459:世界に墜ちる
「……おぉ、おぉ!!」
ミナンとカルーアちゃんと俺とで、互いに困った視線を交わしている時、ジャックが両手を震わせ、アードベグが開けた入口の暗闇を凝視しながら、ヨロヨロと歩み寄り始める。
「オイ待て、まだ何が起きるか……。」
「うるさい!
俺達が!俺が!
遂に名を残す程の英雄になれるんだ!
もう、誰からも馬鹿にされないんだ!
俺は、伝説になるんだぁぁ!!」
俺の制止の言葉も聞かず、ジャックは剣を構えてポッカリと開いた黒い穴に飛び込む。
「あぁ!?
……お仲間さん入っちゃったんで、この穴の維持時間が後30秒も無いッス!
ッセンッス!!」
アードベグが焦りながら早口で説明し、そして謝る。
いやそういう大事なことは、扉開ける前に先に言えよ!
……ってまぁ、やむを得ない部分もあるか。
ジャックのヤツが、あんなに功名心に駆られる奴だと気付けなかった俺にも、問題ありだったからな。
“誰からも馬鹿にされない”か。
正直、今までアイツに何があったのか、アイツ自身の話を聞いた事が無い俺には、わかる訳がない。
ただ、アイツにも何か抱えているものがある、それだけだろう。
「ってか、そんな感傷に浸ってる場合じゃねぇっての!」
馬鹿野郎テメェ、コレは俺があの空間に辿り着くための、大事なヒントの1つなんだぞ!
「時間がねぇ!悪いが俺は飛び込むぞ!」
「え?じゃあアタシも面白そうだから行くー!」
「はわわわわ、えい!」
俺が飛び込むのを合図に、女の子達も釣られて飛び込む。
「無事のお帰り、お待ちしてるッスー!」
遥か遠くからのアードベグの声援を受け、“テメェ後でしばく!”と八つ当たりをしつつ俺は目を凝らす。
「ワープ航路の中?
いや、これもしかして転送か……?」
何となく、見たことのある風景だった。
その空間に地面はなく、何も無い。
いや、よく見れば何か薄っすらと光の膜のようなものが、はるか遠方、上下左右をまっすぐ覆っている。
前後は真っ暗な空間で、淡く光る光の膜の先には、大小様々の光の線が真横に流れている。
「ヒィィィ!?何これ何これぇ!?」
これに近い光景は、何処かの異世界で宇宙船か何かに乗っていた時に、体験したことがある。
恒星間をワープするワープゲートに入った後に、似たような光景を目にする事があった。
……ただ、これとほぼ同じ光景は、別の状況で見た事がある。
“異世界から異世界へ転送される”その瞬間だ。
転送されるその瞬間、“ブーストモード”を起動したらどうなるのか。
何度も繰り返される異世界転送に飽きはじめた時、何の気なしにやったことだ。
「おぉお、落ちてるんでしょうかー!?」
ゆっくりになった時間の中でも、これと同じ風景が見えていた。
ブーストモードであっても、今と同じように周囲の風景が高速で動いていたのが印象的だった。
あの時は“あぁ、こうやって別次元に移動しているんだな”位しか感想は無かったが、今この瞬間は、2つ思う事が発生する。
1つは“やっぱりヤツの言う事は本当なんじゃないのか?”という理解。
ニノマエが本当にあの少年と同じような存在だとするなら、同じ能力はあって然るべきだろう。
この現象を奴が引き起こしているなら、奴は本当にあの少年から引き継いだのだろうか。
「わかんないけど!手ぇ離しちゃ駄目よカルーアぁぁ!!」
そしてもう1つは、“何故見えているんだろう?”という疑問。
今、ブーストモードは使っていない。
ブーストモードで加速しなければ見えなかったレベルの転送とこれでは、雲泥の差と思える。
俺だけが見えているならまた違うのかも知れないが、そうではないだろう。
何なら、後ろから女の子達の悲鳴が聞こえている。
その言葉から、彼女達もこれが見えているのが理解できる。
「はわわわわ!どこまで行くんでしょうかコレぇ!?」
……ってか、さっきからウルセェな。
姿勢を制御し、二人の背後に回ると首根っこを掴む。
「ちょっ!?
セーダイさんそれセクハラ!?」
「やかましい!騒ぐな!暴れるな!
それよりもジャックを探せ!」
俺に捕まえられた事である意味安心したのか、2人は大人しくなると、慌てて周囲をキョロキョロと見渡し始める。
「あ!?いた!!あそこ!!」
ミナンが指差す方を見てみると、先程までの2人のように手足をバタつかせ、何やら藻掻いているジャックの姿が見える。
「……なん!?何だこれは!?
幻術魔法か!?」
くるくると回転しながら、しかも先程抜いていた剣を振り回している。
これでは、ミナン達を抱えながらアイツを捕まえるには危険すぎる。
「とりあえずヤツの近くまで行く!
後は出たとこ勝負だ!」
ジャックは暴れすぎていて、ドンドンと光の壁に近付く軌道をとっている。
あの壁に触れれば、予期せぬ場所にワープするか、或いは衝撃で体がバラバラになる事も考えられる。
「ジャック!おいジャック!落ち着け!」
「うわ!仲間の形を取るか幻影め!」
ジャックのパニックは止まらない。
剣を振り回しているから掴む事も出来ない。
ただただ、言葉で“落ち着け”と叫ぶが、効果がある訳がない。
「……あぁもう!セーダイさんヌルすぎ!
こんな風に暴れてる患者はねぇ!
強引にふん縛って大人しくさせるのよ!」
首根っこを掴まれていたミナンが俺の手を振りほどくと、剣を振り回すジャックに近寄る。
何度かやってみせた空間移動の方法を、もうミナンは会得したらしい。
そうして振り回す剣を自身の短剣で受け止めたあと、張り手でジャックの頬を叩く。
一瞬、何をされたかわからなくて動きが止まったジャックに対して、剣を持つ腕を取って後ろ手に締め上げる。
「ホラ、大人しくなっ……、アレレレ?」
気を抜いたからか、一気に光の壁に近付く軌道へと落下していく。
「ちょ!?助けてセーダイさぁーん!」
「カルーアちゃん、あの壁に触れるとどうなるか解らん。
君はこのまま……。」
「行ってください!早く!!」
ビックリするほど真剣な表情の彼女が、俺の言葉を遮り決断する。
普段ポヤンとしている彼女からは想像出来ない程、ハッキリと決意に満ちた言葉だ。
だが、その真剣な眼差しに、俺の腹も決まる。
「あいよ、しっかり掴まっててな、お嬢さん。」
ミナンとジャックが光の壁に触れる直前、何とかミナンの手を取る事が出来た。
だが、もう引き上げる事は不可能だった。
ミナンの手を握ったその瞬間、ジャックが光の壁に触れ、俺達の脳内に大量のノイズが走る。
「グッ……!手を離すなよ!!」
思考を乱されながらも、俺は握った手を離さぬよう、ミナンの手を握り締めた。




