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異世界殺し  作者: Tetsuさん
記録の彼方の光
467/832

466:楽園

「……なんだ?

少し、想像とは違う場所だな……。」


全てを魔導人形(ドール)に任せ、人間は労働しなくて良い世界。


そこは地上の楽園の様な場所と思っていたが、目の前に広がる世界は想像とはかけ離れていた。

なるほど、通りにいる人々の身なりは清潔で、不潔そうな輩はどこにも見ない。

日は高いが、路上では酒盛りだろうか?陽気な老人達が大声で盃を交わし合っているのが見える。


ただ、その酒盛りは何か不穏だ。

何と言ったら良いか、“自暴自棄の酒盛り”とでも言えば良いのだろうか?

酔いを楽しんでいるわけではなく、何か捨て鉢の酒盛りに見える。

ベロベロになり、地べたに倒れ伏すとそのまま寝始める。

そうすると人形が抱え上げ、どこかに運んでいく。

それを残った老人達が忌々しげに見ていたが、すぐに忘れた様に、また酒盛りの乾杯が始まる。


「うげ、見たくねぇものもオープンな世界なのかよ。」


老人同士の熱い抱擁、ディープな口づけまで交わしている。

無論、男同士だ。

残り少ない白髪頭の老人が2人、酒盛りしていたかと思うと唐突に立ち上がると抱きしめ合い、ディープなソレを始める。

互いの手が互いの股間に伸びた所で、流石に気持ち悪くなって目をそらす。


<どうしましたかセーダイ?

心拍数が上がっていマス。

何か気になる事象がありマシタカ?>


ツインテちゃんが目を大きく開き、こちらを観測する。

聞いて良いものか少しだけ戸惑ったが、他の人形よりは話せそうだなと思い、今見た事が日常なのか確認する。


<その通りデス。

人々は自由を謳歌し、幸福を甘受しているのデス。>


ツインテちゃんが言うには、この世界の人間は労働から解き放たれた事により、日中はああして酒を飲んで1日を過ごすのだそうだ。

途中でぶっ倒れて人形に回収されていた老人がいたが、アレは自室に送還されてアルコール抜きの治療を受けるのだそうだ。

そのお陰か、この世界では二日酔いは存在しないらしい。


歳を取ると、二日酔いも含めて酒を飲むって気分になるものだが、それも出来ないって事か。


<人間は非効率デス。

ですが、その方が我々が仕えるに相応しい個体であると認識していマス。>


ツインテちゃんは瞬き1つしないその表情で、サラリと言ってのける。


ただ、どうやら全ての人間があぁではないようだ。

聞けば、一握りの人間はハーレムの様に多くの女性を囲い、いくつかの“城”と呼ばれる住居に住んでいる事。

生産性の無さに嫌気がさし、より良い魔導人形(ドール)の開発で引き籠もっているらしい事。

女性達も女性達で集まっていたが、最近は分裂が始まっているらしい事。

それ以外の男性は、あの様に路上で酒をかっ食らっている事。


何もしなくても生きていける世界であっても、格差の様なモノは存在するらしい。

なるほどな、と聞いている内に何かが頭をよぎるが、上手く形にならない。


「そう言えば、俺の仲間は無事なのか?」


<皆様ご無事デス。

今は管理棟兼宿泊施設にてお待ち頂いておりマス。

個体名、“カルーア”様と騒動があったと聞いておりマス。>


少し意外だった。

この手の状況で場が荒れるとしたら、てっきりジャック辺りが何かやらかすだろうと思っていたからだ。

次点でミナンだろう。

まさか温和なカルーアちゃんが、何か騒動を起こすとは思っていなかったし、何が原因なのか見当もつかない。


「マジか。

……そりゃ気になるな、すぐに仲間の元へ案内してくれ。」


<セーダイにお願いをされマシタ。

これはもう、私、ツインテちゃんの完全勝利デス。>


ツインテちゃんの足取りが少し早くなる。

前方で行進している金髪人形や桃色髪の人形達に追い付き始める。


<管理ナンバー65535号、セーダイに無理強いをさせていマス。

直ちに通常移動に移行する事を勧告しマス。>


<管理ナンバー65256号、私はセーダイより“ツインテちゃん”と命名されマシタ。

移行、私の事は“ツインテちゃん”と呼称を。

また、本件はセーダイに依頼されたモノとなりマス。

そちらこそ、行軍の速度を上げる事を勧告しマス。>


なんだろう、機械的なやり取りのはずなのに、桃色髪の人形が悔しそうなオーラを放ち、ツインテちゃんからは勝ち誇ったような空気を感じる。


<……命令を受理。

全固体に命名を伝達。

アナタはこれより“ウァルキュリア・ネットワーク”から離れ、独立個体“ツインテちゃん”として認証されまシタ。

各員、ツインテちゃんの指示デス。

行軍速度をあげなサイ。>


先程まで徒歩程度の速度だったものが、号令と共に駆け足程度の速度に上がる。

これがもし人間だったら、俺、超恨まれてる所だった。

内心で冷や汗をかきながら、表情を変えずに町中を爆走する人形達に、遅れないように走る。


これ、俺も体力が無ければ、結構マズイことになってたんだろうなぁ。


先程ツインテちゃんが言っていた“管理棟兼宿泊施設”らしき白い建物が見えてきた所で、行軍の足が緩やかになる。

管理棟の壁には数体の人形が集まっており、壁に書かれたらしい落書きを消している姿が見えた。




“地獄へようこそ”




消されかけた文字は、確かにそう読めた。

どうやら、ここに俺達別世界から来た人間がいる事は、既知れ渡っているらしい。

それでも、まぁ先程は走っていたからとは言え、その前には俺に声をかけるチャンスはいくらでもあった筈だ。

なのに声をかけてこないという事は、俺達に関心がないのか、関わり合いになりたくないのか、或いはその両方か。


それでも、これは彼等なりの警告だろう。

少し緊張しながら、管理棟兼宿泊施設の扉をくぐる。


ガラス扉で、魔法なのか科学なのか自動で開閉する扉だ。

先程まで共に行軍し、ここまで来た人形達は扉の前で解散していたが、ツインテちゃんは変わらず俺の腕を引き、案内してくれるらしい。


<こちらの部屋です、セーダイ。

私は扉の前で待機しておりマス。

御用の際はお声がけ下サイ。

必ず、私にお声がけ下サイ。>


何故か念を押され、俺はとりあえず頷く。

俺の頷きに満足したようにツインテちゃんは頷くと、扉の近くの壁に背をつけ、両手をヘソの辺りで合わせるとピタリと動きを止める。


“なんだかなぁ”と思いながら扉の前に立つと、重力感知式なのか熱源感知式なのか、扉の前に立つと自動で開く。


開いた扉から室内を見れば、はぐれた3人が俺を見ると驚きの顔をし、そして合流を喜んでくれた。


ただ3人の内の2人、ジャックとミナンは、何故か既にこの世界の衣服に着替えていた。

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