472:楽園の正体
「城?あぁ、あの見えていたアレ?」
ミナンの反応はあまり高くない。
ソファーで両足を抱えたまま、顔だけを上げて疲れた目でこちらを見る。
「そうだ、何してぇのか解らねぇが、ジャックの奴が1人で行っちまってな。
仕方ねぇから助けに行かねぇと、と思ってるが。
お前はその、……ここにいるか?」
憔悴しきったその表情を見ていると、流石に連れ歩くのは躊躇われる。
思い返せば、ミナンは魔獣との戦いは向こうで散々やっていたが、人型の魔物……或いは人間そのモノを倒す機会は、確かに無かったか。
闇の庭でもゴブリンやトロールの様な魔物がいるらしいのだが、討伐目標としては意外にランクが高い。
“人間と同じ形をしたもの”を倒す心理的なハードルは、意外に高いのだ。
そのため、駆け出しの新人にはまず回ってこない。
闇の庭の冒険者学校でも、2年生からのカリキュラムになっているはずだ。
まぁ、そうで無かったとしても、あの光景は確かに衝撃を受けて当然か。
俺はもう、そういう感情が鈍ってしまっているのか“あぁ、確かにこりゃ効率のいい殺し方だな、似たような状況の時に参考にするか”と考えていた程だった。
ミナンの感受性の方が、俺よりマトモだろう。
「……聞かないの?“この世界もお前の世界なのか”って。」
死んだ魚の目の様な表情のまま、ミナンが俺を見つめる。
カルーアちゃんを別のソファーに寝かせた俺は、空いているソファーに腰掛ける。
「……さっき、お前自身が言ったじゃねぇか。
“こんな世界なら、闇の庭”の時にもっと愚痴ってるってな。
そう思うと、これはお前の記憶にある世界を再現したわけでも無いだろうし、あ、勿論俺の記憶にもこんな世界は無いぞ?だから、ここはそういう世界だと思っていたが。
……何か、記憶にあるのか?」
「……多分コレ、“楽園実験”ってヤツだと思う。
昔、違う、転生前に何かで見たことあるんだよね。
マウスを使った、“外敵もいなく病気がまん延しないように調節され、住む所も食事も十分に与えられた環境に置かれた場合、そのマウス達の生態はどうなるのか”っていう実験の特集。」
そこで住まうマウスを想像すると何とも羨ましいと感じる実験だなと思うが、現実はそう優しくないらしい。
最初は爆発的に増えるマウスも、ある一定の段階から減少を始める。
無論、住む場所がないから、というわけではない。
無秩序化していくのだ。
どこに住んでも快適、どこにいても食料にありつけるはずなのに、奪い合いが始まり一部のマウスのオスが広い住居を構え、負けたオス達は一定のエリアから出てこない、いわゆる引きこもる者と、争いを続けるものに別れていく。
その内オスは自分の子供を守る事を止め、メスが防衛の為にオス化し始める。
だがその暴力性は自身の子にまで向けられ、共食いが多発する。
そうして多くのマウスが潰し合い、引きこもる者達しか生きていないようになり、やがて衰退していく、という実験結果だったそうだ。
“楽園にいるのに自ら絶滅に進む”という何とも皮肉な実験結果が、ミナンの生きていた頃に、少し話題になったらしい。
「しかもね、これの恐ろしい所はその実験、25回やって、全て同じ結果で終わっている、ってところなの。
この実験、どこかで聞いたシチュエーションじゃない?」
死んだ目のまま、ミナンは片頬を上げて自虐的に笑う。
この子からはあまり見たくはないタイプの笑顔だな、と、ぼんやり思う。
「どこかで聞いたどころか、まさしく今この状況って訳か……。
でもまぁ、俺はその実験を知らなかったが、聞いた感じじゃ何だか疑問も感じる内容だけどな。
具体的にはどこをどうって言えねぇけどな。」
ジャック辺りなら、“愚かな従者よ、そんな事も解らんのか”とか言って、サラリと俺の違和感とかを答えてくれそうな気がする。
だが、ジャックはここにいない。
「ともあれ、ソイツはネズミで試した話であって、人間の場合はもう少し複雑だと思う。
何せもう少し知性があるからな。」
「でも、現に現状に不満を持って、あんな事をしてきた人達もいるわけなんでしょう?
それってやっぱり、アタ、アタシの、せいで……。」
何だ、そんな事か、と思う。
要はこの子は、自分が想像した世界のせいで、そこに住む人々を死に追いやっていると思いこんでいる訳だ。
「そんな訳あるか。
そりゃその実験、統計的に見れば当てはまるところも多少はあるかも知れんがな。
……それよりも、お前のその、ショックと言うかよく解らない話の方が俺は気になるな。
お前は多分今、こう考えてないか?
“もしかしたらこの世界も、自分が想像した世界なんじゃないか”とな。」
改めて、多分ミナンが思っているであろう事を口にする。
どうやら想像通りだったらしく、俺の言葉にミナンはビクリと反応する。
やっぱりか。
直前のホラー展開なあの世界の影響でもあるんだろう。
「色んな世界を渡り歩いているとな、似たような感情に苛まされる事はある。
“これは転送に見せかけて、ただ自分がやりたい事を叶えているだけじゃないか”とか“これは自分が望んだ世界なんじゃないか”とかな。
俺が得た結論としてはな、“俺には関係ない”だ。」
「えっ?でもさ、セーダイさんは私等と会っているからそう思うのかも知れないけどさ、アタシは転生者な訳じゃん。
ってことは、もしかしたら元凶はアタシかも知れないんじゃん」
ミナンの目に、更に光が戻る。
カルーアちゃんがモソモソと動く気配がする。
「それでもだ。
仮に元凶が自分だったとしても、選んだのはそこにいる人々だ。
世界は、お前等転生者が思うほど優しくもなければ弱くもない。」
「……そう、そうだよね、うん、そうだよね!
アタシのせいじゃないよね!
こんな所で悩んでても仕方ないか!
この世界何か気持ち悪いし、それこそジャックが言うようにこっちの技術持っていって、闇の庭を発展させに戻るのも良いよね!」
抱えていた膝を解き、勢いよく立ち上がる。
どうやら悩むのは止めたらしい。
すっかり元気を取り戻したようで安心するが、ただ何か引っかかる元気の取り戻し方だとは思う。
“自分のせいではない”とは、どういう意味なのか。
ただ、今それを聞くのは止めておこう。
だいぶ疲れた顔でカルーアちゃんも上半身を起こし、“自分も着いていきます……”とヘロヘロのまま声を出す。
「んじゃあまぁ、外のツインテちゃんよんで、少し作戦会議してから行きますか。」
魔導人形にまだ嫌悪感はありそうだが、それなりに覚悟が決まったようだ。
皆が頷くと、俺はツインテちゃんを招き入れる。
<概ねのお話は聞こえていまシタ。
そこでツインテちゃんから質問デス。
何故、この管理棟の名前をご存知だったのでスカ?>
何を言われたか解らない俺達は、互いに顔を見合わせる。
<先程、言っていたではありませンカ?
ここはユニバース65535号。
私はここの設置を記念して製造された、モデル65535なのデス。>




