているようにすら感じさせる。
「な、何か、凄く不気味じゃない?」
ミナンがやや冷や汗をかきながら、周囲をキョロキョロと見渡し様子をうかがう。
「この数だ、気持ちはわかるがな。
……でも、今そんな事を考えても仕方ねぇさ。」
こういう時はそれこそ度胸があるフリでもして、ここにいるであろう人間に舐められないようにしないとな。
そう思いながらも、戦力分析のために前を歩くパッピルを観察する。
ちゃんと身なりは小綺麗だが、服そのモノは生地が色褪せている。
音声も、ツインテちゃんもアレはアレでどこか機械音声のような外れた音があったりするが、このパッピルと比べるとまだ人間らしい発音に聞こえるくらい、合成された機械音声の感が強い。
どうやら本人も言っていた型番の通り、ツインテちゃんよりも古い型なのだろう。
二の腕のところにも切れ込みが入っているところを見ると、先程城壁での攻防で見たような、あのアームパンチみたいな機構があるのかも知れない。
そう思い周囲のメイド型魔導人形も見てみれば、皆一様に同じ切れ込みがある。
管理棟やその近辺にいた魔導人形と比べると、服装も本体もやや古めかしい。
という事は、もしかしたらあの魔糸術みたいな機構は装備されていない可能性もあるのか。
いや、油断は出来ねぇな。
<マスター、ジャック様のご友人達ヲお連れしマシタ。>
“通せ”という声が大きな扉の向こうから聞こえる。
あれこれ観察している内に、気付けば城の中に入っていた様だ。
“城”とは言うが、外観こそネズミーのアレっぽいが、中身はどちらかと言えばビルのフロア……いや、増設を繰り返した違法建築ビルみたいな感じだろうか。
妙な所に段差があったり、ちゃんとした四角い通路ではなかったり。
微妙に平衡感覚がおかしくなりそうな建物だ。
それでも、大きな扉を開けるとオフィスビルの様に広いフロアで、玉座……。
「おや、いらっしゃい。
君等がジャック氏の言っていた“外から来た者”だね。
まぁそこにいるよりはアレですよ、この城は寒いですからね、こっちに来て座って下さいな。
これはコ・ターツと言って、私の先祖の発明品らしいですが、暖かいですよ?」
え?
……いや、え?
何もないオフィスフロアの様な広い空間の中央に鎮座する、The・和風のこたつ。
そして、そこに笑顔で座っている、正直どこにでもいそうな平凡な青年。
恐ろしくシュールな絵面になっているが、自らをこの城の王、シカルと名乗る青年を見れば、黒髪黒目で平坦な顔立ちをしている。
それ故にこたつが良く似合っているのだが、様々な髪色、様々な瞳の色が溢れるこの異世界においては、それは異質だった。
「……初めまして、王様。
確か“ラガー”さんだったか?」
「いやいや、その名前はもう捨てましてね。
今は“シカル”って名乗っていますんで、シカル王でも、シカルきゅんでも、お好きに呼んで下さい。」
ジョークを交えつつ笑うその顔は、はために見れば人が良さそうな笑顔だ。
だが、その目の奥は笑っていない。
一応は、これだけの魔導人形を奪ってきた奴らしい。
「へぇー、こたつとか久々に見たー!
何だ、警戒しちゃったけど全然良い人じゃん。」
普通にこたつに入り、魔導人形から出されたお茶を受け取るミナン。
あー、コイツだけだったら即騙されて終了だったろうなぁ。
「おや、コ・ターツをご存知で?
私の曾祖父さんがこの世界に来た時に、元の世界の暖房器具だといって発明したらしいんですが、ここにいるとどうでも良くなりますよねぇ。」
転生者の孫、といったところか。
少しだけ、警戒のギアを上げる。
転生者がよく使う、神を名乗る存在から授かる不正能力。
それは世代を超えて受け継がれる事が多い。
クリエイティブ系か、知識系のチートということだろうか?
とはいえ、立ったままの俺を見上げ、目の前の男は笑顔を絶やさない。
言外に、“早く座れ”と言っている。
「……なるほどね、転生者のお孫さんか。
あなたの曾祖父さんには、生きてる内にお会いしたかったですな。」
「ハハハ、きっと曾祖父さんも同じ事を言ったでしょうねぇ。
生涯、“他の転生者がいないか”って、ほうぼうを旅してた様ですから。」
久々に人と話せて嬉しいのか、シカルの話はとりとめがない。
彼の先祖は同じ転生者を探し求めていたとか、どこそこの“楽園”では、こういう趣向だったらしいとか、まるで本題を話す事を避けているようだった。
「……楽しい歓談中に申し訳ないんだけどね、昨日、ウチのパーティメンバーがお邪魔してるよね?
そうでなきゃ、“ジャックの友達”なんて表現は出ねぇよなぁ?」
俺の言葉に、カルーアに熱心に話しかけていたシカルは、その動きをピタリと止める。
そしてニコニコしたまま、俺を見る。
「やぁ、そうでしたそうでした。
ジャック氏ならこの城の地下にいますよ。
私の曾祖父さんの研究が見たいと、それはもう夢中でね、私もこうしてお喋りしたかったんですが、のめり込んで相手にしてくれなくなっちゃって。
それで仕方ないから……。」
「なら、ちょっと案内してくれませんかね、王様。
俺等も行って、“お前、何客人の癖して無礼を働いてるんだ”って、怒ってやりますよ。」
少しだけ流れる、沈黙の時間。
こういう交渉事の時、沈黙に耐えきれず喋りだした方の負けだ。
だが、ミナンはこの気まずい空気に耐えかねたらしい。
「ちょ、ちょっとセーダイ、アタシこの無言が怖……。」
「もちろんですとも!!
いやぁ、主の私の不徳の致すところを、助けていただいて非常に感謝しますよ。
おいパッピル、皆さんを地下にご案内しろ。」
突然の大声に、ミナンとカルーアはビクリと怯える。
場の空気は完全に向こうに行った。
<皆様、ご案内致シマス。こちらへドウゾ。>
パッピルが無表情のまま俺達の側に立つ。
シカルは元のように笑顔のまま、片手を振って俺達を見送る。
やれやれ、“謁見”のお時間は終了か。
俺達は立ち上がると、パッピルの後に続く。
俺はふと思い立ったように止まり、シカルを見る。
「あぁ、そう言えば、貴方の曾祖父さんは何故転生者を探していらしたんで?」
シカルは少しだけ驚いた表情になるが、また元の笑顔に戻る。
「さぁ?何だったんでしょうね?
晩年は“外の世界を見てみたい”と言っていた、と、記録には残っているようですよ。」
少しだけシカルを見つめるが、ミナンに促されて礼を言ってパッピルに追いつくために小走りで後を追う。
嫌な予感がする。




