466:楽園
「……なんだ?
少し、想像とは違う場所だな……。」
全てを魔導人形に任せ、人間は労働しなくて良い世界。
そこは地上の楽園の様な場所と思っていたが、目の前に広がる世界は想像とはかけ離れていた。
なるほど、通りにいる人々の身なりは清潔で、不潔そうな輩はどこにも見ない。
日は高いが、路上では酒盛りだろうか?陽気な老人達が大声で盃を交わし合っているのが見える。
ただ、その酒盛りは何か不穏だ。
何と言ったら良いか、“自暴自棄の酒盛り”とでも言えば良いのだろうか?
酔いを楽しんでいるわけではなく、何か捨て鉢の酒盛りに見える。
ベロベロになり、地べたに倒れ伏すとそのまま寝始める。
そうすると人形が抱え上げ、どこかに運んでいく。
それを残った老人達が忌々しげに見ていたが、すぐに忘れた様に、また酒盛りの乾杯が始まる。
「うげ、見たくねぇものもオープンな世界なのかよ。」
老人同士の熱い抱擁、ディープな口づけまで交わしている。
無論、男同士だ。
残り少ない白髪頭の老人が2人、酒盛りしていたかと思うと唐突に立ち上がると抱きしめ合い、ディープなソレを始める。
互いの手が互いの股間に伸びた所で、流石に気持ち悪くなって目をそらす。
<どうしましたかセーダイ?
心拍数が上がっていマス。
何か気になる事象がありマシタカ?>
ツインテちゃんが目を大きく開き、こちらを観測する。
聞いて良いものか少しだけ戸惑ったが、他の人形よりは話せそうだなと思い、今見た事が日常なのか確認する。
<その通りデス。
人々は自由を謳歌し、幸福を甘受しているのデス。>
ツインテちゃんが言うには、この世界の人間は労働から解き放たれた事により、日中はああして酒を飲んで1日を過ごすのだそうだ。
途中でぶっ倒れて人形に回収されていた老人がいたが、アレは自室に送還されてアルコール抜きの治療を受けるのだそうだ。
そのお陰か、この世界では二日酔いは存在しないらしい。
歳を取ると、二日酔いも含めて酒を飲むって気分になるものだが、それも出来ないって事か。
<人間は非効率デス。
ですが、その方が我々が仕えるに相応しい個体であると認識していマス。>
ツインテちゃんは瞬き1つしないその表情で、サラリと言ってのける。
ただ、どうやら全ての人間があぁではないようだ。
聞けば、一握りの人間はハーレムの様に多くの女性を囲い、いくつかの“城”と呼ばれる住居に住んでいる事。
生産性の無さに嫌気がさし、より良い魔導人形の開発で引き籠もっているらしい事。
女性達も女性達で集まっていたが、最近は分裂が始まっているらしい事。
それ以外の男性は、あの様に路上で酒をかっ食らっている事。
何もしなくても生きていける世界であっても、格差の様なモノは存在するらしい。
なるほどな、と聞いている内に何かが頭をよぎるが、上手く形にならない。
「そう言えば、俺の仲間は無事なのか?」
<皆様ご無事デス。
今は管理棟兼宿泊施設にてお待ち頂いておりマス。
個体名、“カルーア”様と騒動があったと聞いておりマス。>
少し意外だった。
この手の状況で場が荒れるとしたら、てっきりジャック辺りが何かやらかすだろうと思っていたからだ。
次点でミナンだろう。
まさか温和なカルーアちゃんが、何か騒動を起こすとは思っていなかったし、何が原因なのか見当もつかない。
「マジか。
……そりゃ気になるな、すぐに仲間の元へ案内してくれ。」
<セーダイにお願いをされマシタ。
これはもう、私、ツインテちゃんの完全勝利デス。>
ツインテちゃんの足取りが少し早くなる。
前方で行進している金髪人形や桃色髪の人形達に追い付き始める。
<管理ナンバー65535号、セーダイに無理強いをさせていマス。
直ちに通常移動に移行する事を勧告しマス。>
<管理ナンバー65256号、私はセーダイより“ツインテちゃん”と命名されマシタ。
移行、私の事は“ツインテちゃん”と呼称を。
また、本件はセーダイに依頼されたモノとなりマス。
そちらこそ、行軍の速度を上げる事を勧告しマス。>
なんだろう、機械的なやり取りのはずなのに、桃色髪の人形が悔しそうなオーラを放ち、ツインテちゃんからは勝ち誇ったような空気を感じる。
<……命令を受理。
全固体に命名を伝達。
アナタはこれより“ウァルキュリア・ネットワーク”から離れ、独立個体“ツインテちゃん”として認証されまシタ。
各員、ツインテちゃんの指示デス。
行軍速度をあげなサイ。>
先程まで徒歩程度の速度だったものが、号令と共に駆け足程度の速度に上がる。
これがもし人間だったら、俺、超恨まれてる所だった。
内心で冷や汗をかきながら、表情を変えずに町中を爆走する人形達に、遅れないように走る。
これ、俺も体力が無ければ、結構マズイことになってたんだろうなぁ。
先程ツインテちゃんが言っていた“管理棟兼宿泊施設”らしき白い建物が見えてきた所で、行軍の足が緩やかになる。
管理棟の壁には数体の人形が集まっており、壁に書かれたらしい落書きを消している姿が見えた。
“地獄へようこそ”
消されかけた文字は、確かにそう読めた。
どうやら、ここに俺達別世界から来た人間がいる事は、既知れ渡っているらしい。
それでも、まぁ先程は走っていたからとは言え、その前には俺に声をかけるチャンスはいくらでもあった筈だ。
なのに声をかけてこないという事は、俺達に関心がないのか、関わり合いになりたくないのか、或いはその両方か。
それでも、これは彼等なりの警告だろう。
少し緊張しながら、管理棟兼宿泊施設の扉をくぐる。
ガラス扉で、魔法なのか科学なのか自動で開閉する扉だ。
先程まで共に行軍し、ここまで来た人形達は扉の前で解散していたが、ツインテちゃんは変わらず俺の腕を引き、案内してくれるらしい。
<こちらの部屋です、セーダイ。
私は扉の前で待機しておりマス。
御用の際はお声がけ下サイ。
必ず、私にお声がけ下サイ。>
何故か念を押され、俺はとりあえず頷く。
俺の頷きに満足したようにツインテちゃんは頷くと、扉の近くの壁に背をつけ、両手をヘソの辺りで合わせるとピタリと動きを止める。
“なんだかなぁ”と思いながら扉の前に立つと、重力感知式なのか熱源感知式なのか、扉の前に立つと自動で開く。
開いた扉から室内を見れば、はぐれた3人が俺を見ると驚きの顔をし、そして合流を喜んでくれた。
ただ3人の内の2人、ジャックとミナンは、何故か既にこの世界の衣服に着替えていた。




