468:因縁と闇
「……なるほど、転生者の世界というのも、苦労が耐えぬモノなのだなぁ。」
ソファーに深く沈み込んだまま、ジャックは両腕を組みながらうんうんと頷いている。
やたらと尊大な態度だが、まぁ今は置いておく。
それよりもミナンの話で気になるところがあるからだ。
「ちょっと疑問に思ったんだが、“間接的に”殺されたってのは、どういう意味なんだ?」
先のミナンの話を聞いていて、俺の頭の中でそれが繋がっていなかった。
恐らく看護師として働いていたミナン、話にあった伝染病で、病院は常に混乱していたらしい。
で、次の話題では夜の病院で逃げ回っていて、足を滑らせて階段から落ちて転生、多分亡くなったのだろう。
ここがどうにも繋がらない。
間接的に殺された、と言うなら、伝染病を移された事によって命を落としたなら解るが、それだと“殺された”という表現になるだろうか?
その繋がらない気持ち悪さが、何となくモヤッとした気分にさせていた。
「えぇ?……言わなきゃ駄目?」
俺が頷くと、少し迷った素振りを見せていたが、何かを思い出すようにミナンは、彼女から見て右上の辺りを見上げる。
「えぇと、そうだなぁ。
あの伝染病の中で、何人もの患者さんが運び込まれたんだけどさ……。」
“彼”は、運び込まれた患者の1人。
運び込まれた当初は、意識不明の重体だったそうだ。
だが、数日入院している内に奇跡的に持ち直し、順調に回復したそうだ。
「なんだ、普通の良かった話じゃねぇか。」
「ここから先があるの!」
その“彼”はそれなりに美形で礼儀正しく、疲れていた看護師仲間の間でも清涼剤として人気があったという。
同じ大部屋にいる他の患者からも、よくからかわれていたらしい。
ただ、ある晩ミナンが深夜の巡回をしていると、彼がベッドで眠る他の患者を見下ろすように、ぼんやりとただ立っているのを見つける。
不審に思い声をかけると、彼はハッと気がついたようにミナンに顔を向ける。
その目は、まるでポッカリと空いた洞のように昏く、闇そのものだったという。
「美形は美形なんだけど、アタシそれから怖くってさ。
あんまり関わらないようにしてたの。」
ミナンが警戒し始めた時から、連続して起きる不審死。
当初は伝染病の猛威だと思われていたが、その内にそれだけでない者まで不審な死を遂げる。
噂話が広まり始めた頃、またミナンの夜勤となる。
その時に彼女は見てしまったのだ。
掌で衰弱した老人の口をふさぐ、彼を。
「アタシ驚いて悲鳴をあげちゃってさ。
そしてアイツに追われて。
……必死に逃げている内に、足を滑らせてこうなっちゃったってワケ。」
「なんともまぁ……。
ミナンさん、大変な前世をお過ごしだったのですね……。」
カルーアちゃんがミナンに向け、ミード教のしきたりと思われる聖印を刻む。
その姿を見ながら、“別に直接的に殺された訳では無いから、間接的という表現を使ったのか?”とボンヤリ考える。
「そ、そぉんな事無いよー!
アタシがドジだったから、階段で滑って転んじゃったんだしー!
いやホント、足元は注意しなきゃだよね!」
あっけらかんと笑うミナンに、先程までの思考は飛び、何だか呆れた気持ちになる。
いやはや、一度命を失っているというのに、随分な豪胆さだ。
いや、一度そうなっているからこそ、達観していると見るべきか。
「なるほどなぁ、でもそれがつまり、ニノマエの奴だったって事なんだな?」
ともあれ、ようやく流れが繋がった気がした。
そんな事を思いながら、何となくの憶測を口にすると、その瞬間ミナンが凄い早さで俺を見る。
「……な、なんだよ、違ったのか?」
おかしな事を言った人間を見るような驚き、それでいてまるでさっきのツインテちゃんのような無機質な表情に、俺は思わずたじろいでしまう。
まるで、不可思議な事を言う異常者を見るような反応だ。
ミナンは変わらず無表情のまま、少しの間俺を見つめて続けていた。
だが、何かを決したのか、探るような、睨みあげるような表情で俺を見上げ、言葉を発する。
「そう言えばさ、ずっと気になってたんだけどさ、セーダイさんって、本当はあのニノマエと友達だったりするワケ?」
明確に剥き出される敵意と警戒心の様なモノを感じる。
あぁなるほど、俺が口に出したその名前は、言ってみれば自分を殺した憎い仇の名前だ。
下手に何か言ってマズイことになったらと、そりゃ警戒してはぐらかされもするか。
今までこの名前を出した時のミナンの態度に、少しだけ合点がいく気がした。
“ミナンは何か言えない事を隠しているのでは?”と、疑っていた自分が恥ずかしい。
やれやれ、やはり俺はマキーナがいないと、こういう若い子の心理を把握するのも難しいらしい。
「いや、友達なんかじゃねぇよ。
と言うよりも、俺もニノマエが一体どういう存在なのか知りたいくらいだ。
それを知るためにも、今こうしてここで苦しんでるんだよ。」
俺は改めて、この世界に来る事になった出来事を話した。
“真っ青な空と真っ白な大地の異空間”での、ニノマエとの出来事を。
マキーナを取り返し、そして真相を聞くのが目的だと言う事を。
俺が話し終わるまで、ミナンは黙って聞いていた。
だが、話し終わった途端、俺の両腕を掴む。
「ねぇ、セーダイさん、どうすればヨシツグに会えるのかな?
本当は何か知ってるんじゃないかな?
どうして彼は姿を見せないのかな?
まだ話していない事があるんじゃないかな?」
「ミ、ミナンさん!?どうなされたのですか!?」
カルーアちゃんが恐怖を感じたらしく、思わず止めに入る。
光を失った目。
俺もその目に圧倒され、思わず言葉を失い飲まれていた。
カルーアちゃんが助けてくれなかったら、下手したら腕の一本でも折られていてもおかしくないほど、力が込められていた。
「あ、ご、ゴメーン!
ちょっと考え過ぎちゃった!
ミナンちゃん失敗!てへ。
セーダイさんもゴメンね!
可愛いミナンちゃんに免じて許してね!」
両手を合わせ、首を傾げながらウインクするミナン。
先程の気迫に押されたままだった俺は、“お、おう”と返事をするのが精一杯だった。
「話してたら喉も乾いたしお腹も減っちゃった!
何かお菓子とか無いか、アタシ聞いてくるね!」
ミナンはそう言うと、俺が入ってきたのとは別の扉から部屋の外へ出ていく。
ミナンを見送った俺達3人の間には、微妙な沈黙が横たわっていた。




