462:オメグリサマ
(どうしようかな?いっそ防具全部置いて行っちまうか……?)
この世界だけのことを考えたらそれもありだが、闇の庭世界に帰った時の事を考えると、頭が痛い。
極力音を立てずに移動するが、貧乏な学生冒険者の安装備だ。
歩く度に、鎧の留め具などの金属音がカチャカチャと鳴ってしまう。
普段なら全く気にならないその音も、今は非常に神経に障っていた。
3年3組の教室を出て、廊下を右手に進んでいた俺達は、すぐに上下に伸びる階段を見つけた。
先程、教室で隠れていた時に通り過ぎた謎の存在、ソイツの音がすぐ聞こえなくなったのは、上か下の階に移動したからだろう。
床を見ても、特段足跡や汚れなどは見えない。
窓ガラスも割れておらず、それどころかホコリや汚れが積もってないところを見ると、まるで日中は普通に授業があって、子供達が通っていたかのようだ。
(止まって)
先行して階段を降りていたミナンが、こちらを振り向きハンドサインで知らせてくる。
俺達は階段の折返し、踊り場で動きを止める。
階段の構造からみて、どうやら俺達は3階にいたらしい。
階段から2階の廊下を見ていたミナンが、緊張したように様子をうかがっている。
(来て)
しばらくした後、ミナンがまたハンドサインを送る。
ジャック、カルーアちゃんと続き、殿は俺だ。
後ろからあの化物はいないかと、チラと2階の廊下を覗き見るが、通り過ぎた後なのか何もいない。
手前の教室に刺さっている表札から、それが2年3組である事が解る。
(1学年で3クラス編成なのか……。
そんなに大きな学校って訳じゃなさそうだな。)
同じ様に、極力音を立てずに皆の跡を追う。
今度は何もいなかったようで、追いつくとすぐに腰を落としたミナンが先行して動き始める。
階段はそこで終わっているようで、右手には非常用の扉だろうか?
銀色の扉が、上に“非常口”と書かれている緑の光を放つ照明で照らされ、何やら不気味な雰囲気を放っていた。
だがミナンはそちらには近付かず、左手の廊下に出ると4つめの部屋の扉を開ける。
廊下側から少し中を確認した後、俺達をハンドサインで呼び寄せる。
4つめの部屋は、学級表札が根本から折れていて何の部屋か解らなかった。
だが、入った時に、そこが保健室である事が解った。
カーテンで仕切られるようになっているベッド、何の化学薬品かは解らないが瓶が並ぶガラス張りの戸棚。
ミナンは、一発で保健室まで辿り着いていた。
「包帯と消毒薬あった。
これ、使わせてもらうからね。」
ガラス張りの戸棚から薬品が入った瓶と、その下の引き出しから包帯を取り出す。
「……なぁ、ここまで連れてきてもらっててさ、こういうのも申し訳ない話なんだが、お前何か知っているのか?」
さっきからずっと感じていた疑問。
小学校の作りは、大体が似たようなものだろう。
だから俺も“多分1階にある保健室”と先程口にしたのだ。
だが、ミナンのソレは、それ以上だ。
学級表札が無いにも関わらず保健室を発見していたり、保健室内の備品の位置まで把握しているのは、控えめに見てもちょっと異常だ。
俺の追求は、他のパーティメンバーも同様だったらしい。
俺の追求にミナンは困った表情をしていたが、ジャックとカルーアちゃんもミナンを静かに見ていると、観念したようにため息をつく。
「あぁもう、解ったわよ。
説明するから、そんな怖い顔しないでよ。
……そうね、どこから話したら良いかしら。
まだアタシも半信半疑なんだけど、多分今廊下を徘徊している存在、アタシが子供の頃に聞いた怪談に出てきた、“オメグリサマ”だと思うわ。」
彼女が話したのは、よくある怪談話。
その昔、その場所は山にある小さな村だった。
その村では独自の宗教観があり、豊穣を山の隅々まで巡らせる“御巡様”に感謝し、年に一度豊穣の祀りを行い、山の恵みに感謝してきた。
だが、時代の流れから人々は村から出ていき、過疎地となり、次第に“御巡様”は人々の間から忘れ去られていった。
そうして国の整備計画の一環として山は切り崩され、かつて村があった場所は再開発されて町となる。
この学校も、かつて御巡様を祀っていた社を取り壊して建設されたのだが、その時から不思議な噂が絶えなかった。
曰く、工事中の作業員が白い服を着た長い髪の女を見かけた。
曰く、突然ショベルカーが制御できなくなった。
曰く、現場監督が交通事故にあって命を落とした。
上げればきりが無いほどの事故が起きたが、何とか校舎は完成。
だが、学校が運営されてからも不思議な噂は後を絶たない。
夜の校舎を徘徊する髪の長い白い服の女性を警備員が何度も目撃し、その警備員はノイローゼになり自殺。
夜勤当番の教師も何人か自殺しているらしい。
次第に状況は悪化し、日中に髪の長い白い服の女を見る子供達まで出てくるようになっていただけでなく、ついには“オメグリサマに祟られる”とまことしやかに噂話が広まる始末。
教育委員会も重い腰を上げて調査したが、結局は原因不明。
しかも、調査していた職員も原因不明の病で命を落とす結果となった。
そうして、元々は過疎化も進んでいたことから統廃合が決まり廃校、ただ、取り壊そうにも原因不明の事故が相次ぎ、結局取り壊す事も出来ずにその学校は残り続けていた、そうだ。
「なるほどねぇ、あの徘徊している化物が、その御巡様って訳だ。」
聞きながら、皆を見渡す。
カルーアちゃんはガタガタ震えながら、両手を胸の前で組んで青い顔をしている。
いや、それで良いのか神職?
ジャックは退屈そうにしながら、背嚢から水筒を取り出して水を飲んだ後、装備の点検を始めている。
こっちはこっちで、随分と余裕だ。
「……オイ、今のミナンの話を聞いていたのか?
正直、今は目的があったからここまで来たが、この後どうしていいか俺にも解らねえんだ。
お前、何か良いアイデアでもあるのかよ?」
俺の言葉に顔を上げたジャックは、ヤレヤレと言った表情で首を振るとため息をつく。
「良いか従者よ、お前はまだ迷宮を一つしか知らないからかも知れんがな、迷宮の主の中には、実体を持たない亡霊もおるのだ。
そいつはここで言う……その……オメクジサマ?だったか?
ともかくソイツと同じ様に、知らなければ即死効果を持つ攻撃を持っているのだ。
大抵の亡霊がそうであるように、ここのナントカサマとやらも、同じ様な攻略で行けるであろう。
……カルーアもいつまで怯えておるか、その様な姿をいつまでも晒していては、我等の女神ミード様も嘆いておられるであろうよ。」
カルーアちゃんも、自身の信仰する教義であるミード教の女神ミードの名前を出されたからか、慌てて姿勢を直す。
「な、何があってもミード様は我等を赦し、お救い下さいます!
私の姿を見て、嘆いてなんか……多分、ない、です!」
「良かろう、ミードの加護が汝と共にあらん事を、だ。
さて、お主等の世界を堪能させてもらった。
臣民一人一人、それも幼少期から教育するための機関がある等と、随分と発展した世界だと思った。
だが、やはり俺からすれば、魔法を使えない不便で劣等な世界であるな、ハッハッハ!」
自信満々に高笑いするジャック。
その言葉に少し苛つく。
ミナンも同じ気持ちだったのか、掴みかかるためか腰を浮かしたその時、保健室の扉を叩く音が聞こえる。
その音に俺達は、覚悟を決めて身構えるのだった。




