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異世界殺し  作者: Tetsuさん
記録の彼方の光
471/832

470:無常の糸

「……フム、やはりなぁ。」


沈み込んだソファーから、のそりとジャックが立ち上がる。

ソファーに立てかけてあった自前の剣を抜くと、刀身を(あらた)める。

あまりにも“当然の行動”に見えて、俺は不思議に思う。


「何だよ?まるでコレが起きると知っていたような口ぶりだな?」


ジャックに未来予知の能力何かないはずだ。

それともコイツ、俺が合流するまでになにか仕込んだ?

いやそんな時間は無いと思うが……?


俺の困惑する姿を見て、ジャックは鼻で笑う。


「従者よ、俺は貴族として人の上に立つ教育を受けている。

流石に国家レベルには届かんだろうが、それでもいずれは領地を収める身だ。

だから、下々(しもじも)の“心の動き”というものも教わるのだ。

その点から言えば、確かにここは最悪の地獄とも言えるかも知れんぞ?」


「え?え?ジャック、何か解るの?

だってここ、平和な世界なんじゃないの?」


また、僅かに地響きを感じる。

俺も、ソファーに立てかけていた大盾を手に取る。

ここに来るまでに何かあったのか、左下に記憶にない大きくえぐられたような跡がある。

不審に思うと同時に、この盾もそろそろ保たないだろうと考えを巡らせる。


「ミナンよ、考えてみろ、ここには着る衣服には困らない、食うものにも困らない、そして住む所も困らない。

なるほど、“生存”だけを見れば天国だ。」


熱心に聞くミナンを相手に、まるでどこかの指導者のように両手を広げ、ジャックは熱弁を振るう。

その姿を見て、ミナンは不満そうに呟く。


「じゃあ、争いなんか起きないハズじゃん。」


「たわけ、だからこそ起きるのであろうが。

この街を作った人間は、恐らく個人の事は理解出来ておるのかも知れんが、統治に関しては素人だな。

人間とは、比較対象があればあるほど恐ろしい程に欲深さを見せる。

アイツよりもっと良い住まいを、女を、男を、食い物を、富を、権力を……。

内に秘めた際限のない欲望と、そして生きる事に刺激と意味を求める、知恵ある生物としての暴力性。

そういった昏さを理解していないと見える。」


ミナンを一喝するジャックを見ながら、なるほど、と思う。

約束された食料、衣服、住まい。

満ち足りすぎて刺激のない生活は人々から働く意欲を奪うだろう。

ただ生きているだけ、という平和な世界。

“生存”を賭けた競争から抜け出したハズの人々は、結局そのやり場のない熱量を使い、他者と何かを比べ始める。


そうして張り合い続ける内に、いつしか他人の物も欲しくなる。

満ち足りているはずなのに、青く見える他人の芝生を羨み妬み、ついには奪い合う。


それは、結局のところ“飽和しながら渇望する地獄”そのモノだ。


ミナンはまだ食い下がってジャックと言い合いをしていたが、俺はその討論に加わる気はない。


俺が入ってきた扉を開けると、入口にはツインテちゃんが先程と同じ姿勢のまま身じろぎ一つせずに立っている。


外の喧騒などどこ吹く風で微動だにしないその姿に、“やはり人間ではない存在”なのだなと、改めて思ってしまう。


<セーダイ、早速何か御用ですか?>


首だけでこちらを向き、まばたきをしない瞳が俺を見つめる。

明るく弾んだような声を出していても、やはり少し不気味だ。


「あぁ、ツインテちゃん。

今ここはどうなっている?

何が起きているのか、教えてもらっていいか?」


<勿論ですセーダイ。

現在この管理棟は、1389回目の襲撃を受けていマス。

でもご安心下サイ、防衛は今まで負け無しデス。

その証拠に、対処に当たっている魔導人形(ゴーレム)同調(リンク)した状況予測として、残り41分48秒で鎮圧は完了しマス。

どうぞそのまま、お寛ぎになっていて下サイ。>


サラリと言い放っているが、その言葉は不穏な単語のオンパレードだ。

ただ、もしかしたらこれはいわゆる“ガス抜き”のようなもので、たまには暴れたい人々が“襲撃ごっこ”としてやっているのかも知れない。


「……ツインテちゃん、ちょっと外の様子が見たいんだが、どこから出ればいい?」


<ご案内しマス。>


それまで直立不動で立っていたツインテちゃんは、跳ねるように両手を広げて一步を踏み出す。


<セーダイ、この動きは可愛かったデスカ?>


「え?あ、お、おぅ、そうだな。」


ツインテちゃんは何故かガッツポーズを取ると、“こちらデス”と言って先導し始める。

何だか良く解らん魔導人形(ゴーレム)だが、今はそんな事を考えている時じゃない。

ツインテちゃんの後に続いて歩き出すと、気付くと3人も俺の後に続いてついてきている。


「お、何だよお前等。

俺はただ現状確認に行くだけだぞ?」


「フム、ミナンと言い争うのも飽きたからな。

俺も暇だから現状とやらを見てやろう。」


ミナンとカルーアちゃんの女の子2人組も、物見遊山な感情半分、残っていると心細いという感情半分で、ついてきたらしい。


ただ、後で聞いた話では、この時二人はついてきた事を後悔していたらしい。



そこは、戦場ではなかった。

いや、戦いですらなかった。



白い服を着た人間達は剣や斧、そして杖を手に持ち、こちらの建物に向かって襲いかかる。


だが、ある一定のラインまで来ると、その肉体が細切れになって崩れ、真っ赤な液体が思い出したように大地にこぼれる。


襲い来る人々の前に、複数体の魔導人形(ゴーレム)達が一列に並び立ちはだかり、指先から光る“糸”のようなものを縦に横にと、一糸乱れぬ動きで振り回している。

その糸が通り抜けるたび、人々がバラバラと崩れていくのだ。


「うぅ、おげぇえぇ……。」


後ろでカルーアちゃんが嘔吐している音が聞こえる。

ミナンとジャックは吐きこそしていないが、その光景を青ざめた顔で見ている。


「せ、セーダイさん、よく平気でいられるね……。」


ミナン感心したような、或いはどこか非難したような口調で俺を咎める。

確かに、目の前の光景は異常で残虐だ。

だが、幾度となく繰り返された異世界への転移で、こういう光景にも慣れてしまっていた。

自分でもそれを恐ろしく感じる事はある。

果たして元の世界に戻った時、俺の精神は昔通りの俺なのだろうか。




「鋼糸術……いや、魔力の糸か、ならば魔糸術とでも言うべきか。」


知っているのか雷で……ジャック!?


危うく喉元まで出かかったセリフを飲み込む。

後一歩で民明書房の出番が来る所だった。


ジャックの話を聞くと(ノワール)の庭では割とありふれた武器と技術らしく、使い手もそこそこいるらしい。

ただ、通常は洞窟の中や屋内でしか使えないため、(ノワール)の庭では不遇職扱いだそうだ。

それに、(ノワール)の庭では魔力ではなく、鉄のような強度を持つ“闇蜘蛛”と呼ばれる巨大な蜘蛛の糸を使う。

その糸が、結構なお値段らしく、扱いと相まって不人気職との事。


「あの不遇職でよくもここまで……、いや、もしかしたらこれが本来の使い方なのか?」


襲いかかる人々を一方的に蹂躙していく魔導人形(ゴーレム)達。

俺達は言葉もなく、その虐殺を見続けていた。

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