467:思い出
「……何だお前等、その格好は?」
「おぉ、遅かったな従者よ。
主君よりも遅れて到着とは、良い御身分だな?」
柔らかなソファーに座り、木の実のようなツマミを食べながらジャックが鷹揚に話しかけてくる。
まるで振る舞いが悪い貴族か王族だ。
「あ、今防具とか衣類とか全部洗ってもらってるんだ。
カルーアも全部洗えばよかったのに、何か警戒してここの服は着ないんだよねー。」
「もう!
セーダイさんからも言ってやって下さい!
この2人、ここに連れてこられて人々の生活様式を聞いた途端、すぐに染まっちゃって!
何と嘆かわしい!」
話を聞いてみると、どうやら俺と同じ様にあの人形達に発見され、ここまで連れてこられたようだ。
そして到着までの間、俺と同じ様にこの世界の事を聞き、ジャックとミナンはすぐに適応した、と、簡単に言ってしまえばそういう事らしい。
「そういやここに連れてこられる最中、何かカルーアちゃんが暴れたって聞いたけど?」
「暴れてなどいません!
……ただちょっと、この世界での人々の有り方について、あの魔導人形さん達に少し強く問うただけです!」
俺の表現に怒ったのか、カルーアちゃんが頬を膨らませながら抗議してくる。
なんだ、てっきり魔導人形を何体か薙ぎ倒すくらいの大立ち回りでもやらかしたのかと思ったが、ただの問答だったようだ。
「何もせずにただ己の享楽のためだけに生きているなど、間違っています!
日々の労働を神に感謝し、神の教えを守り己の務め。を果たして生きる事こそ、人が人らしく生きる道なのです!」
「ハッハッハ、良いではないか、ここは我らの世界とは違う、あのおとぎ話に謳われた“光の庭”なのだぞ?
冒険者達の、いや、人々の夢、“地上の楽園”ではないか。
言わば我々は、生きてミード様の御下にたどり着いた“選ばれし成功者”ではないか。」
熱弁を振るうカルーアちゃんを諫めるように、ジャックが笑う。
なるほど、闇の庭の住人は、地上の楽園“光の庭”への到達方法を模索していた。
この街に入る間も、魔獣らしき存在は確認できなかった。
町中も、それこそ昼間から酒を飲んでぶっ倒れても安全なほどだ。
だが、引っかかることもある。
「……お前等は、この建物に入る時の落書きは見たか?」
それまで言い争いをしていた2人もミナンも、キョトンとした顔で俺を見る。
どうやら、全員あの落書きは見ていないらしい。
恐らくは3人がここに入ったのを見た、この世界の住人の誰かが書いたのだろう。
そして恐らくは。
本来なら、俺も見る事が無かったはずだが、ツインテちゃんの余計な一言でここへの到着が早まり、消されかけていたアレを見る事が出来た、というところだろうか。
「地獄?どういう意味?ここは楽園じゃないの?」
俺の話を聞いたミナンが頭を傾ける。
「ハッハッハ、存外、この世界の住人からしたら、ここは大変な場所と思っているのかも知れん。
いや、知らないとは羨ましい。
闇の庭に来たら、そんな考えも吹き飛ぶであろうよ。」
まさしく“人類の理想郷に来た”と思っているらしいジャックの浮かれ様は気になるが、ようやく落ち着ける状況にはなった。
俺は同じ様に近くのソファーに腰掛けると、カルーアちゃんにも“話をしよう”と座る事を促す。
……どうでもいいがすげぇ沈み込むな、このソファー。
腰を痛めていたら却って苦痛そうだ。
「ようやく落ち着けたから話すんだが、ミナン、この世界もお前の記憶にある世界なのか?」
俺の言葉で、皆の視線もミナンに集まる。
注目されたミナンは、ちょっと焦ったように首を振って否定する。
「ちょっ、こんなトコ、知るわけ無いじゃん!
こんな天国みたいな場所知ってたら、前の世界でもっと“あそこは良かった”みたいな感じで愚痴ってるよ!」
その言葉に嘘は無さそうだ。
……まぁ、俺はあまり人を見る目はない方だとは思うが。
それでも、“確かに”とは思う。
住みよい場所にいたなら、闇の庭にいる時に、もっとその時の話が出ていてもおかしくはない。
「そういえばミナンは転生者であったな。
どうだ?
元の世界はここや闇の庭と比べて、どんな世界であったのだ?」
「……あんまり面白くない話だよ?
……確か、最後に覚えているのは久化4年の夏頃だったかな。」
久化という、覚えの無い年号だなと思い聞いてみると、どうやら平成の次の年号らしい。
俺の元の世界にいた頃は確か、平成30年頃だった記憶がある。
その事をミナンに話すと、彼女が言うには平成は31年で終わったという。
元号が30年程度で変わるとはにわかには信じられないが、もしもその話が正しいとするならば、ミナンは俺よりも未来の世界から来たことになる。
「なるほどねぇ……。
んでミナン、未来はどんな世界だったんだ?」
ただの一市民だったミナンが覚えていることは多くないが、どうやら世界を揺るがす伝染病が流行ったらしく、流通網や情報が寸断された世界だったらしい。
その時に流行った病で、間接的にミナンは命を落とし、闇の庭に転生したそうだ。
「アタシはその時、医療関係の仕事をしていてね。
流行り病の対処をしている時に、多分殺された、んだと思う。」
殺された、とは、随分な話が出てきた。
聞けばミナンは当時、病院で患者を世話する、いわゆる看護婦として医療に従事していたらしい。
そこで夜勤の最中、何者かに襲われて逃げ回っているうち、階段で足を滑らせて転落、そうして気付いた時には、こちらの世界に来ていたそうだ。
「最初にこっちで気がついた時には、そりゃビックリしたよー。
夜の病院で逃げ回っていたと思ったら、いきなりお城の中で見たこと無い人達に囲まれててさー。
しかも、アタシも若返ってるし。
でも、皆良い人達でさ、あれこれお世話してもらって、そうしていつの間にか冒険者として学校に入れてもらってた、って感じ。」
飄々と身の上話をするミナンだったが、割とヘビーな転生前の人生だった。
だが、少し珍しい。
彼女はいきなり転生させられていた。
改めて聞いてもやはり、途中であの“神を自称する存在”には会ってないという。
俺がこうなった後の世界から転生してきた少女。
途中で出会わなかった“神を自称する存在”。
その意味を考えてしまうと、少し、目の前が暗くなった。




