471:起こりうる競争
<ピッ、ピッ、ピッ、ポーン。
41分48秒デス。
ちょうど、鎮圧が終わりまシタ。
管理施設の防衛騎士は時間に正確デス。
お城の雇われ騎士は、時間にいい加減デス。
あぁ、ご安心ヲ。
こちらの破片は肥料として再加工しマス。
安心、安全で生きの良い、立派な肥料に変わるのデス。>
瞬きもせず、怯えもせず、ともすればどこかユーモラスに、ツインテちゃんは状況を解説してくれる。
カルーアちゃんはまた青い顔になり、“うっ”と短い呻きを上げると、口元を抑えて俺達から見えない所に小走りでかけていく。
「……なんっ、……なんで!?
なんでアンタ等、そんな平然と、こんな酷い事出来るの!?」
ずっと黙ってこの光景を見ていたミナンだったが、どこかフザケたようにこの状況を説明しているツインテちゃんに腹を立てたのか、噛みつかんばかりに歯を剥き出し、怒りに任せて吠える。
ツインテちゃんはコテンと首を傾げ、表情の変わらないその顔でミナンを見る。
<ミナン、怒っているのデスカ?
これは私達も、非常に残念に思っているのデス。
楽園を創っている筈なのに、人間の内の幾つかはこの様に狂ってしまうのデス。
この原因が突き止められず、私達は非常に悲しいデス。>
「にっ、人形のくせに!悲しいなんて口にしないでよ!」
怒りに任せて近くの壁を殴りつけると、ミナンはそのまま早足で建物の中に入っていく。
大きな音に反応したのか、カルーアちゃんが青い顔のままこちらを覗き込んでいた。
<セーダイ、私は何か間違ってしまったのでショウカ?>
両手を重ね、待機姿勢になったツインテちゃんが無表情のまま俺を見る。
感情はないはずなのに、どこか寂しげな空気すら感じ、ため息をつきながら頭を掻く。
「あー、まぁ、なんだ。
人間はな、お前が言う通りあんまり効率的じゃないんだ。
すぐに死んだ人間を物として、肥料として再利用しようと考えたり、そもそも襲ってきた人間を“狂っている”の一言で片付けたりとかは出来ないんだ。」
魔導人形にどこまで人の感情が理解できるのかは怪しいが、俺の言葉を、ツインテちゃんは静かに聞いていた。
「フム、まぁ、ここがどういうところかは薄々解ってきたが……。
おい、人形よ、あの建物、先程別の人形から“城”と聞いたが、アレは王宮か何かなのか?」
ジャックが指差す方を見れば、一際デカい、いかにも転生者が考えそうな、実に城らしい城が建っている。
その見た目は俺も見たことがある。
千葉にいるネズミが巣食うあの城だ。
<ハイ、アレは御本人様達が“城”と呼んでいましたので、そのまま私達も“城”と呼んでいマス。
でも別に、唯の建築物デス。>
聞けば、ここに住む人間達は自身をサポートする専属の魔導人形を賭けて勝負する事があるそうだ。
勝てば相手の魔導人形を奪い、負ければ魔導人形が奪われる。
恐ろしいのは、何体持っていても一度の勝負で全て奪われるらしい。
あの、来る時に路上で酒浸りになっていた老人達は、言ってみればその争奪戦に敗れた人々の成れの果て、という事だ。
魔導人形には、専属と公共の2タイプがいるらしく、あの道端でアル中で倒れた爺さんを担ぎ上げていたのが、公共タイプの様だ。
なるほど、だから周りの老人達は魔導人形を、あんな風に忌々しげな目で見ていたのか。
「唯の建築物とはどういう事だ?
それならば、この管理棟とやらも唯の建築物ではないか?」
<いいえ、管理棟には様々な権能が存在しマス。
あの“城”は、大きくて頑丈ですが、それだけデス。
何かを生み出す事もなければ、生産しているわけでもありまセン。>
奪いに奪った魔導人形を使い、あそこまでの規模の“城”を建てたのだという。
奪い合いの勝負に勝ち続けた奴って事か。
間違いなくこの世界のカーストでは上位に位置しそうだ。
「なるほど、ならば俺は其奴に会いに行くとしよう。
従者よ、付いて来い。」
「は?突然何言ってるんだ?
とりあえず今後の方針をパーティメンバーと話し合うべきだろうが。」
俺の言葉に対して煩わしそうに手で払うと、ジャックは城に向けて歩き出す。
「えぇい、そういう面倒な話し合いなぞ時間の無駄だ。
なら良い、俺は1人で行ってくる。」
“待てよ”と叫ぶが、振り返ることもなく手をヒラヒラとさせ、ジャックは数歩歩くと風魔法を唱え、真っ赤になった大地を避けるように飛んでいってしまった。
「何だあの野郎、腹立つなぁ。」
「うっぷ……、ジャ、ジャックさんは解りづらいですが、責任感が強いんです。
未踏破区域の話も、実は一番気にかけていたのはジャックさんですし、闇の庭を、人々がより住みやすい大地に変えたいって、いつも人一倍考えてるんですよ。」
俺が到着するまでの間、ジャックはカルーアちゃん達にこの世界の魔導人形技術に酷く興味を持っていたらしく、何体か持ち帰りたいと言っていたそうだ。
これがあれば、闇の庭はもっと人間の住める地域を開拓できる、と、熱く語っていたらしい。
そう聞かされても、どうだかなぁ、と思う。
あの時、功績に焦るジャックが勝手に、我先にと黒い穴に飛び込んだからこうなったのだ。
しかも、“俺が英雄になるんだ”と叫んでいたのを覚えている。
まだ見ぬ秘宝で人々を救いたいと願う真摯な貴族なのか、それとも英雄願望の未熟者なのか。
ともかく、1人で城に行ったことが気がかりだ。
ジャックも魔法剣士としては強い方だと思うが、相手はこの世界で生存競争を勝ち続け、頂点に君臨している猛者だ。
まだ青い顔でフラつくカルーアちゃんに肩を貸し、ツインテちゃんに案内されながら、先程までいた部屋に戻る。
部屋に入ると、ミナンは両足を抱えて顔を伏せていた。
<セーダイ、私は部屋の外で待っていマス。
何か御用があれば、お呼び下サイ。>
ミナンの姿を見たツインテちゃんは、部屋に入るのを踏みとどまり俺を見る。
「……あぁ、ありがとう、だが悪いなツインテちゃん。
すぐに説得してくる。
また案内してもらう必要があるから、ちょっと待っていてくれ。」
ただの人形、感情はそこに無いだろう。
それでも何だか気を使っているように感じた俺は、ツインテちゃんに謝り、カルーアちゃんと共に部屋に入る。
<セーダイに感謝されまシタ。
セーダイに感謝されまシタ。>
無邪気に喜んでいる?と思われるツインテちゃんが、何だか微笑ましかった。




