460:Connection to Death
-では、君はどうあっても僕に協力しないと?-
混濁した意識の中、誰かの話し声が聞こえる。
深い眠りから無理矢理起こされた時の様に、重たい瞼を開ける。
縦長の映画を見ているような、不思議な映像だ。
視界の両端は縦に切り取られた様に真っ黒で、中央に見えるのは白い大地と青い空。
その中心に白いガゼボがあり、黒衣のドレスらしき服を着た金髪の女性と、白いローブの様な服を着た禿頭の老人が、ゆったりと椅子に座りお茶を飲んでいる風景が見える。
女性は両目を、その服と同じような素材の黒い布で塞がれているのがいやに印象的だ。
-ええ、残念ながら、私の主人はまだ諦めておりませんので。-
(何だ?不倫の交渉現場か?)
そんな下世話な事を思いながらも、モヤのかかった様な頭でここがどこなのか、辺りを見渡す。
どうやら、俺は少しずつ移動しているらしい。
移動している先を見れば、赤い壁。
移動してきた後ろを見れば、黒い壁。
ただ、黒い壁の方には、何か巨大な白い線のようなものが辛うじて見えた。
その線を目で追っているうちに、それが漢字ではないかと思いつく。
(門に……多分中の文字は“音”かな?)
門に音……あぁ、“闇”か。
確か、あのおとぎ話では“闇の庭”に“光の庭”だったか。
ハハ、これじゃあまるで、本から本へ移動しているみたいだ。
(じゃあ、これから行く先は“光の庭”なのかな?)
何だか愉快な気持ちになり、また移動している先の赤い壁を見てみれば、茶色の文字に気付く。
(赤に茶色の文字は、そりゃダメだよ、文字が読みにくく……、ん?英語か。)
“コネクション トゥ デス”
赤い壁……いや、多分赤い装丁のその本のタイトルは、俺にはそう読めた。
(何だか嫌な名前の本だなぁ。)
ぼんやりと、タイトルからどんな本なのだろう?と、想像する。
-何、君の主人もすぐに諦める。-
-僕の毒は、ゆっくりゆっくり効いていくからね。-
-あの子だって、僕の……で幸せに暮ら……を選……のだか……。-
会話が続いているが、段々とその声は遠くに聞こえはじめる。
(あぁ、また眠りにつくんだな、変な夢だな。)
そう思った時に、まるで耳元で話したかのように、その声がハッキリと聞こえた。
-いいえ、勢大は、決して諦めません。-
「……っはっ!?」
慌てて飛び起きると、辺りは薄暗く、見通しが悪い。
左足の太ももに重みを感じて見てみれば、カルーアちゃんの頭が乗っている。
寝息を立てているところを見るに、恐らくは無事か。
右手に温かみを感じて見てみれば、ミナンと手を繋いでいた。
(やれやれ、勘違いされる前に……コンクリート?)
手を離し、立ち上がるために地面に手をついたときに、ヒヤリとした感触が手のひらに返ってくる。
その冷たさで頭は急速に回転し始め、今の状況を確認する為に視線を巡らせる。
(……学校?か?)
先程は薄暗がりでよく分からなかったが、改めて周囲を見渡せば窓ガラスに黒板、掃除用具を入れているであろうロッカー、それに部屋中に置かれている木板のついた机に椅子と、子供の頃に通っていた学校によく似た作りをしている。
(机と椅子の背の低さからも、恐らくは小学校……かな?)
先程のは夢か、それとも転送中にマキーナとリンクでもしたのか。
どちらか判別がつかない。
(いや、それよりもジャックの奴は……あ、いたな。)
黒板の下、やや高くなっている教壇の下に、ジャックが倒れているのが見える。
胸の辺りが規則正しく上下しているのを見ると、同じく無事そうだ。
(少し、辺りを見ておくか。)
まずは手近な窓ガラスに手をかける。
外の風景は真っ暗で、ぼんやりと校庭の白い地面が見えるが、学校の敷地から先は真っ暗で見えない。
(しかも、窓ガラスは開かねぇか。)
どんなに力を込めても、まるでビクともしない。
全力の超常の力を使い、破壊してでも開けようとしたがビクともしないところを見ると、物理的に開ける事は出来なさそうだ。
嫌な予感がする。
あまりここに留まり続けるのも良くはなさそうだし、一人で動き回るのも危険そうだ。
「おい、起きろ、動けるか?」
方針を変え、倒れているジャックの頬を叩いて起こす。
「むにゃ……、もう少し寝かせてよママ……。
……はっ!?」
ジャックは大きく目を開けると、驚いたように上半身を起こす。
「おはようジャック坊っちゃん。
ママじゃなくて悪かったな。
……ってかお前、家ではママ呼びなのか?」
「ううう、うるさい!
それよりもここはどこだ!?
あの迷宮の続き……モガッ!?」
喚き散らし始めるジャックの口を素早く抑える。
ここがどこかも分かっておらず、状況も不穏だ。
あまり騒いでいて、良い事が起きるとは思えない。
「……静かにしろ。
俺にも状況が全く見えない。
だが、警戒はしておけよ。」
ジャックの叫び声で気がついたのか、微かなうめき声と共にミナンとカルーアちゃんが目を覚まして体を起こす。
「……んぁ?あれ?教室?」
寝ぼけた様に目をこするミナンが呟くと、不思議そうに周囲を眺めている。
俺はジャックに合図すると、カルーアちゃんとミナンが座っている近くに寄って、近くにあった椅子にドカリと座る。
「そうだ、多分ここはどこかの小学校の教室、だろうな。
だが、何かがおかしい。
窓の外を見てみろ。
……ついでに、窓が開けられるか試してみてくれ。」
ミナンを先頭に3人は教室の窓に近寄ると、しばらく外を見ていたが、理解が追いつくと青ざめ始める。
空は真っ暗なのに月はおろか星1つ見えないのに、校庭のグラウンドは白く光っている。
しかも、そこから先はまた真っ暗で何も見えないのだ。
その内、俺の言葉を思い出してかジャックがミナンから教わり、窓を開けようと頑張っていたが、やはり開けられないようだ。
「ぜー、ぜー。
……何なのだここは?
あの遺跡の続きではないのか?
こんな、見たこともない建物は、古代の遺跡か何かではないのか?」
ジャックが苛立つように言葉を荒げるが、俺とミナンは別の事を考えていた。
足音だ。
何かを引きずるような、水滴を滴らせているような、奇妙な足音が廊下側から聞こえる。
俺とミナンは顔を見合わせると、静かにするように皆に仕草で伝える。
いつもは強気なジャックも、この異様な雰囲気に飲まれたのか、剣の柄に手をかけたまま、静かにしゃがみ込む。
息を殺し、物音を立てないように奇妙な音が過ぎ去るのを待ち続ける。
音が消えるまでの間、時間にして数分も無かっただろう。
それでも、俺には永劫に続く時間に思えていた。




